月が
2
池袋。夜9時59分55秒。
俺はシズちゃんに捕まって何故か路地裏に引きずり込まれて壁に背中を押しつけられていた。何この状況。最悪すぎる。シズちゃんの顔が至近距離にある。吐息がかかる。
自分の顔が赤くなっていくのを感じて独りで焦っていた。
当の本人はどこ吹く風で、何かをぶつぶつ呟いていた。
「ああ…?うぜえうぜえうぜえ何だっけか…月…月?ああああ思い出せねえうぜえ」
「シズちゃん…、どうしたの」
恐る恐る聞いてみるが彼の耳には届いていないようだ。
「だああああ思い出したああああああああ!!!」
突然の発狂にびくっと肩が震える。
「おい臨也くんよぉ…ちょっと上見ろや」
「うえ、見ろってったって…シズちゃんの顔近すぎて無理だよっ…」
「あぁ?…うぜえなあ手前」
り、理不尽だ…!!
そういいつつも顔を少し放してくれたからなんとか上を見上げる。
一面に広がる紺色の世界。
星なんて一つもない暗黒。
明日は雨かな、なんて悠長なことを考えていると急に顎を引かれて無理矢理シズちゃんの方を向かされる。
「月が綺麗ですね」
「へぁ?…」
ですねって君、いつもと口調違うじゃない、と言おうとした瞬間、俺の顔が火を噴いた。
確かにさっきまで顔は少し赤かったが、そんなのとは比べ物にならないくらい、熱かった。
「っ…そ、ですね…」
なんとか絞り出した一言。
それを聞いたシズちゃんは満足そうに微笑んで俺の頭をわしゃわしゃして「よくできました」とキスをしてくれた。
全く意味がわからない。
単細胞の癖にそんな言葉の意味を知っているなんて、反則だ。