神に誓って愛します
知り合いから友達になるのには結構時間がかかったけれど、お互いの距離や気持ちは知り合いの時よりずっと親密になったと思う。友達から仲のいい友達になるのにはあっという間だった。お互いの距離や気持ちもやっぱり友達の頃よりはずっと親密で。その頃になると私は彼を友人とだけではなく、別の感情でも認識してたんだと今では思う。だんだんと親密さの種類が違ってきて、気づいたら仲のよかった友達は私の彼氏というポジションになっていた。
「泉ー、今日ミーティングのみだったよね?」
「おー」
5時間目の休憩時間、珍しく起きている泉の元へと足早に近づいて問いを投げかけると、どこか眠たげな様子で返事が返ってきた。9組のわりに比較的穏やかな休憩時間なのは、他の野球部員である田島君や三橋君が寝てたりするからだろう。
泉の隣の空いている席から椅子を借りて腰を下ろすも、ぐったりとした様子で机に突っ伏す泉の姿に少し自分の眉が寄るのがわかる。話しかけてるのに、なんて思っちゃいけないんだろう。
小さなトゲを心に一つ飲み込むと、つとめていつものようにを心がけて本題を切り出した。
「前言ってたトコ行きたいんだけど、どうかな?」
「悪ィ、パス」
あっさりと却下された事に、またちくりと痛みを感じるもすぐさま思い直して理由を問いかけてみると「だりぃから」なんてそんなつれないお言葉。正直なところ予想はしていた。なんたってこれで、ひー、ふー、みー…5度目である。5度目という事は、週に一度しかないミーティングの日を5回こなしたという事だ。
私は、できるだけ普段どおりを心がけ「そっか、残念だな」という言葉を言って別の話題をふるために泉の名前を呼ぶと、もう一度「悪ィ」と話を遮られる。眠いからそっとしといてっていう言外に含まされた雰囲気で、私はどうにか「こっちこそゴメン」とだけ言って彼の側から離れると自分の席に戻った。出迎えてくれた友人がまるでからかうように「愛想つかされたんじゃない?」なんていってくる言葉へ泣き出しそうになる自分を叱咤し、おどけた様な仕草と声音で「振られたら責任もって付き合ってね」と切り返す。
おちゃらけて笑うのも、慣れてきたもんだ。
友人と他愛ない話で花を咲かせ、そうこうしてるうちにチャイムが鳴って6時間目が始まった。
放課後、チャイムが鳴ると鞄を手にし立ち上がる。
田島君の元気な声が聞こえ、泉と三橋君の声が聞こえてそちらを向くと、3人が教室から出るところだった。泉が扉を潜るのを見つけ、バイバイと挨拶を言おうとするも結局声にはならずそのまま後姿を見送る。
目が合ったのに、声もかけあえれない状況にすごくすごく心が痛んだ。鞄をぎゅっと握り締める。浅く息を吐き出すと気を取り直して教室を後にした。
校門から帰るか悩んだが、結局第2グラウンドがある方面へと足を運び、用水路の脇に続く並木道を歩く。当然、先に行った泉に出くわすこともなく、駅へと向かう途中にある公園まできて足を止め振り返った。グラウンドはもちろん見えない。それでも真っ直ぐ第二グラウンドの方へと視線を向け見つめ、思い浮かべる。
きっと今、練習してるんだろうな。
試合で見た、ユニフォーム姿で打席に立つ泉を思い出す。遠くからで表情はよくわからなかったが、全身から真剣さをかもし出していたのは覚えている。速い球をカキーンという音とともに打って走る泉は、すごくかっこよかった。
嬉しそうに笑う記憶の中の泉につられて笑うと、公園へと足を踏み入れる。この公園はさほど広さもなく、滑り台とブランコ、動物のバネっぽいので動くやつが二つあるぐらいで、人気がないのか私以外誰もいなかった。ペンキの剥げたブランコの側までくるとポールの側に汚れるのも構わず鞄を置く。そして近くにあったブランコの一つに腰掛け鎖を持つと、反動をつけて緩く漕いだ。
ギイギイ。
ブランコが軋む音は、まるで私の心が軋んでいるかのように聞こえ顔をしかめてしまう。
いつからこんな痛みを覚えるようになったのか、仲のいい友人だった頃には感じなかった感情だ。恋人というカタチになった関係は、親密になったはずの距離や気持ちさえもすぐさま曖昧にさせてしまった。どこか軋む心にそっと布を被せて、泉は忙しいからって呪文を唱える。
泉の事が好きなのは知り合いだった頃からずっと変わっていない。むしろ、知り合いの頃より、友達になった時よりもっとずっと好きだという気持ちであふれてる。付き合うことになった時なんて、もう死んでも悔いはないなんて思ってた。すぐさま勿体無い!なんて思い直したけれども、それでもすごく嬉しかったのを覚えている。しかし、最近はチクチクと痛む心で嬉しい、楽しいという気持ちがどこかいってしまったように感じていた。別に、付き合っているんだから私を中心に考えて!と思っているわけではない。むしろ後回しの方がありがたいと思ってはいたのだ。
彼には野球がある。野球を一生懸命やっている彼だからこそ、好きだから。彼が大事にしているものを含め優先させてあげたい、なんて思うのだ。その感情は、今も確かにある。頑張ってるから邪魔をしたくないって思うから、私は平素通りを決め込みあっさりと引き下がるように心がけている。
「つけあがってるって事なのかな」
地面に足をついてブランコをとめると、ポツリ言葉を漏らした。恋人という立場に慢心しているのだろうか。恋人は確かに特別だけれど、本人から好きだと言って貰った事がないんだから。
だから、期待しすぎてはダメという事なんだろうか。
「何につけあがってんの?」
不意に掛けられた言葉に心臓が止まると思った私は、ギャッという悲鳴と共に声がした方向へと振り向いた。声を掛けてきた人物はとても背が高く、見上げる自分の首がちょっと痛い。
こんな近くに来るまで気づかなかった私は、どんなけ物思いにふけっていたんだろうか。ほとほと自分に呆れるも目の前の人物を放置しておくわけには行かず、笑みを向けて言葉を紡ぐ。
「秘密!浜田君こそ、こんなとこで何してんの?」
「オレはバイトの時間まで散歩と決め込んでたトコ。遠野こそ寄り道?」
ついでに隣のブランコ座っていい?と付け加えられた問いに、どうぞどうぞって返すと浜田君は私の後ろを回って隣のブランコへ移動するとどこか窮屈そうに腰を下ろした。手にしたペットボトルの蓋を緩め一口ぐびっと飲み干す様子を横目でぼんやりと眺めていると、浜田君はこちらへペットボトルを差し出して飲む?と聞いてくれる。少し逡巡したが結局貰うことにして、ありがとうと礼を言って差し出されたボトルを受け取ると、一口コクリと飲み込んだ。シュワッという炭酸が喉を刺激する。
ああ、なんだか久しぶりに炭酸を飲んだ気がする。
もう一口飲もうかと思ったけれど、飲まなかった理由を思い出してやめておく事にした。炭酸はお腹に肉がつきやすいと仲のいい友達から聞かされ、泉の彼女にふさわしくあれるように努力しようと好きだった炭酸を諦めたからだ。
「泉ー、今日ミーティングのみだったよね?」
「おー」
5時間目の休憩時間、珍しく起きている泉の元へと足早に近づいて問いを投げかけると、どこか眠たげな様子で返事が返ってきた。9組のわりに比較的穏やかな休憩時間なのは、他の野球部員である田島君や三橋君が寝てたりするからだろう。
泉の隣の空いている席から椅子を借りて腰を下ろすも、ぐったりとした様子で机に突っ伏す泉の姿に少し自分の眉が寄るのがわかる。話しかけてるのに、なんて思っちゃいけないんだろう。
小さなトゲを心に一つ飲み込むと、つとめていつものようにを心がけて本題を切り出した。
「前言ってたトコ行きたいんだけど、どうかな?」
「悪ィ、パス」
あっさりと却下された事に、またちくりと痛みを感じるもすぐさま思い直して理由を問いかけてみると「だりぃから」なんてそんなつれないお言葉。正直なところ予想はしていた。なんたってこれで、ひー、ふー、みー…5度目である。5度目という事は、週に一度しかないミーティングの日を5回こなしたという事だ。
私は、できるだけ普段どおりを心がけ「そっか、残念だな」という言葉を言って別の話題をふるために泉の名前を呼ぶと、もう一度「悪ィ」と話を遮られる。眠いからそっとしといてっていう言外に含まされた雰囲気で、私はどうにか「こっちこそゴメン」とだけ言って彼の側から離れると自分の席に戻った。出迎えてくれた友人がまるでからかうように「愛想つかされたんじゃない?」なんていってくる言葉へ泣き出しそうになる自分を叱咤し、おどけた様な仕草と声音で「振られたら責任もって付き合ってね」と切り返す。
おちゃらけて笑うのも、慣れてきたもんだ。
友人と他愛ない話で花を咲かせ、そうこうしてるうちにチャイムが鳴って6時間目が始まった。
放課後、チャイムが鳴ると鞄を手にし立ち上がる。
田島君の元気な声が聞こえ、泉と三橋君の声が聞こえてそちらを向くと、3人が教室から出るところだった。泉が扉を潜るのを見つけ、バイバイと挨拶を言おうとするも結局声にはならずそのまま後姿を見送る。
目が合ったのに、声もかけあえれない状況にすごくすごく心が痛んだ。鞄をぎゅっと握り締める。浅く息を吐き出すと気を取り直して教室を後にした。
校門から帰るか悩んだが、結局第2グラウンドがある方面へと足を運び、用水路の脇に続く並木道を歩く。当然、先に行った泉に出くわすこともなく、駅へと向かう途中にある公園まできて足を止め振り返った。グラウンドはもちろん見えない。それでも真っ直ぐ第二グラウンドの方へと視線を向け見つめ、思い浮かべる。
きっと今、練習してるんだろうな。
試合で見た、ユニフォーム姿で打席に立つ泉を思い出す。遠くからで表情はよくわからなかったが、全身から真剣さをかもし出していたのは覚えている。速い球をカキーンという音とともに打って走る泉は、すごくかっこよかった。
嬉しそうに笑う記憶の中の泉につられて笑うと、公園へと足を踏み入れる。この公園はさほど広さもなく、滑り台とブランコ、動物のバネっぽいので動くやつが二つあるぐらいで、人気がないのか私以外誰もいなかった。ペンキの剥げたブランコの側までくるとポールの側に汚れるのも構わず鞄を置く。そして近くにあったブランコの一つに腰掛け鎖を持つと、反動をつけて緩く漕いだ。
ギイギイ。
ブランコが軋む音は、まるで私の心が軋んでいるかのように聞こえ顔をしかめてしまう。
いつからこんな痛みを覚えるようになったのか、仲のいい友人だった頃には感じなかった感情だ。恋人というカタチになった関係は、親密になったはずの距離や気持ちさえもすぐさま曖昧にさせてしまった。どこか軋む心にそっと布を被せて、泉は忙しいからって呪文を唱える。
泉の事が好きなのは知り合いだった頃からずっと変わっていない。むしろ、知り合いの頃より、友達になった時よりもっとずっと好きだという気持ちであふれてる。付き合うことになった時なんて、もう死んでも悔いはないなんて思ってた。すぐさま勿体無い!なんて思い直したけれども、それでもすごく嬉しかったのを覚えている。しかし、最近はチクチクと痛む心で嬉しい、楽しいという気持ちがどこかいってしまったように感じていた。別に、付き合っているんだから私を中心に考えて!と思っているわけではない。むしろ後回しの方がありがたいと思ってはいたのだ。
彼には野球がある。野球を一生懸命やっている彼だからこそ、好きだから。彼が大事にしているものを含め優先させてあげたい、なんて思うのだ。その感情は、今も確かにある。頑張ってるから邪魔をしたくないって思うから、私は平素通りを決め込みあっさりと引き下がるように心がけている。
「つけあがってるって事なのかな」
地面に足をついてブランコをとめると、ポツリ言葉を漏らした。恋人という立場に慢心しているのだろうか。恋人は確かに特別だけれど、本人から好きだと言って貰った事がないんだから。
だから、期待しすぎてはダメという事なんだろうか。
「何につけあがってんの?」
不意に掛けられた言葉に心臓が止まると思った私は、ギャッという悲鳴と共に声がした方向へと振り向いた。声を掛けてきた人物はとても背が高く、見上げる自分の首がちょっと痛い。
こんな近くに来るまで気づかなかった私は、どんなけ物思いにふけっていたんだろうか。ほとほと自分に呆れるも目の前の人物を放置しておくわけには行かず、笑みを向けて言葉を紡ぐ。
「秘密!浜田君こそ、こんなとこで何してんの?」
「オレはバイトの時間まで散歩と決め込んでたトコ。遠野こそ寄り道?」
ついでに隣のブランコ座っていい?と付け加えられた問いに、どうぞどうぞって返すと浜田君は私の後ろを回って隣のブランコへ移動するとどこか窮屈そうに腰を下ろした。手にしたペットボトルの蓋を緩め一口ぐびっと飲み干す様子を横目でぼんやりと眺めていると、浜田君はこちらへペットボトルを差し出して飲む?と聞いてくれる。少し逡巡したが結局貰うことにして、ありがとうと礼を言って差し出されたボトルを受け取ると、一口コクリと飲み込んだ。シュワッという炭酸が喉を刺激する。
ああ、なんだか久しぶりに炭酸を飲んだ気がする。
もう一口飲もうかと思ったけれど、飲まなかった理由を思い出してやめておく事にした。炭酸はお腹に肉がつきやすいと仲のいい友達から聞かされ、泉の彼女にふさわしくあれるように努力しようと好きだった炭酸を諦めたからだ。