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いつか、あの日のきれいな手

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団員達で賑わう黒の騎士団食堂の片隅に人気のないテーブルがひとつだけある。
人で溢れ返る食事時の喧騒から見えない膜で隔離されたような空間に、一人で座っている。
そのせいで食堂の入口から中を覗くだけで速やかに彼を見つけることができた。
「ロロ」
斑鳩の狭い通路を一人で歩いてきたルルーシュは仮面の下で弟の名前を呼ぶ。
数日前に黒の騎士団に入団したロロがこの広い斑鳩の中でどこにいるのかなど知らなかったが、定められた食事の時間となれば食堂にいるに決まっている。決められたルーティンに疑問すら持たず従うことが身に染み付いている。そういう人間なのだ。
食堂の団員達は場違いな最高責任者の登場に気づき、ざわめきが波紋のように広がったあと、先程までの喧騒が嘘のように静まり返る。
普段一般の団員達の食堂に顔など出したことのないゼロが現れたのだ。団員達のあからさまな反応は当たり前のものだった。
トレイに載せた質素な食事を飾り気のないスプーンで口元に機械的に運んでいたロロは、静まり返った周囲の異変に気づいてやっと顔を上げる。
黒い真新しい団員服に身を包んだロロは入口にゼロの姿を認識すると大きな瞳を見開いて少し首を傾げた。
団員達の前でどのように振舞っていいのかわからないのだろうか。
ルルーシュはその無反応さにわずかな苛立ちを覚えた。
「ロロ」
ルルーシュは弟の名前を呼ぶ。
ゼロが呼んだ名に、静まり返った食堂に不穏な空気がにじむ。
素性のわからないブリタニア人の少年が、入団してすぐにゼロの親衛隊でもある零番隊隊長に抜擢されるという異例の事態を団員達が快く思っていないことはわかっていた。その上ロロはルルーシュ以外の人間とコミュニケーションを取ることなど発想すらないような人間だ。
団員達がロロを警戒し、またあるいは畏怖、一部の人間は嫌悪していることは自然ともいえた。
しかしそんなことはルルーシュの知ったことではない。
ロロ自身もまたそんな周囲の思惑を気にしているとは思えなかった。
ロロは自分が他の団員の注目を集めていることなど気にした様子もなく、おもむろにスプーンをトレイに置くと、仮面の下に隠れて見ることのできない兄の表情をうかがうようにじっと大きな紫の瞳を向けてくる。
「おいで」
ルルーシュはその場を動かず、マントの下から手を差し伸べてロロを呼ぶ。
ロロはやっと安心したように椅子から立ち上がりまっすぐにルルーシュの元へやって来た。
「私が呼んだらすぐに来るんだ」
「はい、ゼロ」
ルルーシュは苛立ちをそのまま声ににじませて言う。
ロロは気にしたそぶりもなく、仮面の兄を見上げてにっこりと笑う。
淡い茶色のくせっ毛の頭の上に乗せられた黒い帽子が少し曲がっている。
ルルーシュは帽子を直してやりながら、短く言った。
「話がある。私の自室へ来るように」
ロロは嬉しそうに黙ってその手を受け、可憐に笑った。
「了解しました、ゼロ」
言葉だけは格式ばっているが、表情はいつもの兄に甘える弟だ。
これでは玉城あたりに妙な噂を立てられて数時間後には斑鳩中に広まってるな・・・とルルーシュは頭を抱えたくなったが、すぐにそんな考えを振り払うように思考を切り替える。
ロロの帽子から離した手をマントの下で無意識に握り締めた。
もう兄弟ごっこは終わりだ。
いや、そんなものは当に終わっていたのだ。
帽子を直したのはだらしのないのが嫌いな性分のせいだ。
兄として振舞ったわけではない。
ロロを篭絡するためにロロが望むように兄弟のふりを続けてきた。
それを壊したのはロロなのだから。
裏切ったのはロロの方だ。
マントを翻して食堂を後にすると、後ろからロロの小さな足音がついて来る。
何も知らない弟。
もう用無しだ。
自分はあの時からずっと苛立っている。
そんな自分を遠くから眺めている自分がいた。