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いつか、あの日のきれいな手

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「久しぶりだね、兄さんとこうやって一緒に寝るの」
シャワーを浴び水色の寝着に着替えた弟はベッドに横になると嬉しそうに笑った。
記憶を改竄されている一年の間、自分が一体どんな行動を取っていたのか覚えてはいるが、その思考をトレースすることはできない。高校生にもなった弟と度々一緒に寝ていたというのだから理解に苦しむ。
家族や兄弟といったものを知らず、ギアス嚮団という特異な環境で育ったロロにとっては、記憶改竄中のルルーシュがすべての基準になってしまっている。
無邪気にこちらを見上げてくる弟の隣に寝転がり、その肩に毛布をかけてやる。
その髪や肌からは甘い清潔な香りがした。
ロロはこちらを向いて安心しきった表情で微笑んだ。
まだ少し水気を含んでいる洗いたての髪をすいてやると、ロロはそっとルルーシュの手を取った。
ベッドサイドの照明に透かせるように兄の手をまじまじと見つめる。
「兄さんの手、きれいだよね」
眠気を帯びているせいか弟の手は体温が高く温かかった。
「そんなことないさ」
「そんなことあるよ」
ロロはおかしそうに笑う。
「僕は・・・兄さんのきれいな指がピアノを弾くところ・・・好きだったよ」
『だった』。
儚げに微笑む弟と目が合う。
過去形の語尾がやけに耳に残った。
もしかしたら、ロロは何もかも知っているんじゃないだろうか。
これまでの兄の偽りを。
これから自分がどうなるのかを。
そんなはずはない、と思うけれど。
そんなはずはない。
弟としてのロロは盲目的に兄であるルルーシュを信じている。
何度も何度も、繰り返し言い聞かせてきたのだから。
『お前は俺の大事な弟だ』と。
そんなうすっぺらな嘘を信じきっているのだから。
それとも、本能では悟っているのだろうか。
ロロの細い指と指をからませる。
ロロがきれいだと言った自分の指は、きれいなんかじゃない。
もう穢れてしまった。
初めて人を殺した時に。
そうだ、自分は、たくさんの人間を殺した。
母親の違う兄や妹もこの手で殺した。
数え切れないほどの人を死に追いやった。
それはロロだけじゃない。自分も同じだった。
目を細める。

何もない暗闇の中にロロと二人で立っている。
きっと二人が歩いた後には濡れた赤い道ができる。
数え切れないほどの死に濡れた赤い道。
誰もいなくなった世界で、
きっと二人きりになったら、
最後は、
もう互いに殺し合うしか、何も。

ロロが知ったらどうするだろう?
これまでの甘い言葉がすべて嘘で、兄がロロを殺そうとしたことを知ったら。
本当はその死を望んでいることを知ったら。
ロロは俺を殺すだろうか?
弟は兄を憎むだろうか?
きっとそうなるだろう。
自分は弟を殺そうとしている。
真実を何ひとつ知らせないまま。
いったいどちらが残酷だろう?

弟はきれいな指だと笑う。
自分が犯した罪を忘れるつもりなんてないのに、忘れたくなんかないのに、ロロの囁きはいつも甘く、何もかもを忘れさせようとする。
小さな国の片隅で、平凡で平和な毎日を送っている兄と弟。
そんな生ぬるい幻想を望んだことは一度もなかったはずなのに。
「またピアノ弾いてくれる? 兄さん」
枕に片頬をうずめて、ロロは問いかける。物思いから我に返ってルルーシュは微笑んだ。
「ああ。そうだな・・・これが落ち着いたらな」
幸せそうに目を細め、ロロは言った。
「いつかまた僕にピアノを教えてね」
そうだ、いつだったかロロにピアノを教えたことがあった。
楽器になど触ったことのなかったロロはたどたどしくおそるおそる兄の見よう見まねで鍵盤に細い指を置いていた。それが本当に小さな子供のようでかわいくて。
「わかったよ」
「ほんとう? 約束だよ・・・」
ふっとやさしげに笑ってからゆっくりと白いまぶたが閉じられる。
果たされることのない約束を、またひとつした。





俺たちはとてもよく似ていたんだな、ロロ。
まるで本当の兄弟みたいに。