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いつか、あの日のきれいな手

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「兄さん、どうしたの?」
はっと目を開けると、心配そうに見下ろしているロロと目が合った。
ルルーシュは自分の心臓が早く脈打っているのに気づく。
ひどい悪夢。
ロロの膝を枕にして眠っていたらしい。
弟が優しく兄の髪を撫ぜる。
「兄さん、泣いているの?」
「ひどい夢をみたんだ、お前が・・・」
慌てて目元を手の甲で拭ったが涙は出ていなかった。
なんだ、泣いてなんかいないじゃないか。そうロロに言おうとして、ロロの頭上の黒い角ばった帽子に気がつく。
天井から降り注ぐ白い照明。
ここは黒の騎士団、ゼロの居住区。
心臓がきつく締め付けられる。
「いや、なんでもない」
そっけなく返すと、ロロはルルーシュの髪を撫でる指をそっと引いた。
自分が信じられなかった。
今、夢だと思ったのだ。あの出来事も、何もかも。
目が覚めた瞬間に、自分は今平和な学園の中にいると思った。
いつもどおり弟が穏やかに見つめている。
それは平和で息苦しいほどに甘い幸せな時間。
何もかも夢にしたいのか。
ゼロも、この戦いも、囚われた妹も、たくさんの悲劇も、この世界も。
自分の神経を疑う。
手の甲で目元を覆った。
もっと早く殺せば良かった。
もっと早くロロを殺せば良かった。



そうだ。何度も殺そうとした。
ついこの間だって。
あれはロロが騎士団に入団した日のことだ。
ギアス嚮団殲滅に出る前日の夜、この部屋でロロにパイロットスーツを渡した。
ラクシャータが開発した騎士団仕様の特殊なパイロットスーツだ。
「ありがとう、兄さん」
明るい水色の自分専用のパイロットスーツを受け取るとロロは嬉しそうに笑った。
ロロは戦いへと狩り出されることを喜んでいるように見えた。
ルルーシュは心のうちでそれを苦々しく思いながらも仮面のように微笑んだ。
「嬉しそうだな」
「嬉しいよ。だってこれで兄さんの役に立てるもの。僕ができるのは戦うことだけだから」
「いいのか、お前の元いた場所だろう?」
ギアス嚮団はロロが育った場所だ。物心がついた頃には既に嚮団に拾われていたらしい。いわばロロにとっては故郷のような場所ではないのか。
「・・・兄さんがそうしろって言うなら」
そう言って興味深そうにパイロットスーツの構造を見ているロロを見つめながら、ロロが乗る黄金色のヴィンセントに爆弾を仕掛けたことを思った。起爆スイッチはルルーシュの手の内にある。最も効果のある時に自爆させる。そう例えばV.V.を葬り去る時に。
直接ロロに手を下す必要はない。最後まで利用しつくしてやる。そう思っていた。
ルルーシュがシャワーを浴びて戻ってくると、ロロは長椅子の上で丸くなって眠っていた。
水色のパイロットスーツを抱きしめて。それが自分の死に装束だとも知らないで、無邪気な顔で。





結局、ギアス嚮団殲滅作戦の際にもロロを殺し損なってしまった。
だが次こそは、きっと。
ナナリーが戻ってきさえすれば、ロロの居場所などどこにもないのだから。
ロロは何も知らない。
ルルーシュが手の甲をずらして、弟を見上げると、弟はまぶたを閉じて眠っている。
白い頬に影ができるほど長い睫はぴくりとも動かない。
寝転んだままそっと手をのばして少年らしい丸い頬に触れる。
温かく滑らかな頬。
細い首筋に触れると確かな脈拍が指先でわかる。
いつだって殺すことはできた。
瞳と瞳を合わせれば、もはやルルーシュに対し全く警戒していないロロにギアスをかけることなど容易い。
たった一言で、一瞬で方がつく。
でもなぜかそうしなかった。
なぜ、なんて考えたこともなかった。
なぜだろう。
こんなに邪悪な存在は早く殺してしまわなければ。
もっと早くそうしなければいけなかった。
「ん・・・兄さん・・・?」
寛げた団員服の鎖骨に指が触ったあたりでロロが目を覚ます。
「僕、寝てたの・・・?」
眠そうに指の背で目元をこする仕草は年齢以上に幼く見える。
この容姿に皆騙されたのだろう。機密情報局のリストに載っていた名前の中にはいくつか著名な政治家や経済家などの名前もあった。ロロはそれが誰かとも考えたことはないのだろうけど。
ルルーシュは起き上がってロロの横に座る。
「すまない。俺の方こそ寝てしまって。膝、重かっただろ」
「ううん、大丈夫だよ」
ふるふると首を横に振るしぐさもとても無邪気で。
ルルーシュはロロの頭からずり落ちかけていた帽子を取ってやる。
「もう夜も遅い。引き止めて悪かったな。自分の部屋に戻って明日に備えてもう寝るんだ」
ロロには隊長クラスの団員に与えられる居住区の一人部屋を与えてあった。
「うん・・・」
ロロは頷くがまだ何か言いたいことがあるようだった。
「どうした?」
「あの・・・兄さん、僕ここで寝ちゃだめ・・・かな?」
「え?」
聞き返すと、ロロは眉をひそめて淡々と言った。
「あの四角くて何もない部屋のベッドに寝ていると、嫌なことを思い出すんだ。兄さんに会う前に戻ったみたいな気がするんだ」
大きな薄紫色の瞳から感情がふっと消える。
「朝目が覚めた時に、本当は全部夢だったんじゃないかって思うんだ。これまでのこと全部、夢だったんじゃないかって。兄さんのことも、全部。だから・・・」
ロロはそこまで言ってからはっと我に返ったように慌てて長椅子から立ち上がる。
「変なこと言って、ごめんなさい。部屋に帰るよ」
歩き出そうとする後ろ姿を見ていたら、何故かとっさにその団員服の腕をつかんでいた。
「え?」
驚いたように振り返るロロの顔を覗き込む。
「わかった。今日だけは特別に許可する」
間近でロロの瞳が大きく見開かれる。
なぜそんなことを言ってしまったんだろう。