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【ポケモン】雪がふること

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 とても落ち着きのある、おとなびた少年だ。
 わたしは以前彼のことをそう表現した覚えがある。各地方のチャンピオンを招いた席でのことだった。その集まりの主目的はカントーの新チャンピオンへの祝いだった筈が、当の本人は不在で、同じく招かれていた最短のチャンピオン在任期間を記録した茶色の髪の少年がひとり、上座に居心地悪そうに座っていて、わたしはそれをちょっぴり気の毒に思ったものだった。慣れない話に、慣れない顔。子供を放りこむには少しだけ早かった。勝気そうな顔立ちの少年だったけれども、溌剌とした様子で知り合いと話している祖父とは対照的にすっかり口を噤んでしまって、黙々と出される料理を口に運んでいた。

 ―――ちがう!

 始終そんな調子だっただけに、彼のことを話題に出したとき、殆ど怒鳴りつけるように言われたのには驚いた。

 ―――ちがうんだ!あいつ、おとなっぽいとかじゃない。
 ―――そういうのじゃないんだ。
 
 そのときあの少年にとってわたしはどう見えていたのだろう。ぶるぶると震える手を握り締めていた。モニター越しにしか彼を知らないわたしの言葉は、少年にとっては明らかな侮辱でしかなかったのだった。少年の祖父のとりなしでその場はなんとか和やかな空気を取り戻したのだけれども、わたしと、少年の間にはどこかで気まずい空気が残った。そうしてそれは今も、しこりとして残り続けている。



 ―――ピカチュウ。

 呼ばれて、黄色の丸っこいかたまりが雪に嵌りながら一直線に突き進む。呼んだ方も受け止める気は満々のようで、腕を緩く開いてその愛くるしいかたまりが来るのを待っている。表情筋をどこかに置き忘れてきたのかと思うくらい表情らしき表情はない。極端に感情が読み取りづらい目は黒い硝子玉のようだった。

 彼はわたしを知らない。わたしは彼を知っているが、少年が言うにはわたしは何ひとつ彼を理解してはいない。

 ひとりでカントーのマフィアを壊滅させた子ども。三年前の元チャンピオン。伝説のトレーナー。
 彼を飾ることばは更に増えた。
 それらでぐるぐる巻きにされてほんとうのところがよく分からない。ただそうした一種凄まじいまでの経歴を知る所為か、こうしたポケモンに対する優しげな仕草などに妙に心和む気がした。寒さに無頓着な恰好もどこかとぼけて見える。素のままの彼は、成程わたしの言葉とは離れているに違いなかった。……ただ、まるきり違っているというわけでもなさそうだ。
 それは少年の嫌うだろう直観からのものだ。大概のチャンピオンは上に駆け上がることだけしか考えずひたすら昇り詰めていった気持ちのいい馬鹿共だった。こうして目の前にした彼もその例外でないと、わたしは思う。硝子玉の瞳にもバトルに掻き立てる情熱が潜んでいるのだろう。あの快活な少年と同じように。
 ちゃあ、と寒そうに身体を擦り寄せるピカチュウに、かろうじて首に巻いていたマフラーを解いてぐるぐると巻きつけた。ミイラに例えるには可愛らしすぎる、顔以外はふかふかのマフラーに包まれたピカチュウが心配そうに主人を見上げている。手袋があるから大丈夫、とジェスチャーしてみせる様子に溜息をつきたくなった。
 ばふっ、と頭からわたしの着ていたコートを被せる。途端に身に染む冷気が身体中を押し包んだ。ありえないくらいの寒さだ。やっぱりチャンピオンになるような奴はどこかネジが外れてしまっているのかもしれない。
 ぱちぱちと瞬いている。極力寒いんだと顔に出さないようにしながら、「着てなさい」と呆れた調子で言うと、コートの襟を掻き合わせてぺこりと頭を下げた。長すぎて裾が余っているのと、熱ではなくて寒さから頬が赤くなっているのがまるきり子どものように見えた。それだけを見れば可愛らしいと表現してもよかった。ただ、単純にそう表せない奇妙さを同時に持っているのも事実だった。

(―――胸の奥で、酷く静かないきものを飼っているような)

 表現に詰まる。他のチャンピオンと同じく例外ではない。だが、毛色が違うと。たぶんわたしが受けたおとなびた少年という印象は、ここからきたのだろう。
 彼が袖を引いた。向こうに戻ろう、と半分埋もれている洞窟を指差す。コートを脱いだわたしはそんなに寒そうに見えたのだろうか。手袋の上から、差している指先が真っ赤になっているのを想像する。暑がるまで暖をとらせてやろうかとそんなことを思い、わたしは頷いた。