【ポケモン】雪がふること
彼が住まいとしている洞窟の中は案外広い。彼の手持ちポケモン全てを出しても、皆で寝転べるくらいの広さがあった。勿論天然のものではないのは確かだ。洞窟の隅に抱えるほどの大きさのドリルが置かれている。実際の作業に使われているものよりは小ぶりだが、シンオウのクロガネ炭鉱で使われているものと同じタイプのものだった。広げられたスペースからはもうひとつふたつ奥へ繋がる細い通路があった。どちらかからは分からないが、ほんのり奥から温泉の匂いがしている。ついでに掘り当てたのだろうか。
ぱちんと黒い大きな箱のようなもののスイッチを押した。ランプが赤から緑に切り替わる。それと同時に天井の裸電球が灯った。自分で備え付けたらしくいかにも簡素だった。
ピカチュウがアダプタを持って首を傾げていた。残量を見て、まだいいよと彼が頭を撫でる。どうもこの巨大な充電器に貯め込まれる電気はピカチュウによって賄われている、らしい。
凄い話なのだけれど。
一緒にコタツの電気もついたようで、いそいそと黄色い毛玉がコタツ布団の中に潜り込んでいる。どうぞ、と手で勧められたのでわたしも入ることにした。得てして寒い地方の人間ほど暖房は暑いくらいに効かせるので、正直この控えめな暖房は堪える。
彼は貸してやったコートをもうハンガーに掛けていた。半袖。若いというか、見ている方が寒いというか。
電気ポットも電源が入っているようだったが沸くまで暫く掛かるらしく、彼は一杯目の為の湯をリザードンの炎で沸かす。今も裏が真っ黒になってしまった鍋に、たっぷりと水を入れていた。残りはそのまま料理に回される。
「……、……」
お茶っ葉の缶の蓋を開けて、彼は顔を顰めた。どうやら中身が足りないらしい。持ってて、と鍋をリザードンに託して彼は通路に向かった。食料品は缶詰類を覗いて殆どがあの通路の奥に保管されていた。どこかに替えがないか見に行くのだろう。
寒いから何か着ていきなさい、そう言おうとしたけれど言うより先にさっさとその背中は通路の奥に消えてしまった。リザードンが心配そうにその姿を追っている。
これでは見ている方は心配ばかりだ。
そう思いながらリザードンを見ると、同意するようにぐるる、と喉の奥で声を鳴らした。もぞもぞと顔を出したピカチュウも、すっかり耳が垂れていた。どうやら無茶しきりの主人が心配で仕方ない様子だ。
ああいうタイプはたまにいる。最近、危険を顧みずにポケモン達の争いに首を突っ込んだ少年の話を、わたしは別のチャンピオンから聞いたことを思い出した。
この自己の顧みなさはどこからくるのだろう。少年達にとって、それほどにも選択は容易いものなのだろうか。下手をすれば死んでいただろうけれど、彼らはまるでそういったおそろしいものを近づけなかった。
ああ、でも彼の顧みなさは駄目だ。とても駄目だ。
おそろしいものを近づけなくてもなにかよくないものがやってきてしまいそう。
ちゃー、と耳が垂れたままのピカチュウが擦り寄ってくる。この子は不安でいっぱいだ。相棒達と伝説になるような旅を続けていたときは、きっとそんなことをさせなかっただろうに。
そうっと何度も撫でてやる。艶のある、やわらかな毛並み。彼は今でもポケモン達を大切にしているのは確かだった。変わったのはどこなのだろう。あの幼馴染の少年ならば分かったのだろうか。わたしには何も分からない。
戻ってきた彼はインスタントコーヒーの瓶を抱えていた。他になかったのだそうだ。彼はどちらかといえばお茶の方が好きなようなので、これはきっといつか来る誰かの為のものなのだろう、と思われた。
……淹れることに慣れていないコーヒーは、ばかに濃くて甘ったるかった。
作品名:【ポケモン】雪がふること 作家名:ケマリ