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ファンタジックチルドレン

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 友達になった少年は、時を越えても変わらない容姿を持っていた。
 出会った当時は彼の方が年上だったけれど、それから数年を経ても彼はずっと幼いままで、私だけがどんどん子供から少年へ、少年から青年へと成長していった。そのうち、誰の目から見ても私達は「友達」には見えないようになってしまった。
 少年は自分の時間がヒトとは違う風に流れている事をとうに知っていた。きっとそれまでにも同じような経験を嫌と言うほど送ってきたのだと思う。我はもう慣れっこあるよと笑っていたけれど、その笑顔の内側にある心は泣いていると解かったから、切なかった。
 だけど、それよりも何よりも悔しかったのが、自分の存在が一等、少年を哀しませてしまう事だ。
 生まれてこの方、丈夫な身体を持っていなかった私は、大人になるにつれて自分の命の灯火がどんどん儚くなっている事に気付いていた。もう幾許も残されていないと思ってからはあっという間で、身寄りの無かった私は、彼に看取られながら、ゆっくりと深い眠りの中に落ちていった。
 息を引き取る寸前、少年はそれまでの気丈な態度から一転して、ぐしゃぐしゃに歪めた顔で初めて「独りにすんなある」と泣きじゃくった。今まで必死に我慢していた言葉が、涙が、感情が、堰を切ったように溢れ出していたようだった。それを見ていた私は、まさに死んでもしに切れないほど悔しい気持ちになった。中身は何倍も年上の癖に、いつも無邪気で、笑顔で、元気いっぱいだった少年が、今は地面に頭を擦り付けるようにして泣いている。
 どうすれば彼の哀しみを少しでも取り除いてあげられるのだろう。どうすれば彼にこれ以上寂しい思いをさせなくて済むのだろう。薄れ行く意識の中で悩み、憂いた私は、咄嗟に一つの約束の言葉を紡ぎ出していた。
「泣かないで……きっと生まれ変わって、また、あなたに会いに来ますから」
「……っ!」
 告げた途端、彼の潤んだ瞳が驚愕に見開かれるのを見た。下瞼に溜まった雫が、大粒の涙となってぽつぽつと頬に降り注ぐ。彼は目を見開いたままゆっくりと顔を伏せて、表情を見えなくした。
 待ってるある、と彼は呻くように言った。いつまでも、待ってるあるよと。
 ありがとう、と。
 生きる希望をくれて、ありがとう、と。
 いつまでも幼いままの小さな掌が、縋るような必死さで私の力の入らない手を握り締めてくれる。
 見えなくなった視界の中、頬に降り注ぐ温かい雫と、嗚咽塗れの感謝の言葉を聞きながら、私は少しだけ救われた気持ちになって、静かに呼吸を止めた。
 ――生まれ変わって、また、会いに来ますから。
 その言葉は私の魂の深く深くまで染み込んでいき、決して忘れられない言霊となった。



 死んでしまった後の事はよく覚えていないけれど、大気の如く精神体だけの存在となった私は、幾度かの浄化の炎に清められた後、幸いにも誓言を違える事なく、そして奇跡的に前世の記憶を保ったまま、程なくして転生を果たす事が出来た。
 驚く事に、次に目を開けた私は、あの少年の腕の中に抱かれていたのだ。私は一気に嬉しくなって、感動のままに彼に向かって手を伸ばした。しかし彼はうわっ、と悲鳴を上げて、痛そうに顔を顰めてしまう。
「爪立てるんじゃねーある! いってーあるよっ」
「……?」
 怒鳴りつけられて不思議に思った。彼には私が認識できていないのだろうか。
 しかしその疑問もすぐに解明される事となった。
 再び生を受けた私は、ヒトではない生物に生まれ変わっていたのだ。
 今の身体は、全身が柔らかな毛皮に覆われていて、耳はピンと尖り、口元には牙が、手には鋭い爪が生えていた。
 やおさん、と喋ったつもりの声は、うぅー、という呻き声にしかならなかった。どうやら現生では、狼の子供の中に魂が宿っているらしい。
 それでも再会を喜んで抱き付こうとした私の首ねっこを掴み上げて、彼は嫌そうに顔を遠ざけた。
「倒れていた所をせっかく助けてやったのに引っ掻くなんて、なんて恩知らずなやつあるか!」
 首の皮がびろんと伸びて、私は宙ぶらりんの状態になった。地に足の付いていない感触が気持ち悪くて、彼に触れたくて、バタバタと手足を動かしていると、少年は短い嘆息の後に再び私を腕の中に抱き締めてくれた。
「ほら、もう怖くねーあるよ」
 よしよし、と眉間を撫でられて、ちょっぴり気持ちが良くなる。思わず顎を上げると、少年は指先でごろごろと顎の下を掻いてくれた。
 それからと言うもの、私は四六時中、彼の後を付いて回るようになった。
 少年は「早く家族のところに戻るよろし」と困惑していたけれど、一向に帰ろうとせず、何処に行っても付いて来るようになった狼の子供に呆れこそはすれ、決して邪険に扱ったりはしなかった。情を掛けたら獣に好かれてしまったと、恐らくその程度の認識でしかないのだろう。どうにかして「私」が生まれ変わって会いに来たという事を告げたかったけれど、残念ながら伝える手段は見付からなかった。
「さー、今日も出かけるあるか」
 少年は毎朝、海辺の丘に上がる事を日課としていた。私はいつものように少年の後をてくてくと付いていった。
 とても良い天気だった。厳しい冬の寒さが漸く和らいで、風は柔らかく大地の匂いは馨しい。空は抜けるような蒼穹が広がっている。湿っぽい海風が毛髪を浚っていく感触が心地良かった。
 少年は道中にある土手に寄り、一面に咲き誇った花々を見て、ふっと瞳を撓めた。憂いを帯びた彼の表情に久しぶりの光が差して、私も嬉しかった。浮き足立った衝動のまま、花達を踏んでしまわないように配慮しつつ、草むらの中を駆けていって一吠えすると、少年も笑顔を弾けさせて負けじと後を追い掛けて来た。ヒトだった頃のようにしばし鬼ごっこのような戯れを楽しんだ後、全力疾走をして息が切れた少年は、陽の当たる芝生の上にごろんと寝転がった。彼の傍らに、当然のように私もちょこんと待機する。
「お前は不思議な奴あるな。なんでそんなに我に懐くあるか?」
 寝転がった状態から腕を伸ばしてくる彼に応えて、顎をぽすん、と乗せてみる。拙い指先が喉元を撫でてくれるのを気持ちよく目を瞑って受けていると、彼も楽しそうにクスクスと笑ってくれた。
 彼が笑ってくれると、私も心から嬉しい。喜びを表現したくて、私は勇気を出して彼の顔をペロペロと舐めてみた。
「ああもう、解かったある、解かったあるよ!」
 頬を舐められる事をこそばゆがり、少年は甲高い悲鳴を上げる。バッと身体を起こして、私の顔にぎゅうっと抱き付いてきた。
 幸せだった。彼が私の事を認識できないのは少しだけ寂しかったけれど、またこんな風に仲良くなる事が出来て嬉しい。この命が尽きるその瞬間まで、ずっと少年の傍にいようと思った。
「さ、そろそろ行くあるよ」
 道端に咲いていた花を摘んで手土産にして、少年は海辺に続く丘をのんびりと歩いていった。登り切って見るとそこは開けた空間が広がっていた。思いの外に広いスペースの奥に石の墓標のようなものが屹立している。
 そこは、私の亡骸の眠るお墓だった。
 小さな身体で大きな穴を掘り、石を削って墓標を造り、彼が全て造ってくれた手製の墓。