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ファンタジックチルドレン

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 墓石は少年が毎日花や果実を備えてくれるので、常に色とりどりの美しい色彩と、果実を食べに来た小鳥達で大そう賑わっており、寂しい様子は全く見受けられなかった。彼が私の事を本当に大切な友達として想ってくれている事を知って、その光景を見るたびに心が熱くなる。
「来たあるよ。今日は春の風が優しいある。良かったあるな、お前は寒がりだったあるから」
 少年はとても優しい顔をして、そう言いながら陽射しの中で白く鈍光する墓石をそっと撫でてくれた。
 そのまま腰を屈めて土手で摘んできた春告げの蒲公英と土筆を石の墓標の前に並べると、ペタンとそこに膝を付く。少年は時の経過を忘れたかのように、長いあいだ石墓の前に鎮座していた。
 彼は一体、何を思っているのだろうか。物言わぬ墓標に、心の中で何かを語りかけているのだろうか。表情の喪失したぼんやりとした顔で放心状態のように蹲踞している彼の傍らに控えていた私だったが、周囲が紅く染まり始めた頃になると見過ごしておけなくて、虚脱している彼の袖口を引っ張り、クゥーンと呼びかけてみた。
 少年は初めて気付いたようにハッとして、擦り寄ってくる獣の頭に手を置く。
「すまなかったあるね、退屈だったあるか?」
 わしゃわしゃと頭を撫でて、少年は決まりが悪そうに微苦笑した。
「この中に眠っている奴が、生まれ変わって会いに来ると言っていたから、我はそれを信じて、ずっと待ってるあるよ」
 そう呟く彼の表情は微笑っていたけれど、どことなく寂寞の漂う、妙に心を騒がせる笑みだった。
(やおさん……)
 私はそっと、心の中で少年の名を呼ぶ。
 私、生まれ変わりました。
 生まれ変わって、もう一度、貴方に会いに来たのです。
 そう伝えたいけれど、言葉を持たない私に気持ちを伝える術は無い。精々寄り添って掌を舐める事くらいしか出来なくて、もどかしい思いを味わう。
 このままこうやって傍に居れば、いつか気付いてもらえるだろうか。そんな淡い期待を胸に、私は少年の腕に自分の額を擦り付けた。



 その日の夜は、昼間の穏やかな気候と打って変わって激しい春の嵐となった。
 天地を揺るがす雷鳴の走る音が絶え間なく轟き、窓の外が明るく光るたびにビクッと震え慄く。天災による自然の脅威は何よりも恐ろしい現象だと、長く生きていれば当然のように身に染みていた。私たちに出来る事はただ一つ、被害が最小限に留まるようにと祈る事くらいだった。
 暫くは互いに抱き合い、慰めあいながら嵐の夜を無言に過ごしていたけれど、唐突に家の中の置物や家具が一斉に鳴り出したので、ハッと顔を上げた。地震だ。
 すぐに激しい横揺れが起こり、棚に置いてあった皿や茶碗などが落下して鋭い破砕音が頻発した。少年は怯えたように私に縋り付き、首に回っている腕にぎゅっと力が篭った。
 地震は中々やまず、家中の家具を軒並み倒し尽くした頃になって漸く落ち着きを見せ始めた。すると今度は遠くの方から、ゴォォォン、と地の底から響いてくるような崩落音が聞こえた。
 何事かと思った。木や家が倒壊した、というレベルの音ではない。もっと大きい……大地自体が損壊したような……。
 どうやら彼も同じような事を考えていたらしく、ハッとしたように顔を蒼くさせて立ち上がり、扉の方へと駆けていった。しかし大粒の雨が殴り当たっている扉は、嵐の凄まじさをより顕著にするだけで、外界の景色を拝む事は出来ない。
 彼は意を決したように扉に手を掛けると、吹き飛ばされそうになる地獄のような強風の中をよろけながら走り出した。
(やおさん!)
 私は当然のごとく彼を追い掛けた。どこに向かっているかは言わずもがなだった。
 満足に目も開けられないような暴風雨の中、河川が奔流して溢れかえりそうになっている土手を抜け、いつもの道を辿って海辺の丘に続く上り坂を上がっていく……筈だった。
 彼よりも遅くに走り出して私だったが、すぐに足を止める羽目に陥った。
 彼は呆然と立ち尽くしていた。その理由はすぐに理解できた。
 道が無かったのだ。
 海辺の丘へと続く道は、斜めに走った恐ろしいまでに鋭利な亀裂に遮断されて、既に目を絞らなければ見えないほど遠方に流されていた。
 彼が毎日足を運んでくれた私のお墓ごと。
 大陸から分断した大地の塊は、嵐の暴風に流されて、水平線の彼方の夜闇へ鬱蒼とその身を隠そうとしている。
「……いやある」
 開きっ放しになっていた少年の唇から、ぽつりと心の声が漏れた。
 彼が咄嗟に濁流の中に飛び込もうとしたので、私は慌てて服の裾に噛み付き、渾身の力で陸地へと引っ張る。寸での所で落水を免れた少年は、へなへなとその場に崩れ落ちた。それでも安心できなくて、私は懸命に彼の服の裾を引っ張って、彼の心が絶望の波間に落ちてしまわないようにと歯を食い縛った。
「いやある……ぜったいに嫌ある……お前は会いに来ると言った……ずっとずっと我と友達でいてくれると言ったね……。だったら離れるんじゃねぇある!喋らなくてもいい、手をつなげなくてもいいから、だから、ずっと、ずっと我の傍に……っ」
 我の……そばに……っ!
 視界の彼方に消えていこうとする大陸の残影に、少年は泣きながら懸命に手を伸ばし、絶叫した。
「もう嫌ある! 独りは嫌ある! 遠くに行くなら、何故我も一緒に連れて行ってくれないあるか!」
 何故みんな我を置いていってしまうのかと。少年は必死に訴えていた。何故自分だけが残されなくてはならないのか、と。彼の悲痛な心の声が波濤のようになって私の心にも流れ込んできた。
 苦しくて、辛くて、虚しくて、切なくて、このままだったら気が狂ってしまう。
 だったらいっそ、友達なんて二度と作らなければ良いのか。誰も好きにならなければ、こんなに苦しい思いをしなくて済むのではないか。友達と過ごす時間はとても幸せだけれど、別離の寂しさに比べたら圧倒的に後者の方が強いような気がした。
「嘘吐き! 会いに来ると言ったのに、全然来ないじゃねぇあるか! その上亡骸まで我から奪うあるか!」
 彼は私の言葉を心の拠り所にし、縋る事で砕けそうになる精神をぎりぎり支えていたのだ。その唯一の救いを奪われて、彼は心身ともにぼろぼろになってしまった。
「なんて酷い裏切りあるか……。信じていたのに……ずっと信じて待っていたあるのに……っ!」
 ダンッ、と濡れた土に拳を打ち付けて、少年は血を吐かんばかりに哭慟した。
「うっ……うぇ……うわあああああん……ふっぇ、ぇえええっ……!」
 遂に少年は泥塗れの地べたに倒れ込み、大声を上げて泣き始めた。空を劈く雷鳴に負けないほどの激しい慟哭だった。その鳴き声は私の心を深く鋭く抉った。
(やおさん……っ!)
 彼の哀しみの咆哮に共鳴するように、私も精一杯遠吠えした。
 此処にいます。
 ねぇ耀さん、私は離れて行ったりなんかしていません。私は貴方のそばにいて、貴方に寄り添っています。貴方の隣にいる狼は私なのです。生まれ変わって貴方に会いに来た、私なのです。
 私は此処にいます。此処にいます。
 気付いて。
 お願い、気付いて……!
「オォ――――ンッ」