宵待奇譚
十
「思い出したか、雷蔵」
「うん、思い出したよ」
少し焦点の合わない目で、雷蔵が答える。
「あの小さな部屋で、ひとりはふたりになった」
「ふたりはひとりになった」
「思い出したこの記憶は、君の記憶?」
「これはお前の記憶だろう?」
「そうかな、僕の記憶なのかな」
「どちらでも同じだろう。だってひとりなんだから」
その言葉に、二人は顔を見合わせてくすくす笑う。
「久しぶりの再会で浮き立つのはわかるが、そろそろ去るぞ。人が来れば厄介だ」
白拍子、いや今はもう違うだろう、白拍子であった男にそう言われ、三郎が片眉を上げる。
「お前は相変わらずそうやって興の醒める正論ばかりぶつな、兵助」
「人が集まってきて、余計な仕事が増えるほうが興ざめだろう」
「それもそうだ」
そう言って、三郎はふわりと飛び上がる。他の三人もそれに続く。
「雷蔵、どうする。雨は降らせないのか」
「そうだな。…うん、お日さまの下で、雨を降らせようか」
「日照り雨か」
「そう。なんだか今日は、虹を見たい気分なんだ」
雷蔵が太陽に手をかざすと、照りつける太陽の下、霧のような雨が降り始める。ぶわりと風が吹いてその雨筋を流し、小さな虹があちこちに出来ては消える。もう一度風が吹いたとき、四つの影は姿を消していた。
最後の灯心の火が、ふうっと吹き消された。じりじりと小さな火種を残していた灯心は、やがて力尽きたようにぱたりと崩れ落ちる。辺りは闇に包まれた。
四人は無言で消えた灯心を見つめ続けている。否、見つめ続けていると互いに思っている。真の闇の中、互いがどんな姿で何をしているかなど、本当のところは分からないのだ。本当に、そこにいるのかどうかも。