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最後の夜は僕に唄を

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 これはちょっと予想外だったな、とタカ丸は思う。こうならないように細心の注意を払っていたつもりだったのに、気づかれてしまった。けれど、心のどこかではこうなることを少し期待していたのかもしれない。自分でもよくわからない。とにかく何か言わなければ。でも何を?いつもなら深く考えずともぺらぺらと意味もなく出てくる言葉が、こういうときに限ってまったく出てこない。やっぱり俺、今日おかしいんだな。
言葉も見つからないままタカ丸が口を開いたその瞬間、どこからか歌が聞こえてきた。
 いや、歌といってもこれはいわゆる鼻歌のたぐいで、そういえばここは風呂場の近くだったなとか、この人わりと上手なのに選曲は微妙だなとか、そもそもお風呂の中ってどうしてあんなに開放的な気分になるんだろうとか、そんなことに思いをめぐらせてみたりして…
「何を笑ってるんだ」
「いや、だって今話の流れ的に山場だったというか、俺的にはものすごく大事なところだったというか…。そこにこの間の抜けたお歌は…どうなのちょっと、あ、やばい壺に入った」
 (悲しいことに)ふだん全くといっていいほどこちらに関心を払ってくれない久々知が、珍しく自分の核心をついてきたわけだから(そうあの一言はまぎれもなく核心だった)、ここはどこぞの馬鹿の鼻歌などに流されず、さっくり真面目な空気を貫くべきところだったのだろうが、悲しいことに一度外れたたがは戻らず、どうにも笑いが止まらない。肩を震わせるタカ丸を久々知はあきれたように一瞥すると、再び焔硝蔵に向かってすたすたと歩き始めた。
「あ、ちょ、ちょっと待っ、兵助くん冷たい」
「あんたがいつまでもあほみたいに笑ってるからだ」
「だって今のは…あ、思い出したらもっかい笑えてきた」
「置いていくぞ」
「ごめんなさいもうしません」
言葉通り歩みを速める久々知を慌てて追いかけながら、タカ丸はふと思いついたことを口にする。
「兵助くんはさぁ、歌とか歌わないの」
「はぁ?」
「いや、聞いたことないと思って」
「当たり前だ」
「あ、何そのすげない反応。兵助くんなら上手そうな気がするんだけど」
 あ、でもこのむきになってる感じからすると実はめちゃくちゃ下手だったりして。それはそれでおいしいなぁ。
「馬鹿なこと考えてるんじゃない」
「はい、すみません」
 怒られてしまったのでしばらくおとなしくする、と決めたものの、少し歩くとまた我慢できなくなって口を開いてしまう。
「俺さぁ、聞いてみたいな。兵助くんの歌」
「急に何、気持ち悪い」
 冷たい反応には慣れているので、歌ってみて、ともう一押ししてみると、嫌、と一言返された。まぁそうですよね。
「俺、兵助くんの歌聴きながら寝たら絶対いい夢見られると思うんだけどなぁ」
 どんなに下手でもね、と自分的最上級の笑顔で言ってみるが、反応は相変わらずすげない。
「じゃあさ、せめて俺が死ぬってときくらいは、横で歌ってよ」
「もっと嫌」
「ええ!?どうして!?死に逝く俺に対しての哀れみとか同情とか、そういうのはないの!?俺別にあの世で兵助くん歌へたくそとか言いふらしたりしないよ!?」
「タカ丸さんの中で俺が歌下手ってことに決まってるのがちょっと気になるが、俺が嫌なのはそういう理由じゃない」
「じゃあどういう理由」
「俺は別にここで死にかけてるのがタカ丸さん以外の誰かだったとしても、歌わないよ」
 歩みを緩めることもなく、久々知はよどみない口調で続ける。
「俺が歌なんか歌ったところで、そいつが助かるわけじゃないだろう」
 さくさく、さくさく。晦の月の僅かな光しかないのに、どうして兵助くんはこうも迷いなく歩けるのだろう。
「歌がききたいなら猿楽師に歌わせればいいし、同情してもらいたいなら泣き女でも呼べばいい。けどそれは俺の仕事じゃない」
「じゃあ、兵助くんの好きな人が死にそうで、その人が最期にどうかお願いしますって頼んでも、兵助くんは聞いてあげないの」
「俺はそんな人好きにならないよ」
 久々知はやけにきっぱりと言い切る。
「そんな、早々と生きることを諦めて、最後の思い出づくりのことなんか考える人、好きにはならない」
 思いがけずその語調が強かったので、タカ丸は思わず返答に詰まって、そのまま二人無言でしばらく歩き続ける。やがて暗闇に目が慣れてきて、久々知並みにとはいかないまでも、それなりに歩けるようになってきたころ、ふと久々知が口を開いた。
「そういえば、前に授業でやったことあったな、歌」
「何それ!?忍術学園ってそんなのもやるの!?どれだけ手広いの!?」
「いや、広く風流を学ぶってことで、ちょっとだけだったけど」
「いいなぁ、俺ももっと早く学園に来てたらなぁ」
「ま、そのうち機会があるかもな」
 思いがけない言葉が聞こえたような気がして、斉藤は思わず立ち止まってひとつ瞬きをする。
「聴かせてくれるの?」
「だから、機会があるかもしれないってことだよ」
 否定するでもなく、久々知はそのまま焔硝蔵の扉に向かっていく。悪くない反応だ。久々知くんは無駄なごまかしや愛想は言わない。たとえばここで死んだとしても、兵助くんは同情なんてしてくれないけれど、這いつくばってでも隣にいれば、いつか歌を聞かせてくれる可能性もあるってことだ。
 久々知が扉に手をかけるのを見て、慌てて後を追いかける。外に出たときは真っ暗で何も見えないと思ったのに、今はもう惑わずに歩けるようになっていることに少し驚く。見上げると、細くなった月の代わりに、空一面にものすごい星が輝いていて、微かな光でも集まると意外と明るいもんだな、と感心した。
 集めると意外と明るいから、タカ丸は久々知のどんなささいな一言でも追いかけて行って拾い集めずにはいられない。たくさん集め続けたら、いつか太陽まではいかなくとも、満月くらいの明るさにはなるんじゃないだろうかと、期待せずにはいられない。

 だから、明日の夜には月が消えてしまって、自分は戦場に行くとしても、また次の新しい月を見るまでは死ねないなぁ、と思ってしまうのである。

 季節はめぐる。明日は朔。月が消えたら、僕たちは戦をしにいきます。
作品名:最後の夜は僕に唄を 作家名:おでん