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ゆめつなぎ

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目蓋を開くと、もやがかかったような部屋の中に、いくつもの雪洞の灯りがにじむように浮かんでいる。その灯りをじっと見つめていると、やがて耳に華やかで遠い音が届く。音楽なんて祭りの日にしかまともに聴いたことがない千鶴の耳には、新鮮で物珍しいその響き。
 ああ、島原に来ていたんだった。
 なぜかぼんやりする頭で、千鶴はそう思う。
 報奨金が出たとかで、原田さんが皆を連れてきてくれたんだった。いつもは屯所の外に自由に出られない私には、なにもかもが新鮮で……。
 そこまで考えて、千鶴は部屋の中をゆっくりと見渡した。
 新鮮と言えば、この光景も新鮮だ。
 いつもより少し大きな声、高揚した様子で話し、酒を酌み交わす新撰組の人々。屯所の夕食でも酒は出るけれど、今日は誰もが皆、そのときのくつろいだ様子とはまた違った顔をしている。何か特別な日という気がして、千鶴は部屋の隅で思わず笑みを零した。
「お、笑った!」
 不意に隣から明るい声が聞こえて、千鶴は驚く。隣には心底嬉しそうな顔をした藤堂平助が座っていた。よく見ればその頬はほんのり赤く染まっていて、彼も大分酒を飲んでいるのだということがわかる。
「どうしたの、平助くん」
 問いかけると、平助はほんの少しだけ照れたような顔で笑った。
「いや、ここに来てからずっと固い顔してたからさ。無理やりこんなところに引っ張ってきて、緊張でもしてるんじゃないかと思ってたんだけど。なんか、お前も楽しそうで安心した」
 そう言って笑う平助は、千鶴よりもずっと楽しそうで、釣られて千鶴も笑う。
「みんなが楽しそうだから。私も楽しいよ」
 そう答えると、平助は満足そうに、そっか、と相づちを打って、ごろりとその場に横になった。ほどよく酒がまわって眠くなってきたらしい。ううんと伸びをするその姿は、まるで日向ぼっこをする猫のようだ。すっとその横ににじり寄ると、千鶴はその顔を覗き込んだ。
「平助くん、こんなところで寝たら、風邪引いちゃうよ」
「んー。わかってる」
 平助はごにょごにょと口の中で呟くように言うけれど、一向に起き上ろうとはしない。仕方ないなぁと言いながら、千鶴はその髪に手を伸ばした。ふわふわとした前髪を撫でつけるように梳くと、平助は気持ちよさそうに目を細める。本当に猫のようだ、と思いながら、千鶴はさらに前髪を撫でる。ふと、栗色のくせ毛の間からちらりとひきつった傷跡が見えて、千鶴は一瞬だけ息を飲んだ。
 いつもは下ろされた前髪に隠されて見えない額の傷は、池田屋事件のときについたものだ。
 突然止まった手の動きに気づいたのか、眠っているのかと思っていた平助がふと目を開けた。千鶴の目線から止まった手の理由を悟ったのか、平助は少し笑って見せる。
「こわい?」
 問われて千鶴は、ふるふると首を振った。
 こわいわけではなかった。ただ、いつも見ている平助の笑顔の下に、自分の知らない傷が隠されていることに気づいて、ふと彼が遠く感じられたのだ。
 額の傷だけではない。きっと、彼の体には、自分の知らない傷が無数にある。
「痛くない?」
 自分の抱いた思いを告げる代わりに、千鶴は別の疑問を投げかけてみる。んーん、と平助は答えて、自ら額の傷に手で軽く触れた。
「もう二年も前の傷だし、痛いわけねえって。まあ、痕は残っちまってるけど」
 千鶴はもう一度手を伸ばして、今度はそっと平助の傷痕に触れてみる。完治したその傷は、ほんの少しだけ盛り上がったように肌が引き攣れていた。
「まー俺は男だし、このくらいは男の勲章ってね」
 なんか今の言い方左之さんみたいだな。平助は笑いながらそう言うと、不意に手を伸ばし、覗き込む千鶴の前髪に触れた。
「でも、お前が怪我しなくてよかったよ。あのとき」
 満足そうに笑う平助の顔を見ていると、あのとき死にかけたのはあなたのほうでしょうという言葉が出てこなくて、千鶴は黙ってうつむく。そんな千鶴の思いに気づいているのかいないのか、平助は笑みを浮かべたまま、千鶴の頭を撫でた。
「お前は女だからさ、こんなところに傷がついちゃ困るだろ」
 そうしてふと思いついたように言う。
「今日はせっかくこんなところに来てるんだから、お前がちゃんと女の着物着てるところも見てみたかったな。普段は男の恰好しかさせてやれねえけど、こんなときだし。綺麗な着物着て、ちゃんと前髪を上げて、かんざしも挿して……」
 平助の話し方は次第にゆっくりとしたものになり、やがて言葉は止まる。そして代わりに、すうすうと気持ちよさそうな寝息が聞こえてきた。
「もう、寝ぼけてるんじゃない」
 照れ隠しのように千鶴はひとり言を言って、そうしてもう一度平助の髪を撫でた。
 見てみたかった、なんて言って。彼は寝ぼけて見たことを忘れているんだろうか。角屋に潜入したとき、私は女の恰好をして、彼に酌までしたのに……。
 そこまで考えて、千鶴はふと気づく。
 あれ、おかしいな。角屋に潜入したのは、こうして吉原に連れてきてもらった、もっと後のことだったはず。どうして私はそんな未来のことを知っているのだろう。
 すうっと周囲がもやにつつまれて、指に触れる髪の感触が遠くなる。絶えることなく流れていた華やかな音も、次第に遠ざかる。

作品名:ゆめつなぎ 作家名:おでん