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ゆめつなぎ

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 目蓋を開くと、明かりも無い夜の闇が広がっていた。どうやら寝ぼけていたのは自分のほうだったらしい。みんなで島原に行ったのは、もうずっと前のことだ。今はもう、思い出になってしまった日々。今の新撰組は、戦の真っただ中にいる。
「目が覚めた?」
 耳に届いた声にふと視線をあげると、すぐそばに平助が座っていて、穏やかにこちらを見つめていた。夢の中では逆だったのに。千鶴はそう思いながら、ゆっくりと目をこする。
「おはよう。平助くんが起きてくるまで待ってようと思ったのに、寝ちゃってた」
「おお、おはよ。今日はちょっと寝坊しちまった」
 寝坊して夜中に起きるっつーのも変な話だけど。そう言って、平助はほんの少しだけ自嘲気味に笑う。
 ざあっと風が吹いて、屯所の庭の木々を揺らした。暗闇の中で影が揺れる。中途半端に開いていた障子の隙間からも風は吹きこんできて、平助の前髪をふわりと一瞬だけ舞いあげる。暗闇の中で一瞬だけあの傷痕が見えた気がして、千鶴は確かめるように平助の額に手を伸ばした。んん?と平助は不思議そうな顔をするけれど、されるがままに千鶴の手を受け入れた。
 前髪をかきわけてそっと額に触れれば、ひきつったような皮膚の感触が手に残った。
「こわい?」
 額から離れた千鶴の手を目で追って、平助はそう尋ねる。あのときとよく似た口調。けれどその笑顔はあのときより少しだけさみしそうだった。
 あのときのようにこわくないと答えようとして、けれど千鶴は上手く答えられなかった。
 本当に自分はこわくないのだろうか。
 こわいのかもしれない。千鶴はそう思う。
 彼の体の傷が。時々別人のように理性を失う彼が。なにより、彼がいつか消えてしまうかもしれないということが。
 こわいと思う気持ちと愛しいと思う気持ちは切り離しがたく、相容れないはずのその二つの感情は今では同じものとして千鶴の胸の中に巣食っていた。それは目の前にいる藤堂平助という人間を見るたびに、じわじわとその存在感を主張する。
 何も答えない千鶴の頭を一度だけくしゃりと撫でて、平助は部屋の外に目を向ける。その視線の先を、不意に小さな光が横切った。
「お、蛍」
 驚いたように平助はそう言って、光を追って外廊下に出る。その後ろ姿を、慌てて千鶴は追いかけた。
「ちょっと前までは時々見かけたけど、こんな時期に珍しいなぁ」
 少し遠くの木の葉の間でかすかに点滅する光を見つめながら、平助は感心したように呟いた。夏の名残りのようなその光を目で追いながら、千鶴も頷く。
 ふと平助が思いだしたようにぽつりと呟いた。
「俺、羅刹になって一つだけよかったと思ったことがあるんだ」
 何、と千鶴が尋ねる前に、平助はその先を語る。
「蛍の光が、すっげえ綺麗に見えるんだ」
 つい、と蛍の光が浮遊して、今度は平助と千鶴が立っているすぐそばにとまった。眩しそうに目を細めて、平助は言う。
「蛍の光も、月の光もそうなんだけど、夜に見える光っていうのはこんなにきれいなもんだったのかって改めて思った」
 二人の視線が見つめる先で、蛍はふわりと舞い上がると、今度こそ追いかけきれないほど遠くへ飛んでいった。光が消えた先をいつまでも見つめてから、平助は小さな息を吐く。そして千鶴のほうを見やると、からりと明るい口調で問いかけてきた。
「お前、そろそろ寝なくていいのか?もう夜中だぞ……って、俺が言うのも変だけど」
 小さく首を振って、千鶴は答える。
「もう少し、ここにいる。今日はちょっとだけ、夜更かしをしようと思って」
 ほら、平助くんもよく夜更かししてたじゃない。からかうようにそう言うと、平助はばつが悪そうに笑った。そうしてふと目を細めて、大人びた笑顔を浮かべた。
「そういや、一つじゃなかったよ。羅刹になってよかったと思ったこと」
「え?」
 問い返す千鶴に、いや、と首を振って、平助は空に浮かぶ月を見上げる。
「やっぱり今はいいや。そのうち機会があれば話すよ」
 きっぱりとした口調でそう言い切ってから、平助は小さく、月が綺麗だなぁと呟いた。
作品名:ゆめつなぎ 作家名:おでん