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やさしい手

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 細長い参道の両脇に、先が見えなくなるほど延々と出店が並んでいて、あちこちから明るい掛け声が聞こえる。ふと目の端にりんご飴の文字を見つけて、千尋はそちらに視線をやった。ついてくる歩調が緩んだことに気づいたのか、少し前を歩いていた那岐がちらりとこちらを振り向く。
「買うなら参拝が済んでから」
「わかってる」
 子どもに言うような口調の那岐の言葉に返事をして、千尋は足を速める。
 那岐はこういう、変なところで律儀だ。
 神様なんて欠片も信じていないという顔をしながら、こうして長い参道を登って参拝をしようとしている。あのめんどくさがりの那岐が、だ。
 見つめる千尋の視線に気がついたのか、那岐は歩きながら振り返ると、少し小馬鹿にしたように笑った。
「なに、千尋はこの歳になってまだりんご飴がほしいわけ」
「だって、好きなんだもん」
「そんなこと言って、買ってもどうせ飴の所だけ食べるくせに」
「でも、その残ったりんごをいつも食べるのは那岐でしょ」
「飴が甘すぎるんだよ。りんごだけでいい」
「ならいいじゃない。利害が一致してて」
「僕は千尋の残り物を片付けてる感じが嫌なんだよ」
 那岐の言葉はもっともだったから、千尋はううんと考え込む。
「飴より先にりんごが食べられたら、いいんだけど」
「なんだそれ。どういう形状のりんご飴だよ」
 ぷっと、吹きだすように那岐は笑って前に向き直る。
「でもまぁ、参拝が終わったら、千尋になんかおごってもらうかな」
「ええ、なんで!?」
「わざわざ迎えに来たんだ、そのくらいの報酬は当然だろ」
 澄ました声でそう言う那岐の背中に向かって文句を言いながら、心の中で千尋は那岐に感謝していた。
 あのまま帰れば、きっと千尋は一人で落ち込んでいただろうから。だから那岐は、こうして千尋の手を引いて、この長い登り坂を歩いているのだろう。
 立ち並ぶ屋台の灯りが土埃で少し滲んで見えた。たくさんの人が行きかう中、二人は黙って緩やかな坂道を登る。少し遅くなった歩調が心地よかった。太鼓の音が響き渡って、少し遠くでいくつもの御神輿が動くのが見える。
「あれって、いつまでやるのかな」
「あれって?」
 千尋の視線の先を追った那岐は、合点がいった様子で、ああと頷いた。
「神輿か。そりゃ、祭が終わるまでやるだろ」
「そうなんだ。最後までいたことがないから知らなかった」
「神輿が終われば、祭も終わるからね」
「そうなの?」
 那岐は頷いて、少し先の一点を指さす。指の先には、金に輝く小さな神輿。
「あそこに、やたらと豪華な小さい神輿があるだろ。動かないやつ。あれに神が乗ってるってことになってるんだ。だから、こうして神輿を担いで練り歩くことで、還御……つまり、神が本来いた場所に帰るのを邪魔してるわけ」
 神が帰ってしまったら祭も終わりだから。
 そう言った那岐の横顔が、何か別のことを考えているように見えて、千尋はふと不安になる。那岐の視線の先には、黄金色に輝く豪奢で小さな御神輿。
「那岐、どうかした?」
「何が?」
 こちらを振り向いた那岐の顔はいつも通りで、さっきまでの何か遠い記憶を喚起しているかのような表情はどこにもなかった。さっきの感覚は自分の見間違いだったのかもしれないと、千尋は一人思い直す。
「ううん、なんでもない。それにしても那岐、結構そういうマニアックなこと詳しいよね」
「別に」
 興味なさげに那岐は言い捨てて、本殿へと繋がる最後の石段を登り始める。

 人でごった返す参道と違って、本殿のまわりは意外なほど静かだった。参拝を済ませて、千尋は隣に立つ那岐の横顔をちらりと見上げる。千尋よりほんの少しだけ長く拝んでいた那岐は、静かに目を開けると「行こうか」と言った。
「何をお願いしてたの?」
「別に」
 どうでもよさそうに那岐は答えて、本殿から離れようとする。
「うそ、だって、なんかすごく熱心に拝んでるように見えたよ」
「千尋の思い込みだろ。第一、こんなところで気軽に神に願い事なんてしても叶うわけないじゃないか」
「そういうもんかなぁ」
 納得できずにそう言うと、那岐はくすりと笑って、じゃあ千尋は何を願ったんだと問い返してきた。
「ないしょ」
「どうして」
「私の願い事は、私だけのものなの」
 大げさな口調でそう言うと、那岐はあきれたような顔をする。その手を引っ張って、千尋は歩きだす。
「ね、りんご飴買って帰ろ」
「結局りんご飴なのか。ほんと、千尋は相変わらずだな」
 那岐があきれた声を出したそのとき、不意に境内にばしゃんという大きな音が響き、ほぼ同時に泣き声が聞こえてきた。
 驚いて声の主を探した二人の視線は、石段を下ったすぐ先に立ちつくす小さな子どもを捉える。泣きわめく子どもと、足下に落ちた青いゴム風船の残骸。
 子どもの表情と、足下に広がる水たまりを見て、二人は全てを察する。
「水風船、落としちゃったのかな」
「みたいだね。まあ、どうせ持って帰ったって二三日もすりゃしぼむもんだし」
「それはそうだけど……」
 二人が会話している間にも、一向に子どもの泣き声はやむ気配がない。子どものほうを気にする千尋の顔を見て、那岐は一つだけため息をついた。
「千尋、僕たちが行ったって、元に戻してやれるわけじゃないんだから。気にかけたってしかたない。そのうち親が来るだろ」
「うん、わかってるけど」
 それでもその場から動こうとしない千尋を見て、少しの間の後、那岐は諦めたように言った。
「それで、千尋はどうしたいの」
 めんどうだとも、放っておけとも那岐は言わなかった。だから、千尋は振り返って、那岐に告げる。
「私、行ってくるね」
 繋いでいた手が離れて、千尋は走りだす。石段を駆け下りて子どものところに向かえば、後ろから那岐が降りてくるゆっくりとした足音が聞こえた。振り返らずともわかる。きっと今ごろ那岐は、しょうがないなとあきれたような顔をして、自分の後ろ姿を見ている。

 本当は、あなたのほうがこの泣き声を気にしていたくせに。

 思いをそっと飲みこんで、千尋は泣いている子どもに手を伸ばす。



 繋いでいた手が、ふっと離れた。駆けていく千尋の背中を見送る那岐の耳に、止むことのない子どもの泣き声と、気をはやらせるような太鼓の音が届く。
 もしこの場で、幻術でも使って水風船を元に戻してやれば、この泣き声は止むのだろうか。
 そんなことをしても意味がないのを知っていながら、那岐は考える。幻は幻、本物とは違う。壊れた水風船は、もう元には戻らない。
 境内に置かれた篝火が一際激しく燃える。あかい、あかい炎。
 その灯りに照らされた千尋の後ろ姿を見つめながら、那岐はゆっくりと歩き出す。

作品名:やさしい手 作家名:おでん