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呼ぶ声

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雪が降っていた。まるくつめたい雪の粒が、空を灰と白の水玉模様に染め上げていた。辺りは一面真っ白で、立ち並んだ杉の木も、たっぷりと白い雪を積もらせていた。
 不意にふわりと風が吹いて、ふわふわと舞う雪を舞い上げる。視界が真っ白になって、思わず久々知は立ち止まる。雪の粒が顔に当たって、一瞬で溶けて消えた。鼻を啜って、顔の雪を乱暴に拭う。一瞬触れた鼻の頭が、自分のものとは思えないほど冷たくて、少しどきりとする。
 このまま帰路を急ぐべきかどうか、久々知は決めあぐねていた。急げば日暮れ前には帰りつくかもしれない。けれどこの雪だ。日が落ちれば難儀である。ならばいっそ、途中でどこか眠れる場所を探した方がいいかもしれない。
 早く帰った方がいいのはよくわかっていた。帰れば暖かなご飯に風の吹き込まない部屋、そうして身に馴染んだ級友たちが待っている。自分を迎えるあたたかな腕。なのにためらってしまうのは、一度止めてしまった足を再び動かすには少し疲れてしまったからだろうか。
 もしかしたら、あの場所に帰るのが少し怖いのかもしれないとも兵助は思う。雪の冷たさは、慣れてしまえばほとんど気にならなかった。背中に負った荷物の重さも、隠し持った刀の固さも、決して心地いいものではないが、捨ててしまえばきっと何か心もとない気持ちになるだろう。帰るべき場所は暖かくて居心地がいいけれど、そこに慣れてしまえば二度と出ていく気にはならなくなってしまう。そうして外に積もった雪に触れて、寒いと大げさに身震いするのだ。
 どうするべきか考えながら、久々知は両肩の雪を振り払う。動きを止めた体に、白い雪が降る。溶ければ体が冷える。
 不意に何かの気配を感じて、久々知は顔を上げた。見れば一匹の狼が、杉の間からこちらを見つめていた。一瞬どきりとして懐に手をやってから、いつかの竹谷の言葉を思い出してその手をおさめた。
「大丈夫。こちらから妙なちょっかいを出さない限り奴らは襲ってこないよ」
 いつだっただろうか、狼について話をしていたとき、竹谷はそう言っていたのだった。あのとき下級生に向かって話す竹谷の手元には、黒いむくむくとした塊がいた。

 そうか、あの子犬が産まれたときのことだったか。

 その犬は学園で生まれた。親犬が狼の血を引いているから、その子犬にも狼の血が混ざっているはずなのに、生まれたばかりのそれはふにゃふにゃと頼りなさそうで、力を込めればつぶれてしまいそうだった。小さな犬を抱きかかえて、生物委員の下級生が保健室に走り、体を洗ってやるための桶ときれいな布をもらってきた。そこからその子犬は生徒たちの手から手へと次々に渡り、放課後の委員会活動にいそしんでいた生徒たちの中でまたたく間に人気者になった。用具委員があっという間に風を防ぐための小屋をつくり、体育委員はどこから摘んできたのか、大量の花を置いて行った。久々知が初めてその子犬を見たのは、少し面倒そうな顔をした三郎がその子犬をつれて火薬庫にやってきたときであった。その後ろには、興味津津といった面持ちの一年生が二人、くっついてきていた。
「どうした、それ」
「八左ヱ門のところで生まれたんだとさ」
「あいつの子か」
「まあそんなもんじゃねえの。なんか似てるし。毛並みとか」
 そう言って、三郎はその子犬をほいと久々知の傍らの伊助に手渡す。伊助はおっかなびっくりそれを受け取った。
「これをどうしろっていうんだ」
「私のところにも他のやつが連れてきたんだ。なんでもお披露目だとさ。しかしもうそろそろ学園中を一周したころだろう。竹谷のところに戻しておいてくれ。私も忙しい」
 そう言う三郎の後ろで、三人の一年生は子犬からじっと目を離さない。きっと生まれたばかりの子犬が珍しいのだろう。すんすんと時折動く鼻に、そっと触れてみたりする。
「あ、こんなところにいた」
 どこか少し浮き立った空気が漂う火薬庫に、もう一人の訪問者がやってきた。雷蔵である。
「その犬、八左ヱ門のところに連れていくんだろ。ついでにこれも渡しておいてくれない?」
 はい、と手に持った本を久々知に手渡して、雷蔵は笑った。
「これ、何」
「狼に関する書物。まあいらないような気もするけど、一応ね」
 雷蔵は傍らの一年生の隣にしゃがみ込み、その手から子犬を受け取る。雷蔵の手の中で、子犬は安心しきった様子で眠っていた。
「長いこと帰ってこないから、八左ヱ門も心配してるんじゃないかな」
 そう言って、雷蔵は久々知の手にそっと子犬を預けた。その生き物は暖かくて、心臓がとくとくと波打っていた。
 飼育小屋に行けば、竹谷はお産を終えたばかりの母犬をねぎらっている真っ最中だった。その手に子犬を押しつければ、手慣れた様子で受け取り、話しかける。
「しかしお前、学園中からいろんなもんもらったんだなあ」
「そんなにいろいろ集まったの」
「そりゃあもう。何のためか意味のわからないものまで。お祝いのつもりでみんな持ってきてくれたみたいで」
 主に母犬の傍らの花を見やりながら、竹谷はお前愛されてるなあと子犬に話しかける。その手の中で、子犬がすんと鼻を鳴らした。

 子犬はすくすく大きくなった。
 そうしてある日、突然姿を消した。

作品名:呼ぶ声 作家名:おでん