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ネビート・ギブナ・フウル・ロービア・ウンム・アリ・アフワ

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カイロの古い館に召集されている異能の集団は暇を持て余していた。法的、倫理的な犯罪行為に出かける以外には待機している他ないのだから、こんなに退屈なことはない。現時点では決まった敵対者さえいないのである。
 信心深いムスリム達がモスクに集まっている金曜の午後に、居残っている三人はどこからか手に入れてきた古ぼけたダーツゲームで時間を潰していた。せいぜい小銭を賭ける程度の雑談交じりのゲームで、その話題は理想の死に方だった。
「おまえさんは、やっぱりあれかい? 舞台の上で死ぬってやつか?」
壁際の椅子に載せたボードに向けてダートを放りながらホル・ホースは、ここでは黄の節制という呼び名で通っている舞台俳優に言った。三人の腕はそれなりのものらしく、哀れダーツボードの支えになっている骨董品の椅子にはまだキズがついていない。ホル・ホースのダートも、鈍い音をたてて中心に突き刺さった。
「おれが死んだら、その後は誰がおれの役をやるんだよ」
 矢を抜き取ったホル・ホースと場所を交換した節制は不満気に言った、針穴だらけの的に狙いを定める。一本、二本。
「芝居がらみなら、楽日の夜とか……死んで終わる役なら、そこでもいいかな……あ、畜生!」
最後の台詞はダートの行方のせいだった。的の中心に当てなければいけない矢を、わずかに逸らしてしまったのである。
「あーあ景気の悪い話しながらだと手元が狂うぜ。あんたは、そうだな、賭場ゲンカかなんかで死ぬのかな?」
絶望の身振りと共にアームチェアにゆったりと沈みこんでいる三人目のプレイヤー、ダービーに訊く。
「私のゲームではケンカなんか起きないよ」
「そりゃあな、相手が全部、死人じゃな」
 ホル・ホースがからかうと、ダービーは歯を見せずにニッと笑って、座ったまま立て続けに三本のダートを投げた。何気なく放ったように見えながら、それらは直前に外した節制への当てつけのように三本とも中心に命中した。
「あ、この野郎。イヤなオヤジだぜ」
「点はいらないよ。金持ちケンカせず」
得々としているダービーは、この変則三人制ゲームで現在トップを独走中だった。そもそもこの種の遊びでは、誰も彼の相手にはならない。
「どっちみち点にならねえよ。反則じゃねえか」
 ぶつくさ言いつつも節制はダートを抜き取り、ホル・ホースは結果を計算して、点数表に書き加えた。何度計算しても首位は大差でダービーだ。ホル・ホースは広い肩をすくめて華奢な年代物の椅子の上でどっかりと大の字に体を広げ、
「諦めようぜ、節制。ダービーが優勝だ。何度目だかな?」
「神の御加護あって、ね」
表紙に金文字の輝く指先訓練用の聖書を掲げて見せて、ダービーは笑った。
「図々しいよな、まったく。誰が誰を護るって?」
節制が天井を仰いで、椅子を引き寄せた。
「神が、私をさ」
 メイド兼料理人が決然として金曜礼拝に出かけてしまったので、扇型に並べた椅子の中央にあるテーブルにはエジプトワインのボトルとグラス、それに三人の遊び道具が載っているきりである。ダービーは二人をなだめるようにそれぞれのグラスに白ワインを注いだ。異教徒、というより無神論者の彼らには曜日もコーランも関係ない。
 すっかり飲み慣れてしまった『オマル・ハイヤーム』を間にはさんで、節制は先程の話題が蒸し返したくなったらしい。手の中のダートをちゃらちゃらさせながら、隣でグラスを傾けているホル・ホースに水を向けた。
「あんたはさ、死に方がどうとかってよりも殺す方だよね」
言われた方はちらりと横目で節制を見返し、その目が鋭く光ってはいるものの、それはいつもと同じ程度で、どちらかといえば面白がっている表情を浮かべているのを見て、相応に応えた。
「ああ、俺ぁ殺し屋だもんよ」
「じゃあさ」
陽に焼けて健康そうな彼の顔をグラスの縁越しに見て、節制は尋ねた。
「もう一人自分がいたとして、そいつに殺されるとしたら、楽に死ねると思う?」
ぽかんとした後、ホル・ホースは豪快に笑い声をあげた。
「いや、無理だろうよ。てめぇと銃撃戦やんのか? そりゃ、いつもは一発でやるけどな。相手が俺じゃ無理だ。お互いに楽じゃねえなあ」
聞き様によっては自信過剰な事を言いながら、ホル・ホースは仮想の自分対自分の対戦を楽しんでいるようだ。中空を見つめてじっくり考えていた。ポケットから煙草を出して、しわくちゃの紙包みからよれよれの一本をひっぱり出し、傷だらけのオイルライターで火をつける。深く吸い、吐いて、やがてにんまり笑った。決着がついたらしい。
「いやいや大変だろ。それなら、そうだなぁ……」
『ラッキーストライク』の煙を吹き上げて、
「こっちのイカサマギャンブラーにやられる方が簡単そうだな」
火のついた先でダービーを指した。彼は今しも銀色に輝くシガレットケースから香り高い一本を選び出し、長いマッチで火をつけた所だった。
「君の魂を引きずり出すのは実に愉しそうだね」
紫煙に目を細め、マッチを振り消した。
「下手なこと言わない方がいいぜ、本気で持ってかれるから」
 節制は背後の円卓に手をやり、見もしないでアラバスター製の灰皿をつかんで二人の間に据えた。
「嫌煙権って言っても無駄そうだな。早死にするぜ、あんたら」
白い灰皿を指先で弾いて澄んだ音をたて、彼一流の笑い方で頬を歪ませた。
「殺し屋の肺ガン死。いいね、平和な証拠だ」
「おーお、勝手いってくれるじゃねえか」
 たぶん今、皆が同じ事を考えていた。
『まあ、無理だけどね』
彼らにもそれなりの自覚がある。気にする段階はとうに過ぎた。気にしていたとすれば、だが。自然死を望める資格がどうやって得られるものか、それは誰も知らないが、少なくとも彼らは失格するだろう。彼らは、たぶん聖書に書かれている『許され』て『神の王国』に入る者ではないし、コーランで言う『神の国』にも恐らくたどり着けない。
他人の死を売買し、自分の死をもてあそぶ者の行き先は昔から決まっている。折しも今日は金曜日だ。人々が神に祈り、ユダが首を括った日だった。
 ダービー、ホル・ホース、黄の節制は、宗教がかったことは塵ほども考えなかったので、その小さな皮肉には気がつかなかった。ただ、いつも通りの感想を共有したにすぎない。ダービーは習慣を守って聖書のページを数えていたし、ホル・ホースと節制は楽な死に方を追求していた。
 二種類の煙が渦を巻いて空中を漂っている。それぞれの動きにつれて、それは三人の周りで散り散りになったり、まとわりついたりした。
「即死っていうと、どんなのかな?」
「頭に一撃」
「そりゃ、あんたのやり方だろ」
 煙草とダートを振り回すホル・ホースと節制の動作が大きくなってきた。まるで煙を振り払う、または煙のように宙を漂う何物かを追い払おうとしているようだった。
 ダービーがページを開き、軽い音をたてて閉じる。節制がワインを口に運ぶ。その静かになった一瞬に、ぽつりと言ったホル・ホースの言葉が放り出されたように転がって響いた。
「そう簡単にくたばりゃしねえけどな」
もう一瞬、静寂があった。しかし一瞬だった。
 ダービーがテーブルのグラスを取り、中身を揺らして言った。膝に載せた聖書をぽんと叩きながら、
「もちろんだ」