水煙をくゆらせる
米崎が強過ぎる快楽に身を捩ると、黒髪が雨水の中を泳いだ。秀吉が掬い上げるように幾度か指で梳くと、米崎が焦点の合わない瞳を秀吉に向け吐息を落とした。
「秀吉」
束の間呼吸が止まる。
だがすぐに米崎が啼いて白濁を吐き出し、締め上げる中につられて秀吉が達した。
米崎はもう意識を手放していた。
***
さすがに雨の中に放置しては拙かろうと、秀吉は軽く衣類を整え力なく横たわった体を担ぎ上げた。そうして扉を潜り、下の階からは死角になった踊り場の壁にその身体を預けた。
背後で軋む鉄の扉が何故かひどく耳障りだった。
行為の名残を仄かに残す目尻に指先で触れる。唇は噛み締めすぎて少しだけ痕が残っていた。
あの時呼ばれた名前が僅かばかり秀吉の内面を揺るがせる。明らかに手に余っていた。
乱れた黒髪を梳きながら、どれほどこの男に名を呼ばれていなかっただろうかと考えた。思い出せはしなかったが。
どれ程経ったのか、徐々に意識を取り戻していく男が秀吉の存在を認めて目を瞠る。その瞬間そこには無垢な驚き以外の、他のどの感情も見うけられなかった。
開かれた双眸に映る自分の姿を見遣り、秀吉は二人の関係が途方もない行為によって歪められる前まで、この男はどんな風に自分の名を呼んでいただろうかと、やはり所詮は思い出せもしないことを何の感傷もなく思った。