二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」

藤色の鬼

INDEX|1ページ/4ページ|

次のページ
 
◇◇

 歴史を感じる檜作りの舞台の上で、幼い少女が懸命にお神楽の稽古をしていた。
 つい先日、もうお稽古も習い事も全部嫌だと駄々をこねていた姿を知る老人は、その真剣な姿に相好を崩した。と、彼の姿に気付いた教師がそっと一礼する。
 今日はこれで終わりだと告げた彼に、少女も礼儀正しく膝をつき頭を下げる。そして入り口に佇む老人に気付くと、笑みを浮かべて走り寄る。

「おじいちゃま!」
 無邪気に笑う少女に老人はゆったりとした笑みを向けた。
 そのまま境内に出た二人は、片隅に設置された床机へと腰を下ろす。
「聞きましたぞ、神楽耶様。昨日今日と随分熱心にお稽古に取り組んでおられるそうですな。教えている者たち皆が褒めておりましたぞ」
「そ、そうか」
「はい。先日はあのように嫌じゃ嫌じゃと申されておりましたのに。……そういえばあの日は神楽耶様が鎮守の森に入ってしまったとスザクが言っておりましたが、スザクとなにやらありましたか」
 はにかむ神楽耶に、柔らかい目を向けて桐原はそっと問うた。
「それは……スザクとは何もない。ただ……」
「ただ?」
 言いよどむ神楽耶に、桐原は続きを促す。神楽耶が熱心に稽古に取り組むのは良いことだが、その理由によっては問題があるかもしれない。彼女の守役としては、それを知っておく必要があった。
「あの森で、神楽耶はおじいちゃまの言っていた鬼に会いましたのじゃ」
「鬼に……」
 聞き分けのない神楽耶を脅かすように、彼の語った他愛のない御伽噺。鬼に会ったという神楽耶に、不審な者が彼女に近付いたのかと表情を険しくした桐原は、彼女の次の言葉でその【鬼】が誰であるかに気付いた。
「そうじゃ、鬼じゃ。綺麗な藤色の瞳をした意地悪な小鬼がいましたのじゃ」
 藤色の瞳。その言葉に桐原の脳裏に浮かんだのは、しばらく前に留学という名目で日本へと送られてきた大国ブリタニアの皇子だった。おそらくは彼と似た色をしているのだろう妹皇女の瞳は閉ざされたままなので、彼女ではない。また、紫というブリタニア人にも珍しい色の瞳を持つ子供がこの近辺にいるとも思えなかった。元々この辺りは首相の家があるということもあってか、ブリタニア人だけでなく異国人はほとんど住んでいないのだ。
「とってもとっても意地悪な鬼で、神楽耶のことを『つまらない女』とか『嫌な奴』とか『我が侭姫』とか言って、攫う価値もないと言うたのじゃぞ」
「そうですか……」
 故国に棄てられた己の立場を知っている目をしていたあの少年は、恵まれた立場にありながら我が侭を言う神楽耶に腹が立ったのだろうが……。
(随分と正直に言葉をぶつけるものじゃ)
 あの皇子は、本音を隠すことに慣れた者の目をしていた。そんな彼そのように神楽耶に言ったということは、やはり子供同士であれば気が抜けるということかと桐原は思う。
(ふむ……)
 人身御供同然の扱い。彼らはもはやブリタニアにとって用無しの存在なのだろう。だが、あの皇子の頭の良さやその身に流れる血は十分に日本としても利用できるもの。
 ならば……と桐原は心の中で笑みを浮かべる。
「だから、見返してやりたいのじゃ。神楽耶はこんなに立派に【皇】としての務めを果たしているのじゃと見せてやるのじゃ!」
「それは立派な心掛けですな」
 にこにこと、好々爺の笑みを浮かべながら桐原は言った。
「枢木神社でのお稽古は明日までですが、しばらくしたらもう一度こちらに参りましょうか。神楽耶様に会わせたい者がおりましての」
「会わせたい者? 何故今では駄目なのじゃ」
 当然の疑問を口に乗せる神楽耶に彼ははぐらかすように答える。
「さて……本当に神楽耶様に会わせるかどうかがまだはっきりとしておりませんのじゃ。けれども、またこちらに参りますのは決定しております。スザクとも会いたいでしょう」
「……神楽耶がスザクに会いたいのではない、スザクが神楽耶に会いたいと言うから会ってやるのじゃ」
 頬を赤くする少女に、桐原は声を上げて笑った。
「それはそれは、間違って申し訳ありませんな」
「そうじゃ、間違ってはならぬ」
 その笑い声に頬を膨らませた神楽耶はそっぽを向いて怒った。
 そんな無邪気な皇の総領姫に桐原はまた笑みを深めるのだった。


◇◇

「……何の御用でしょうか」
 土蔵を訪ねた桐原に、ルルーシュは警戒を隠さない瞳で尋ねた。それを面白がるように桐原は喉の奥で笑う。その反応に微かに眉を顰め警戒を強める少年。やはり彼は神楽耶やスザクとは違うのだと実感させる姿。無邪気な子供として生きることは許されない皇子。
「神楽耶様がそなたに会うたと言っておってな。それでふと、どのように過ごしておるのか見てみたくなったのじゃよ」
 日本についた日、桐原はこの兄妹と顔を合わせていた。ルルーシュもそのことを覚えているようで、決して警戒は解かない。
「……そうですか、特に問題はありません。そのようにご心配いただきありがとうございます」
 隙を見せたくない。そう全身で表現するような、取り付く島もない態度に桐原はルルーシュの若さを見た。未だ演じることには慣れていない様子が、彼にとっては付け入る隙となる。
「ふむ。これからも何か必要があれば、いつでもこちらに申し出るがよい。枢木だけでは手の回らぬところもあるだろうからのう」
 京都六家とて一枚岩ではないのだとちらつかせながら、桐原は静かに申し出る。
「申し出に感謝いたします。けれど、そのご好意に対してお返し出来るものが私にはありませんので」
 自分達には利用価値などないと切って捨てる年若い皇子に、桐原はまた笑った。
「好意は素直に受け取っておくべきじゃぞ。なに、いずれゆっくりと返してくれればよいのじゃからな」
 見返りは望む。けれどそれは今ではないと嘯く老人に、ルルーシュはより一層複雑な顔を見せる。
「さて、わしはもう帰るが……そうそう、また今度改めて神楽耶様にそなたらを紹介しようと思っておる。あのまま【鬼】と思われていては、話を吹き込んだわしとしても複雑だ。ちゃんと、【ブリタニアの皇子】として会っていただかねば、な」
 【鬼】という言葉に苦虫を噛み潰したような顔をしたルルーシュに、笑いながら桐原は背を向けた。
 しばらくその背を探るように見つめていたルルーシュだったが、視界からその姿が消えると同時にほっと息を吐く。
「京都六家の桐原か……何を考えている?」
 呟いたルルーシュは考えても仕方がないと首を振った。
 そして彼は、妹のための花を摘みに森の中へと入っていった。

作品名:藤色の鬼 作家名:からくり