二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」

夜を臨む

INDEX|3ページ/4ページ|

次のページ前のページ
 


再び書庫に戻ってから三時間ほど。カラスに似た鳥の声がどこから響くのにふと現実に引き戻されて、シカマルは障子を引いた。何せのどが渇いている。集中し始めると時間の経過を忘れてしまうタイプだったので、いつだって生活習慣は乱れがちだった。
すっかり疲れてしまった目じりを軽くもみほぐしながら台所へと赴き、帰ってくるといなかったはずの影が縁にちょこんと座っているのが見受けられた。この家にいるとき、ほとんど腕を通さない蛍光オレンジのジャケットを羽織っていたので、アカデミーからそのまま直行してきたんだということがすぐに知れた。

「お帰り、」

潤ったのどを鳴らしながらシカマルが言えば、縁にすわった姿勢のまま、首だけを動かしシカマルのほうを確認する。逆光で陰っているので表情は見えないが、まあ無表情であることに違いはないんだろうとシカマルは思った。ふい、とすぐに視線は庭に戻されて、何時もならばこのあたりですぐどこかへ消えてしまうのだけれど、ナルトは今日は動かずにぼんやりと庭を眺めていた。思いのほか覇気がないような気がして、シカマルはちょっと怪訝な気持ちになる。軽い足音を立ててナルトの背後を通り過ぎようとした時、それを確かめようと視線を下すとナルトは何だとも言いたげな表情でシカマルを見上げた。
あ、とシカマルは声を上げる。
頭の先からつま先まで、腕を通さず羽織ったジャケット以外は水にでも潜った後のようにぐっしょりと濡れていた。

「お前、びしょ濡れじゃねぇか!」

何してきたんだ、と言う言葉を飲み込んでシカマルはくるりと踵を返し、室急いでタオルをひっつかんで縁側に戻る。半分部屋に戻ってるんじゃないかと懸念していたが、ナルトはただぼんやりと庭を見つめているだけだった。そんなナルトの様子にひどく引っかかりを覚えたものの、尋ねたところでどうせ返事が返ってこないことは分かり切っていたし、変な地雷を踏んでへそを曲げさせたくはなかったので尋ねなかった。

「これ使え。」

シカマルはナルトに持ってきたタオルを被せる。するとナルトはぼんやりしたままの表情でシカマルを見上げた。ナルトはそれで拭く様子も見せず、また、無表情を庭へと向ける。幾分か柔らかくなった日差しがやや赤みを帯びて、過ぎ去った夏の名残りを見せる白い砂を薄く照らした。ここじゃないどこかを見つめながら何事かを考えているナルトに、シカマルは困ったように溜息を吐いた。
そうして暫く、ナルトは沈黙する。
日が暮れかかってということもあり、秋虫たちが綺麗な声をふるわせ始めていた。もうすっかり葉ばかりになってしまった紫陽花の木に目を細めていると、傍らのナルトが小さく身じろいだ。
色を変え始めた庭に視線を向けていたシカマルは座るナルトに視線を移す。ナルトは相変わらず庭のほうを向いたまま、引き結んでいた口をおもむろに開いた。

「理由。」
「あ?」
「理由、聞かないのか。」

ナルトはそう言ってからシカマルのほうを見上げた。頭にタオルを引っ掛けて、どこか探るような視線がシカマルを見る。シカマルは肩をすくめて見せて、少し離れた場所に腰を下ろした。寄るなと言われるかと思ったが、何も言われなかったのでそのままぼんやりと庭を眺めた。

「聞いて欲しいのか。」

湿った風に目を細めていると、ナルトは別に、と興味なさげに呟いた。
頭上を越える赤く色好き始めた空が雲を南へといざなっている。ゆるく色を変えた雲は放漫に体の向きを変えながら、風に乗るように揺らいでいた。
ナルトのほうに視線を向けてみると、そちらもシカマルと同様に庭を意図なく眺めていた。その横顔が夕闇の色に照らされて少しだけ赤くなっているのを見て、冷やかな色だと、シカマルは思った。

「気持ち悪いな。」

ナルトは少しだけ眉根を寄せて呟いた。ぼんやりとした視線がシカマルに向けられ、すぐに落とされる。今度はいったい何が起こったのだろうとシカマルは邪推するがすぐにやめた。幼いナルトは幼い故か、周りの言動にかき乱されることが多いようだった、かき乱されると言うと少し語弊があるかもしれない、言い換えれば疑問のようなものが、ナルトを迷わせるようだった。それは目に見えた迷いや隙を作ると言ったそんなものじゃなく、自問自答するような静かなものだ。けれども、自分なりの答えが定まらないうちに、シカマルや大人や子供にその部分を突かれると、反してナルトはひどくうろたえるようではあった。今回もそれなのだろうか。気持ち悪いと漏らしたままナルトはぼんやりとして、不意に、ふ、っと自嘲を漏らした。

「俺が死んだらどうなると思う」

ナルトは自嘲を浮かべたまま庭を眺めている。
シカマルはナルトの横で、無言のまま庭を眺めた。

「どうもならねぇよ。死ぬってことに意味なんてねぇ。」

馬鹿だよな、とナルトは苦笑する。無感情な風ばかりが流れて、ナルトの濡れた髪とタオルと、それからシカマルの頬を撫でていく。それをうすら寒いと感じるのはナルトのせいなのかもしれないとシカマルは考えた。それからシカマルは、これが初めて見た小さなナルトの笑みだということに気がつき何とも言えない奇妙な感覚を抱くことになる。
シカマルはちらりと横目でナルトをうかがい、考える仕草をしてから頭をかいた。

「怪我、してねーか。」

シカマルがそう尋ねると少しだけ驚いたような表情を浮かべてナルトはシカマルのほうを向いた。どうしてそんな言葉が出てきたのか単純に理解できなかったからだろう。前髪の生え際までを覆う白いタオルの下のセルリアンブルーの光彩が夕闇の色に縁どられて鮮やかな色をこぼしている。

「別に、」

素直に表情に出てしまったことが気になるのか、バツのわるそうな顔をしてナルトは小さく呟いた。うつむいた顔が垂れたタオルで隠される。
シカマルが、ならいい、と返すと、ナルトは一度肩を震わせた。うつむいた顔がシカマルに向けられ、そうしてまた一度きり、苦虫を噛みつぶしたような顔になった。

だから嫌だったんだ、とナルトはぼやく。いきなり吐かれた言葉の真意を読み取れなくて聞き返そうとすると、ナルトは吐き捨てるように語調を強めた。

「だから嫌なんだ。」
「ナルト?」
「お前なんかと、会いたくなかった。」

どうかしたのかと心配するシカマルの視線から逃げるように、ナルトは首を振る。ふって、やっぱり綺麗なセルリアンブルーの瞳をして、今度は睨むようにシカマルを見た。
シカマルが、何の意図もなく、打算もなく、ナルトのそばにいることはナルト自身もよくわかっていた、だからこそ嫌だったのだと、シカマルは気づいているのだろうか。気を許してしまいそうになるのが恐ろしいと、ナルトの頭の中にあるのはそれだけだ。他意の無い、打算のない言葉にぶれてしまう感情がナルトを震わせている。戦術や、暗号を解くにはひどく輝くシカマルの頭脳は、こんなときばかり役立たずだった。
作品名:夜を臨む 作家名:poco