Territory
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ほぼ二週間ぶりに家に帰ってきた。部屋に入るとテリトリーに持ってきて安心する野生動物のように少し緊張を解いたがその代わり思い切り肩を押さえられた。
「何か言うことはあるか?」
怒ってるなあ…。無理ないが…。
「ごめん。」溜息ついて
「言葉だけ謝られても。わたしがどんな気持ちでいたかわかるか?」
「腹立たしくて眠れなかったのか…。」
「一言で言い表せられるものじゃない…。」
「えーと取りあえず殴ってみる?」
頬を両手で包み込んで
「殴り殺しそうだ。」
それはちょっと遠慮したい。
「う〜ん…。じゃベッドでも?」
「やり殺しそう…。」殺すから離れないのかよ。
顔から手をはずさせておでこに手を当てて
「熱は無いよな…。どのくらい寝て無いんだ?」
「離れてからほとんど…。血だらけの姿が夢にでて…目が覚める。」
生きてるの百も承知してて…。
「軍人の反応とも思えないな…。薬は?」
「飲んでない。」人のことは言えないが薬嫌いだな。
「飲んででも寝ろ。死ぬぞ。」
「きみの所為だ。あんな危険なまねをよくも…。」
「今は怒るより寝てくれ。」
「眠れない…。」
話でもすれば少し落ち着くかな?
「お茶飲む?」
「こんな夜更けにか?」
「どうせ寝れないなら同じだろう?」
お茶の用意にキッチンに移動すると着いて来てじっと睨んでる。ホットミルクでも良いがまたアルコール入れられるとむかつくからカモミール。
効能は期待できない。殺気だってるからなあ…。
上着を脱いでハンガーにかけ睨んでるやつから無言で手渡せさせる。
ソファの方が良いかと思って座ると少し離れて見てる。
「座ったら?」
今更逃げたりしないんだから少し落ち着いて欲しい。逃げるんならとっくにどこか行ってるし。
「ああ…。」とかいって差し向かいに座ろうとしたので「こっち。」と隣を叩く。
「正面から睨まれると怖いよ。」
「よく言う。わたしに睨まれて平気な顔しているのはきみぐらいだ。」まあ。慣れてるから。
「怖くないわけじゃないよ。はい。座って。」
嫌そうな顔して少し離れて座る。
「…何で離れるの?」
いつもはべったりくっ付くくせに。無言で横を向く。
近づくとその分離なれる。ほー。この反応は始めてかな?
腕に触れると払いのけられた。びっくり。向こうも驚いてる。
空気の音さえ聞こえそうな緊迫感。体が動作の途中で止まったままだ。我に返って謝る。
「ごめん。」
取り繕うようにお茶を飲む。う〜ん。さてどうしたものか…。ここで引くと不味い気も…。チラッと見るとよそ向いてる。
カップを置いてその横顔をぼーつと見る。顔を出すようになったのは空っとぼけるのが上手くなったからか押し出しの強さで誤魔化すためか。
年食ったよなあ。あーその割に行動は子供っぽいかな。
「え〜と。」
身を乗り出して覗き込むと意地になって顔を背ける。仕方ないなあ…。
立ち上がって「そんなに嫌なら出て行こう…」
言い終らないうちに顔が熱くなり背中に衝撃が来て次いで口の中が金臭い…。ああ、切ったなあと思いながら身を起こそうとするとふらふらする。
脳震盪かな…。次が来ないようなので半身起こしてじんじん熱を持ってきた顔を抑えながら見ると手を押さえて睨んでる。
よくよく自制のきく男だな。こんな時に。
「もう良いのか?」
「…止められなくなる。」
「じゃちょっと手を貸してくれない?手当てしないと顔が倍になりそう…。」と空いてる方の手を差し出すと苛ただしさを隠さず乱暴に引き起こしてくれる。
「つ…」痛いしジンジンする。洗面所でうがいをしてると無言で氷を持ってきてくれる。
全然発散されて無いかなあ…。殴られ損か。まあこれぐらいで収まる訳ないか…。
薬を飲んで顔冷やしながらソファに横になると向かいに座って三白眼で見てる。うん。怖いぞ。
「言いたいことがあれば言えば?」
「言いたくない。」あんなにイラついてては碌に寝られないだろうな…。
「ずっとそこで睨んでるつもりか?」
「悪いか。」
「良いけど。体休めない気?明日休むのか?」
こんなにぴりぴりしてるなら休んでもらったほうが…。社会の迷惑。
「仕事のことなんかどうでも良い!」
行く気が無いならその方がいいか。この際隙見て薬でも何でも盛るぞ。問題は隙がないってことか…。
あーあ。あんな顔長時間してたら目つき悪くなるなあ…。
「何考えている。」
「いやー。人相悪くなるなあと思っただけ。」
「それがどうかしたか?」
「怖すぎるだろ。」
「きみが怖がっているとは見えないが。」
「今更あなたのことを怖がったりはしないけど…。他の人は怖いだろう。」
「他の者のことなどどうでもいいだろう。」
まあそうだな。今眠れないのは他の人の所為じゃないし。何か言うかと思ってみてるとまただんまりのまま睨んでる。
「疲れない?」
「こうでもしてないと思い切り肩掴んで揺さぶりたくなる。」
今やられると具合悪くなるけど…身を起こして座りなおす。
「やってみる?」
溜息付いて頭を押さえてる。
「どうせ糠に釘だ。少しは私の気持ちも考えてくれてもいいだろうに…。」
怒気が引いてゆく替わりに落ち込みだした…。あーやばい。
「悪かった…。」
「本当にそう思っているのか?」
「思ってるよ。」
「ではどうしてあんな無茶なことが出来る。」
「えーと…。ごめん。」
そりゃヒス起こしてたからで…。恥ずかしくて言えない。
「本当にきみは予想の付かないことを仕出かしてくれる。その上後始末も丸投げだから余計腹立たしい。」
「お手数おかけしました…。」
本当のことだからひたすら低姿勢。予定外の事態を上手く丸め込んだのは流石だよ。
「大体自分の身を囮にするなんて何考えて…。」
「いや〜。だって手っ取り早いし。」
「手っ取り早い?」また睨む。
「どうせ死ぬ予定だから良いかなと。」
「本当に死んだらどうする気だったんだ。」
「今まで狙われて当たったことないし。どうにかなるかなあと。」
「口径が大きかったらあんなものではすまなかったんだぞ。」
そうだな肩ごと吹っ飛んだかも。
「プロはその辺拘るから。」
「どうしてそんな確信が持てる。」
「今までも何度も狙われてるし…勘で。」
「どうせどうでも良いと思ったんだろう。」
実はそうだが。口にするのはさすがに憚れる。
「結果オーライじゃ駄目か。」
「全然反省してないな…。」
また睨まれる。喉元過ぎたらなんとやら。
自分の命だけだから割と気にしてない。言わなくても顔に書いてあるようで
「少しは反省して欲しいぞ。」苦虫潰してる。
「してるつもりだけど。」
「一体何を反省しているんだか…。」
「あなたを怒らせて周りの人達に迷惑かけたこと。」
「やつたことの反省は無いのか…。」
終わってしまったことはいいじゃんと言うのが本心。いかん。いかん…。
「そんなに怒るとは思わなかったし…。」
「わたしが同じことをしたらどうする。」
「それは怒るぞ。でも立場違うし…。」
「わたしには同じことだ。何が腹立たしいってきみが自分を軽く考えていることだ。」