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ロンダルキアへの洞窟にて

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最近、ローレがため息を零すようになった。敵がいつ出てきてもいいように気を張っている彼には珍しいことだなぁと初めて見たときには驚いたのだけど。ロンダルキアの洞窟に入るとそれは更に顕著になった。今では襲ってきたモンスターを倒して、カンテラを掲げながら足を進めるとすぐにため息が出る始末だ。勿論彼は一流の剣士だから、敵の気配を感じとればすぐに戦闘態勢に入るのだけど、辺りからモンスターの気配が消えるとまたすぐにため息の連続だ。これはどうにかしないといけないよなぁ。ちょっと足を早めて、ローレと僕の間を進むムーンに小声で話しかける。
「ねぇ、最近の彼ちょっとどうかしてると思わない?」
「そうね。私もどうにかしないといけないと思ってたところなのよ」
 つられて小声になるムーンも、僕の相談に首を縦に振った。やっぱりあれは気になるよね。ましてや彼のすぐ後ろを歩いてる彼女にとっては。
「悩みでもあるのかな?」
「そうでしょうね。ああもあからさまにため息ついているんですもの。きっと相談に乗って欲しい無意識の現れじゃない?」
「自分からは言い出せないけど聞き出して欲しいって?」
「おそらくね。彼はああいうタイプの人でしょう?自分から弱音とは零せないと思うの。でも一人で心に抱えておくには重過ぎる、だから私たちに気づいて相談に乗ってもらいたい……そんなところではないかしら」
 僕たちのリーダーを務めているローレは真面目でいつも僕たちに気を配ってくれて適切なフォローをしてくれる人格者で、なんていうか、勇者ってこういう人の事をいうんだろうなぁって感じだ。だからこそ、弱音を零せないといったムーンの予想はイイトコを付いてる気がする。彼女僕より頭いいし。
「なら今夜休憩したとき、ちょっと聞き出してみるよ」
「そうねお願い。貴方はこういう事に向いてるから」
 ニコリと微笑むムーンは本当に可愛い。見たこと無いけどルビス様ってこんな感じじゃないのかな?って思う想像を地で行く可愛さだ。けれどそこが相まって、見る人に庇護欲を与えてしまうから、彼女相手にローレは弱音を零せないだろう。そうなったら僕しかいないよね!任せてちょうだい、と僕はムーンに笑い返した。

 携帯用の食料を齧って何とか空腹を誤魔化して、ムーンは僕に目配せをすると早々に床に就いた。今日は疲れたわ、なんて事情を知ってる僕からすると白々しいなぁなんて笑っちゃうことを呟きながら。それでもローレは心配そうに気遣っていた。やっぱり彼って優しいよねーなんて、火を調整しながら横目で見てた。しばらくして彼女が寝息を立てると、ローレはため息をこぼした。まただ。本当にどうしちゃったんだろう?その悩みの原因を解消してあげたい。それにはサマルトリア流の交渉術の腕の見せどころだ。
「結構この洞窟も長いからね、ムーンも参っちゃってるんだと思うよ」
 そう水を向けてやれば、たき火を挟んで反対側にいるローレが顔を上げた。
「だろうな。男の俺でも辟易するような洞窟だ、か弱い女性なら尚の事当然だ」
「へー、ローレでもウンザリしてたんだ?てっきりさっさと突破してやるぜぇーって燃えてるのかと思ったよ!」
「流石にこの長さはな。先が読めないってのが何より……堪える」
 今ちょっと言葉に迷いが生じた。目も一瞬泳いでいた。先が読めない、っていうのが何か関連しているのかな?ため息多くなったのもこの洞窟に入ってからだし。でも同じように先が読めない航海に出たときはそんなことはなかった。単純にそれが原因じゃなさそうだ。あの時とは何が違う?洞窟と海……太陽が見えない、とかかな。
「だよねぇ。僕も太陽がずっと見えなくてちょっとウンザリしてるよ」
「それもある。やはり人間というものは太陽光を浴びないと気が引き締まらないものだ」
 然りと腕を組んで頷くローレだけど、それだけであのローレがため息を連発するはずもない。他に違っているものは……。
「ハーゴンも、近いしね」
「……そうだな」
 顔を俯けて、地面を見つめるローレ。どうやらさっきよりは近づいたみたい。最終決戦が近づいて、緊張している?いや、そうだとしてもため息だなんて消極的な、意気を散らすような真似をするかな。多分問題はその先、ハーゴンを倒したあとの事だろうか?一つカマをかけてみようか。
「そうすると僕たちの冒険も終わっちゃうね」
 その言葉に対する反応はなかった。これだ、きっと彼の悩みは。せっかく掴んだ糸を離さないように、彼の反応はないけど言葉を続ける。
「この旅が終わるとみんなバラバラになっちゃうのか。寂しいよね、普段は滅多に会うこともなかったから、きっとまた会えなくなっちゃうんだろうねー」
「……ああ」
 どうしよう、もうちょっと踏み込んでみようか。多分、大丈夫な気がする。
「ローレはさ、この旅が終わったらどうする?」
 大したことないようにサラリと言って、視線は焚き火に向ける。ローレの反応を見たいのは山々だけど、そうしたら何か感付かせちゃうんじゃないかと思うからぐっと我慢。ただ、ちょっとした息遣いを聞きたいから炎の勢いを弱めることに集中する。
何回かした呼吸のあと、ようやくローレは口を開いた。
「俺は、王になると思う。いや、思うなんてあやふやなもんじゃないな。無事に戻れたら俺は王だ」
 その言葉に僕は驚いた。内容にも驚いたけど、ローレがとても苦々しそうに言うから。彼の口から弱音なんて一度も聞いたことがないのに、最近何か悩んでるなぁって推測してはいたけど、まさか実際に弱音を零すだなんて思いもしなかったから。でも驚いた素振りは見せない。そんなことをしたら、ローレは僕に気を使って吐き出すのをやめてしまいそうだと思ったから。
「ローレが王サマかー。でもローレのお父上ってどこか病気なの?全然元気そうなのに」
「いや、そういうわけではない。ただ、ローレシアという国は、少々特殊なんだ」
 もう一押しだ。そうすれば彼は胸につかえているものを全て吐き出しちゃうだろう。
「そうなの?まー出来れば王サマになんかなりたくないよね。面倒だし大臣はうるさいし国民はグチグチ言うし」
「違うんだ!彼らは悪くなんかない!」
 これだ。
「そう?」
「……少し長くなると思うが、聞いてくれるか?サマル」
「うん、ローレの話だったらなんだって聞くよ!」
 ありがとう、と零したローレは暫く黙っていた。僕から水を向けることもしない。置物みたいになっていたほうが、彼にとっていいだろうってわかっていたから。そうして彼は口を開いた。
作品名:ロンダルキアへの洞窟にて 作家名:ban