三通の恋文
竜ヶ峰帝人さま。
三通目の手紙を書きます。前回の手紙から五年がたって、残念、まだ俺は君への執着を捨てられないままでいる。
初めて君と出会ったときから、もう早いもので十年がたとうとしているね。君が遠くへ行ってから六年。月日の流れは本当に早いね、泣きたくなるよ。
自分で言うのもなんだけど、一途な、とか健気な、とかっていう単語は、折原臨也に似合わない形容詞トップ3に入るものだと思うんだ。だというのについに、新羅にそんな形容詞をつけられてしまって、俺はどうしてこうなった、と頭を抱えることしかできないよ。
君のせいだよ帝人君。
君のせいだ。
六年も会っていない君は、記憶の中で大分ぼやけて、輪郭もおぼろげになってきているのに、でも、君が臨也さん、と俺を呼んだ、その声は今も心を締め付けて離さないんだ。
ねえ帝人君。
帝人君。
もう一度君が俺を呼んでくれないだろうかって、最近はそれだけを考えている。新羅が病人は気が弱くなるって言ってたけど本当だね。たぶん君が、あの、少し高い特有の声で、臨也さんと呼んでくれたら、俺は泣いてしまうだろう。
部屋を整理していたら、君が俺にくれたメモが1枚出てきて、君の文字を思い出したよ。タマゴとマヨネーズ、なんて色気のない単語二つだけだったけど。これを書いた時、君はどんな顔をしていたんだろうって、そんなことを考えたら俺は、それだけでだって涙が止まらなかった。
忘れたくないよ、帝人君。
忘れたくない、君の笑顔を、声を。優しく頭をなでた小さな手のひらを。背中に寄りかかった時の重みを、隣で歩いていたときの歩調を、不意に触れた温度を、まっすぐに見つめた瞳を、俺のせいで零した涙も、流れた血の色も、俺に向けた罵声さえ、記憶はどんどんおぼろげになって霞んで掠れて、擦り切れて行く。
俺は、どうして最初の手紙で、君を好きだと書けなかったんだろう。俺は、どうして面と向かって、一度でも、君を好きだと言えなかったんだろう。俺は、どうしてもっと早く、君への思いを自覚できなかったんだろう。俺は、どうして、君を傷つけることばかりを考えていたんだろう。君を高いところから突き落として、君が俺を憎めばいいと、そんなことばかり考えていたんだろう。
昔俺は、君に見限られることが怖かった。君に嫌われて、必要ないと言われるのが怖かった。きっと憎まれて、一生君の心から消えない存在になりたかった。
今では、君を忘れるのが怖い。君が俺に向けてくれた笑顔や、言葉や、一時期は確かに底に会った信頼や、気安さ、憎悪さえ、君に関するものが一つづつゆっくりとぼやけて行くのが、怖くて怖くてたまらない。
新羅が言うんだ。もう六年もたったんだよ、もういい加減に立ち直りなよ、って。一途なのもたいがいにしろってさ。辛気臭いんだってさ。君が居なくなって六年、俺はその六年を、君の思い出にすがることでしか、生きていられなかった。
正臣君が嫌そうな顔をしながら、教えてくれたよ。
君の机の奥に、最初の手紙がしまってあったって。
綺麗な朱色の布に包んであったって。
封は、開いて、いたって。
何度も、読み返したあとが、あったって。
99%読まれないと思ってたのにね。そんな風に君はいつもイレギュラーで、まさかと思っていた方の行動をとるから、だから、目が離せなくて、だから、心惹かれて、だから、俺は、君が、好きで。
正臣君が、棺と一緒に焼いたっていうからさ。
そっちにも手紙は、届いているんでしょう?
お墓の前で焼いた二枚目は、無事に君の手元にあるのかな。
この手紙も、次のお盆に、持っていくね。
新羅は、病気のこともあるからあんまり外出するなってうるさいんだけどさ、大丈夫、抜け出すくらいはうまくやるよ。多分もうすぐ、君の所へ行ける様な気がしているんだけど、そうしたら君は二枚目の手紙の返事をくれるかな。
ごめんなさいって、頭を下げられてもいいや。
君が、申し訳なさそうに笑ってくれたらもう、それでいいよ。
だから、だからさ、帝人君。
あいたいよ。
折原臨也