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本音か嘘か

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「ちょっとしんべヱ、鼻水鼻水!!」
「相変わらずしんべヱの鼻水は武器だなあ」
笑っている乱太郎たちを笑いながら見ている土井半助の横に、利吉は無音で降り立つ。

「やあ、利吉君」
久しぶりだね、と言った彼に冷めた口調で答えた。
「無駄に能天気ですね」
「ははは。君なら彼らが無駄に能天気ではないことはわかるだろう」
「……あの年はもう、戦場に出ていましたから」

もったいぶって呟いた利吉の言葉に、半助はからからと笑う。
「山田先生は戦忍びだったからな、早いうちの実技経験はタメになるだろう?」
「基礎だって大事ですよ」
「そりゃもちろんだが……おいこらきり丸! それはとめろ! しゃれにならん!!」
は組のお遊び(真面目かもしれないが)が行き過ぎたのだろう。
半助は声を荒げながらそちらへ走っていく。

言葉は怒っているけど。
その顔はうっすらと笑みを浮かべていた。


(ねえ土井先生)
そんな光景を見ながら、利吉は背を向ける。
父親に母親からの荷物を渡さなければ。
(私が十歳だったら、あなたは同じように――)
そんな事を胸の内で呟いても、彼には絶対聞こえないのに。










ふう、と溜息をついて食堂に入って来た利吉は、そこに想定外の人がいて一瞬、本当に刹那だけ息を止める。
もっともそれは本人以外にはわからない間だったため、そこにいた人も気がつかなかった、はずだ。
「土井先生、どうされたんですか」
「あれ、利吉君。まだ帰ってなかったの?」
「早く帰れってことですか」
人気のなくなった食堂は寒々としている、もちろんもう夕食もない。
ただ熱い茶が飲みたくなって、ここに住んでいるわけではない利吉に私室はないため、湯飲みと急須を仮に覗いただけだ。
すでに消灯もされている時間に、どうして教師の彼がいるのか。
「はは、そんなつもりじゃないよ、ごめん」
そう言って半助は椅子に座りなおす。

ここは忍術学園で、土井半助はここの教師だ。
消灯されるような夜更けとはいえ、学園のどこにいてもおかしくはない。
「こんな時間にどうされたんですか?」
おかしくはないが、違和感はある。
「利吉君こそどうしたの?」
「父上と積もる話があったので。眠ってしまったのでもう帰ろうかと思いまして」
「こんな時間に?」
夜のほうが動きやすい忍に、「こんな時間」はないだろう。
そう思って首をかしげると、ああごめんと先に誤られた。

「つい、うちの生徒への癖でね。利吉君はプロの忍者なんだから余計なお世話というか、的はずれだな」
微笑んだその顔になんだか酷くイラついた。
酷くイラついて、その表情が顔に出てしまった、気がした。
もちろん即座に隠したけれど、彼に気がつかれなかっただろうか。
今は忍術学園の教師をしているといっても、彼は元々はプロ忍者だったはずだから。
「……利吉君」
一度視線を落としてから上目に見上げてきた半助に、利吉は乾いた唇を内側から舐める。

思わせぶりなことをしてきた半助はただ、寂しいな、と言った。
「何がですか」
「利吉君は、プロ忍者だからもちろんしょうがないんだろうけど」
昔はもうちょっと表情が読めたのにな、と照れ笑いをする彼に、小さく溜息をつく。
「私はもう忍者ですからね」
「うん、でも……ちょっと、寂しいな」
「子供は育つものですよ」
「凄く早いよね。もうちょっと幼いままでもいいのに」
「……わたしは」

あなたに追いつきたくて、早く育ったのですと。
そんな事は言えなかったので、利吉は別の言葉にすりかえる。

「早く父のような忍になりたかったので」
「山田先生は本当に凄いよね。もちろん利吉君も」
「早く追い越して見せますよ」
頑張って、とふんわり笑った半助に、利吉はうっかり口を滑らせる。
「息子とは父親を越えるものでしょう」
「そうだね」
しまった、と思ってももう遅い。
表情はぴくりとも動かさなくても、半助の目の奥は暗い色を湛え、視線も下がっている。
もうその笑顔は、本物ではない。
「おやすみなさい」
背中をむけた利吉に、半助はもう帰るのかい、とも。
さよなら、とも言ってくれなかった。





利吉が土井半助について知っていることはあまりない。
初めて出会ったのは、利吉が十の時だった。
つまり八年も前になる。

戦忍びであった父の伝蔵がいきなり家につれてきた彼は、当時はまだ十五の子供だった。
この学園でいえば六年生の年だから、忍としては一人前ではあっただろうけど。
辺鄙なところに住んでいたため、利吉にとっては年の近い子供など珍しかった。
それに加えて土井半助は、子供にやさしかったのだ。

けれど、半助は家族の話はしなかった。
出会ったばかりのころ利吉は一度それに触れてしまって、そしてとても後悔した。
怒られたわけでも、悲しまれたわけでもない。
しかし半助の顔が曇ったので、聞いてはいけないことだったと思ったのだ。
あの時あんなに後悔したのに、同じことを繰り返してしまった。


「……ごめんなさい、半助兄さん」
学園から十分に離れて昔の呼び名で呟いた。
誰もいないので、遠慮なく感情を顔にだして、浮かんだ涙を拳で拭う。
「ごめんなさい、ごめんなさい」
あの時も、利吉はこうやって謝ったのではなかったか。
半助は困った顔をして、物凄く困った顔をして、それから何も言わずにゆっくりと頭を撫でてくれたのだ。
それでも泣き止めなかった利吉をぎこちなく、本当にぎこちなく抱きしめてくれた。

あの時の私は、ただ彼を傷つけたことに後悔して泣いた。
では今の私は、何故泣いているのだろうか。


同じ後悔?
それとも、


「泣き虫だなぁ」
明るい声が聞こえた瞬間、後ろからぎゅうと抱きしめられた。
振り返るまでもなく、それが誰かなんてわかってしまう。
「ど……い、せん……」
名前を呼びながら、かあっと耳が赤くなるのを自覚した。


誰もいないと思っていたのに、だからこんな。
「ごめんね利吉君」
「なん、で……」
「君を、傷つけてしまったから。あの時、私は泣いている君を見て本当に後悔したんだ。なのに一言も謝れなかったから」
ごめんね、と半助の髪が利吉の首にこすり付けられる。
それで利吉は初めて半助が自分を後ろから抱きしめ肩に額を寄せていると理解して、全く違う意味で真っ赤になった。
「あ、あの、土井先生!」
「ごめんね、利吉君。大人げなくて」
「違いますっ、私こそ、二度も、あなたを」
「いいんだよ」

いいんだ、と重ねて半助は利吉を抱きしめる力を緩ませない。
「君がうらやましかったんだ。両親がいて、愛されて育った君が」
「……」
「それだけなんだ、君が悪いわけじゃないんだ」




ごめんね、ともう一度言われて、利吉は「私こそ」と返すのが精一杯だった。
熱くなっていた耳が、首が、身体がすうっと冷えていくのを感じてしまった。
(……この人、は)
なんだろうか、この、違和感は。
伝わってこない悲しみは、後悔は。
利吉を強く抱くこの腕に宿る、意思は。
(嘘をついている……訳ではない。でも、この心のない声は、言葉は……)

「ありがとう、利吉君」

顔を見なくても、その言葉を囁いた彼が。
作品名:本音か嘘か 作家名:亜沙木