Get your GOD off
タイムリミットは迫っていた。駒の数も減り、打つ手が少なくなってきて、勝敗は誰の目にも明らかだ。ルルーシュは持っていた本を読み終えてしまい、それを机の端に置いて足を組み替える。
今一度、クラスメイトが必死に向かい合っている盤へ目を向け、駒の位置を確認した。チェックメイトまでの手は最短で四手、方法は二通りだった。この状況に置かれたとき、自分ならどうするか、と視線をチェスボードへ向けたまま考える。視線の先では、リヴァルが一つの手を選び駒を動かすところだった。
「まあ、そこだろうな」
「だよな」
嬉しそうに顔を上げる友人の様子に思わず笑みをこぼした。同意するこということは、それがルルーシュにとって想定済みであるとは考えが及ばぬらしい。勝利を確信して、彼はまた一つ手駒を動かした。
「ほら、これであと三手だ」
ナイトを予定通りの位置へ移動させて、再び彼は椅子に身を沈める。横から勝負を見守っていた幼馴染みの青年が、チェスの入門書から顔を上げてルルーシュを見た。
「もう、終わりそうだね」
「まあな」
頬杖を付き直し横へ目をやれば、スザクは本を閉じて机に置くところだった。ルルーシュとは違い、視線を盤上から話さずにいる。
「上司が、チェスは大人による幻想だって言っていたよ」
「そうか」
「ねぇ、ルルーシュ」
返事をしながら視線をスザクへ向ければ、真顔で彼はルルーシュを見据えた。
「キング父親を殺されたポーン子供がキングになるのなら、殺した方の駒は何になるんだと思う?」
「何の話だ?」
眉を寄せてスザクを見返せば、彼はその視線を受け止めて、そして険しい顔をチェスボードへ向ける。そこでは、リヴァルがようやく最後の手を打ち、勝負がつくところだった。つられてそちらに顔を向け、ルルーシュは無意識に黒い駒の一つを手に取った。キングに対する反逆をなす、駒を。
チェックをかけるときはいつだって、偉大なる父親の陰が脳裏にちらついた。
ブリタニア皇帝、ルイツ・ラ・ブリタニア。弱肉強食を謳う、人種差別を是とするもの。ルルーシュのブリタニアに対する怒りは、すなわち、父親に対する怒りそのものだった。彼を否定し、妹を否定し、そして自らの妻でさえ、見殺しにした男。父、と呼ぶには抵抗がある、しかし実の父親が、彼の当面の敵だった。
ずっと、彼の目的は二つだけだったのだ。母の敵を討つこと、妹の居場所を作ること。それはきっと、もう何をもっても揺るぎはしない。その手前に父親が立ちはだかるのならば、倒すだけのことだ。躊躇うことなどなく、一息に。
駒を手に取る直前、人知れず彼は大きく息を吸う。この駒が手から離れる瞬間に感じるのは、開放感だろうか、喪失感だろうか。それともその両方だろうか、と何度も経験したはずの勝利へ一瞬の躊躇いを覚えた。
それと知らずに父を殺した後に、真実を知ったオイディプスは、狂乱に陥って自らの目をつぶし、最後には乞食になりはてる。皇帝を父だとわかった上で倒そうとする自分には、それ以上の罰が下るのだろうか、とルルーシュは何度も考えた。
しかし、そうだとしても、何が変わるというのだろう。とうに彼の身は修羅の道を歩んでいた。今更引き返す道など何処を探そうとなく、身を裂くような後悔に襲われたとしても、それを叫ぶことも許されない。できることなど、ただ強く歯を食いしばり、痛みに耐えるだけた。
幼い日、神などいない、と思った絶望を、彼はまだ忘れていない。きっと一生忘れることはなく、そうしていつの日か、子供は王を倒すだろう。その後に何になるかなどと、考えることもなく。
――それが、この世界の理だった。
「チェックメイト」
作品名:Get your GOD off 作家名:名村圭