Get your GOD off
チェスをやりたい、と言えば、直属の上官であるセシル・クルーミーは不思議そうな顔をした。
「チェスなら、確か、ロイドさんのところに何冊か本があったと思うけど」
言うが早いが身を翻し、スザクを先導するようにして上司の下へ向かう。解析用のコンピュータに向かい、階下から声を張り上げた。
「ロイドさーん! スザク君がチェスの本が欲しいそうなんですけど」
「僕の机から勝手にとっていいよ」
ディスプレイから顔も上げずにロイド・アスプルンドは返事をして、そしてすぐに作業へ戻る。後にはコンピュータの発するわずかな稼働音だけが残った。上官のおざなりな態度を毛ほども気にすることはなくセシルはスザクに向き直り、にこりと笑んだ。
「ですって、よかったわね」
「有難うございます」
差し出された本を受け取り、スザクは再び礼を言う。その場で入門書をぱらぱらとめくってみれば、それはロイドの所有物にしては珍しく簡易な表現を用いたもので、ひとまず安堵した。それを小脇に抱えて階段を上り、白衣の背にもう一度礼を言って仕事へ戻ろうとすれば、ロイドは不意に振り返ってスザクを仰ぐ。
「チェスはエディプス・コンプレックスの投影だって知ってる? 一般的に戦争の象徴とも、抑圧された欲望の解放とも言われているけど」
「いえ」
控えめにスザクが否定の意を伝えれば、彼は独特のつかみ所のない笑顔のまま平坦な抑揚で、そう、と呟いた。スザクの顔をちらりと見ると、すぐにコンピュータに向き直り作業へ戻る。そして顔をディスプレイに向けたまま続けた。
「駒全体を家族、キングを父親とすると、このゲームは家族による父親の救援なんて子供じみた幻想の体現になるんだよねぇ」
「幻想、ですか」
「ポーンは昇進してもキングにはなれない。つまり、永遠に子供は父親の地位を奪ってはならないってことになる。そんなものは幻想だと僕は思うけどね。あるいは大人による幻想の押しつけ」
ロイドが口を噤めば、残るのはキーボードを一定のリズムで叩く音と、そしてコンピュータの起動音だけだった。スザクは一つ息を飲み、グローブに包まれた掌を握る。
「いつか子供は敵の父親を殺す。父親を守れなかった子供の方は弱いってわけ」
キーボードを叩く音は止まらない。言葉も、音として耳に届いた。何を言われたのかすぐには理解できず、スザクは眉を寄せて黙った。
「何のお話ですか?」
背後から近づいてくる足音と声に振り返れば、セシルがトレイを手に立っていた。いつの間にかエプロンを軍服の上から身につけている。そのまま彼女は足を進め、紅茶のカップと、一度見ただけでは何が乗っているのかわからないおそらくは食べ物のようなものをトレイごとロイドの使っているコンピュータの横へおろした。
「チェスの話だよ。ねぇ、スザク君?」
「なんだか、もっと、物騒なお話に聞こえましたけれど」
セシルが上官を横目で睨めば、ロイドはそれが見えないふりをして作業を続ける。わずかに俯いて、強く握ったままだった拳をスザクは見た。ゆっくりと開き、拳の内側を確かめる。
「……父親を殺された子供は、どうなるんですか?」
問えば、ロイドはゆっくりと振り返り、唇を薄い三日月のような形にして笑った。
「そんなことはさ、聞くまでもなく決まってるよ。そのファミリーのキングになるんだ」
作品名:Get your GOD off 作家名:名村圭