Leaving Footsteps
今日はいい日だ。
俺は疲れた体を伸ばしながら、それでも充実した気分で微笑んだ。
今日はとびきりの情報がいっぱい手に入った。それに加え、一ヶ月前から俺が計画していた通りに、人間達が動き出している。飛びきりのイベントが起こるのは5日後の予定。
ああ、楽しい!やっぱり俺は人間が好きだ!愛してる!
強いていうなら調子に乗って喋りすぎて、波江に嫌というほど睨まれたけれど、それを差し引いても全てが順調すぎるほどに順調だ。
その波江も帰ってしまい、今は一人。事務所兼自宅の部屋の窓から見下ろすと、オレンジ色に染まる愛しい人間達の街がよく見える。
うーん、明日は少し遅めに起きて、必要な書類をちゃっちゃと確認して、それから……
ぎしり。
おや?
ドアの向こうから足音らしき音が聞こえた。何だろう。
「波江?なんか忘れもの……」
げ。
振り返って、さすがの俺も目が点になった。
「……元気してるかぁ?いーざーやーくんよぉ」
だって、俺が世界で最も、唯一、最高に大嫌いな男が数メートル先にいきなり現れたんだから。
しかも、ひしゃげた玄関のドアを肩にかついだままで。
「シズちゃん……どういうことかな、これ?」
バーテン服の男に尋ねながらも、俺の気分はみるみる最底辺まで落ち込んだ。
うわぁ、何この展開ありえない。今日は気分いいままでベッドに入っていい夢見たかったのに。
「挨拶もなしたぁ、いい根性じゃねぇか。えぇ?このノミ蟲」
いきなりケンカ腰ですか。ていうか、確実に下のオートロック壊されてるよね。てか、俺当分ドア無いままで仕事するわけ?情報屋、オープンすぎない?
いやいやその前に、何の用で俺んとこに来るんだよ。シズちゃんに招待状なんて出すわけないし。
え、人の家まで来て殺し合い?ただの犯罪者じゃんか。え、そのために来たの?バカなわけ?
「……まぁいいわ。手前に言いてぇことがあんだよ」
「どうせ『死ね』でしょ?それとも『うぜえ』かな?シズちゃんって高校時代から一向にボキャブラリー増えないよね」
「黙れ」
シズちゃんがドアだったものを片手でその辺に放り投げる。うわ、絶対床へこんだよ、マジで弁償しろよこの化け物、あああほんと最悪だ、何なんだよこの男。
「で、ほんと何なの?今あいにく殺し合いって気分じゃないんだけど。てか俺の部屋にシズちゃんの血とか付けたくないし」
俺の言葉なんか聞いちゃいねぇって感じでこっちにずかずか近寄ってくる。いつでも取り出せるよう袖口でナイフを準備した。この辺はもう、条件反射に近い。
「手前……」
殴りかかられるかと思ったけど、シズちゃんはポケットに両手をつっこんだまま俺の目の前で立ち止まり、人一人ぐらい軽く殺せそうな視線で俺を睨みつけてきた。ま、俺はそんなんじゃ死なないけどね。
「だから何なのって。何回言わせんだよ。」
シズちゃんにしては穏やかな行動に多少の不審さを覚えながらも、少し声のトーンを落として言ってやると、不法侵入者はやっとまともな言葉を発した。
「手前……今度はセルティたちまで使って、何やる気だ?」
……は?
「……何のことかな?」
とびっきりの笑顔と一緒に答える。
「しらばっくれんな」
……嘘、マジで。シズちゃん気付いたの?単細胞のくせに?
うまく立ち回ってるはずなんだけどな。化け物の勘ってほんと怖いわ。
「最近、俺の周りの奴らが皆何かおかしいんだよ。街の奴らもな……どうせまた、手前が何か吹きこんでんだろ」
わ、何かデジャヴ。でも今回は、切り裂き魔の時なんかと比べてもっともっと楽しいお祭りになるんだから。
……シズちゃんが想像つかないくらいにね。
「相変わらず俺を目の敵にするんだから……で、もし俺のせいならどうすんの?殺すわけ?それとも『やめて下さい』ってお願いするとか?」
挑発するように目を細めて言ってやると、予想した怒声の代わりに真剣味すら含んだ言葉が返ってきた。
「そうだ」
え。
大丈夫、話噛み合ってる?……ああ、やっぱりこいつだけは苦手だ。
もちろん、表面上の俺の顔は、隙なんて見せず、悠然と唇の端を吊り上げたまま。この辺も、既に条件反射。
「悪いけど、帰ってくんない?俺、疲れて……」
あくび混じりの言葉を無断で遮って、シズちゃんが喋りだした。
「臨也、やめろ。最近のお前の悪だくみはシャレになんねぇ。俺は裏の事情なんて知らねぇが、池袋は間違いなく壊れ始めてる。今までで最悪に、だ。このままじゃ、何人死人が出るかわからねぇ」
「……池袋最強の自動喧嘩人形がえらく道徳的なことを言うじゃない」
返す言葉が一瞬遅れてしまい、舌打ちしそうになる。
そのときのシズちゃんは、俺が見たことのない表情をしていた。さっきまで人を射殺さんばかりだった鋭い視線は消え、こめかみに血管も浮いていない。つまり、いつものブチ切れた、他の誰よりもこの俺が一番見慣れた、あの凶悪面をしていなかった。
ただただ、目の前に立つ男は無表情だった。
その表情を見て、不覚にも俺は―――ゾッとしてしまったのだ。
サングラス越しの静かな目に、薄ら寒さを覚えた。
なに、これ。
……でも、これぐらいなんてことない。こんな男に俺の感情なんて微塵も悟らせない。素敵で無敵な情報屋さんを舐めてもらっちゃ困るよ。
「だから、俺は関係ないって言ってるじゃん……ちょっとは信用し」
「俺は手前が嫌いだ。吐き気がするくらい大嫌ぇだ。けど、他の奴らは別に嫌いじゃねぇ。特に、セルティと新羅、門田たちとか、あと来良のガキとか職場の人とか、家族も……俺はあいつらが手前に操られて、怪我でもして……それで万が一、死にそうな目に遭うなんて、もしそんなことがあるなら、」
再びこちらの言葉は遮られ、静かな目は俺の視線を捉え続けたまま。
「臨也。俺はぜってぇ、手前を許さねえ」
……なに。何なわけ?
要するに、大事なお友だちを傷付けられたくないって?だから俺に手を引けって?暴力じゃなく言葉で天敵にそう頼んでんの?
ヤッバ、笑いそう。どんだけセンチメンタルなんだよ、シズちゃん。ちょっと力抑えられるようになったからって、正義感に満ち溢れたヒーローにでもなったつもり?仲間のために自己犠牲?
可笑しさと苛立ちがみるみる増幅していく。
―――化け物が、人間気取ってんじゃねぇよ。
「……ふうん。おもしろいこと言うね」
ああ、本当におもしろい。そして腹立たしい。
ねぇ、シズちゃん。今回のお祭りの本当のターゲット、誰だか知ってる?
―――君だよ。シズちゃん。
だって、君って斬っても撃っても死なないんだもん。だから、精神的に追い詰めてあげようと思って。
君が、人間を殺さなきゃならない状況に追い詰めてあげようと思って。
知ってるんだよ、シズちゃん。君は人に大怪我をさせたことはあっても殺したことはない。そして、もし殺してしまったなら、君の精神はきっとまともじゃいられない。君がどんな人間かぐらい、わかってるんだよ。
ああ、見たいなぁ、シズちゃんが一人で立ち尽くす後ろ姿。そんなシズちゃんなら……
俺も、愛してあげられると思うんだけどなぁ。
ねぇ、シズちゃん。気付いてないでしょ。お友だちなんか心配してる場合じゃない。
傷付くのは、あんたなんだよ。
俺は疲れた体を伸ばしながら、それでも充実した気分で微笑んだ。
今日はとびきりの情報がいっぱい手に入った。それに加え、一ヶ月前から俺が計画していた通りに、人間達が動き出している。飛びきりのイベントが起こるのは5日後の予定。
ああ、楽しい!やっぱり俺は人間が好きだ!愛してる!
強いていうなら調子に乗って喋りすぎて、波江に嫌というほど睨まれたけれど、それを差し引いても全てが順調すぎるほどに順調だ。
その波江も帰ってしまい、今は一人。事務所兼自宅の部屋の窓から見下ろすと、オレンジ色に染まる愛しい人間達の街がよく見える。
うーん、明日は少し遅めに起きて、必要な書類をちゃっちゃと確認して、それから……
ぎしり。
おや?
ドアの向こうから足音らしき音が聞こえた。何だろう。
「波江?なんか忘れもの……」
げ。
振り返って、さすがの俺も目が点になった。
「……元気してるかぁ?いーざーやーくんよぉ」
だって、俺が世界で最も、唯一、最高に大嫌いな男が数メートル先にいきなり現れたんだから。
しかも、ひしゃげた玄関のドアを肩にかついだままで。
「シズちゃん……どういうことかな、これ?」
バーテン服の男に尋ねながらも、俺の気分はみるみる最底辺まで落ち込んだ。
うわぁ、何この展開ありえない。今日は気分いいままでベッドに入っていい夢見たかったのに。
「挨拶もなしたぁ、いい根性じゃねぇか。えぇ?このノミ蟲」
いきなりケンカ腰ですか。ていうか、確実に下のオートロック壊されてるよね。てか、俺当分ドア無いままで仕事するわけ?情報屋、オープンすぎない?
いやいやその前に、何の用で俺んとこに来るんだよ。シズちゃんに招待状なんて出すわけないし。
え、人の家まで来て殺し合い?ただの犯罪者じゃんか。え、そのために来たの?バカなわけ?
「……まぁいいわ。手前に言いてぇことがあんだよ」
「どうせ『死ね』でしょ?それとも『うぜえ』かな?シズちゃんって高校時代から一向にボキャブラリー増えないよね」
「黙れ」
シズちゃんがドアだったものを片手でその辺に放り投げる。うわ、絶対床へこんだよ、マジで弁償しろよこの化け物、あああほんと最悪だ、何なんだよこの男。
「で、ほんと何なの?今あいにく殺し合いって気分じゃないんだけど。てか俺の部屋にシズちゃんの血とか付けたくないし」
俺の言葉なんか聞いちゃいねぇって感じでこっちにずかずか近寄ってくる。いつでも取り出せるよう袖口でナイフを準備した。この辺はもう、条件反射に近い。
「手前……」
殴りかかられるかと思ったけど、シズちゃんはポケットに両手をつっこんだまま俺の目の前で立ち止まり、人一人ぐらい軽く殺せそうな視線で俺を睨みつけてきた。ま、俺はそんなんじゃ死なないけどね。
「だから何なのって。何回言わせんだよ。」
シズちゃんにしては穏やかな行動に多少の不審さを覚えながらも、少し声のトーンを落として言ってやると、不法侵入者はやっとまともな言葉を発した。
「手前……今度はセルティたちまで使って、何やる気だ?」
……は?
「……何のことかな?」
とびっきりの笑顔と一緒に答える。
「しらばっくれんな」
……嘘、マジで。シズちゃん気付いたの?単細胞のくせに?
うまく立ち回ってるはずなんだけどな。化け物の勘ってほんと怖いわ。
「最近、俺の周りの奴らが皆何かおかしいんだよ。街の奴らもな……どうせまた、手前が何か吹きこんでんだろ」
わ、何かデジャヴ。でも今回は、切り裂き魔の時なんかと比べてもっともっと楽しいお祭りになるんだから。
……シズちゃんが想像つかないくらいにね。
「相変わらず俺を目の敵にするんだから……で、もし俺のせいならどうすんの?殺すわけ?それとも『やめて下さい』ってお願いするとか?」
挑発するように目を細めて言ってやると、予想した怒声の代わりに真剣味すら含んだ言葉が返ってきた。
「そうだ」
え。
大丈夫、話噛み合ってる?……ああ、やっぱりこいつだけは苦手だ。
もちろん、表面上の俺の顔は、隙なんて見せず、悠然と唇の端を吊り上げたまま。この辺も、既に条件反射。
「悪いけど、帰ってくんない?俺、疲れて……」
あくび混じりの言葉を無断で遮って、シズちゃんが喋りだした。
「臨也、やめろ。最近のお前の悪だくみはシャレになんねぇ。俺は裏の事情なんて知らねぇが、池袋は間違いなく壊れ始めてる。今までで最悪に、だ。このままじゃ、何人死人が出るかわからねぇ」
「……池袋最強の自動喧嘩人形がえらく道徳的なことを言うじゃない」
返す言葉が一瞬遅れてしまい、舌打ちしそうになる。
そのときのシズちゃんは、俺が見たことのない表情をしていた。さっきまで人を射殺さんばかりだった鋭い視線は消え、こめかみに血管も浮いていない。つまり、いつものブチ切れた、他の誰よりもこの俺が一番見慣れた、あの凶悪面をしていなかった。
ただただ、目の前に立つ男は無表情だった。
その表情を見て、不覚にも俺は―――ゾッとしてしまったのだ。
サングラス越しの静かな目に、薄ら寒さを覚えた。
なに、これ。
……でも、これぐらいなんてことない。こんな男に俺の感情なんて微塵も悟らせない。素敵で無敵な情報屋さんを舐めてもらっちゃ困るよ。
「だから、俺は関係ないって言ってるじゃん……ちょっとは信用し」
「俺は手前が嫌いだ。吐き気がするくらい大嫌ぇだ。けど、他の奴らは別に嫌いじゃねぇ。特に、セルティと新羅、門田たちとか、あと来良のガキとか職場の人とか、家族も……俺はあいつらが手前に操られて、怪我でもして……それで万が一、死にそうな目に遭うなんて、もしそんなことがあるなら、」
再びこちらの言葉は遮られ、静かな目は俺の視線を捉え続けたまま。
「臨也。俺はぜってぇ、手前を許さねえ」
……なに。何なわけ?
要するに、大事なお友だちを傷付けられたくないって?だから俺に手を引けって?暴力じゃなく言葉で天敵にそう頼んでんの?
ヤッバ、笑いそう。どんだけセンチメンタルなんだよ、シズちゃん。ちょっと力抑えられるようになったからって、正義感に満ち溢れたヒーローにでもなったつもり?仲間のために自己犠牲?
可笑しさと苛立ちがみるみる増幅していく。
―――化け物が、人間気取ってんじゃねぇよ。
「……ふうん。おもしろいこと言うね」
ああ、本当におもしろい。そして腹立たしい。
ねぇ、シズちゃん。今回のお祭りの本当のターゲット、誰だか知ってる?
―――君だよ。シズちゃん。
だって、君って斬っても撃っても死なないんだもん。だから、精神的に追い詰めてあげようと思って。
君が、人間を殺さなきゃならない状況に追い詰めてあげようと思って。
知ってるんだよ、シズちゃん。君は人に大怪我をさせたことはあっても殺したことはない。そして、もし殺してしまったなら、君の精神はきっとまともじゃいられない。君がどんな人間かぐらい、わかってるんだよ。
ああ、見たいなぁ、シズちゃんが一人で立ち尽くす後ろ姿。そんなシズちゃんなら……
俺も、愛してあげられると思うんだけどなぁ。
ねぇ、シズちゃん。気付いてないでしょ。お友だちなんか心配してる場合じゃない。
傷付くのは、あんたなんだよ。
作品名:Leaving Footsteps 作家名:あずき