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Leaving Footsteps

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シズちゃん。
言っちゃ駄目なのに。

ねぇ、これからどうする気なの?池袋で俺を見つけたら、どうすんの?ナイフ向けたら、どうする?自販機かポストでも投げる?俺を殺しに来る?

それとも。
ねぇシズちゃん、俺に背を向ける気なの?

今さら俺たちが普通の関係になんて、なれるわけないじゃん。だから取り消して。本気の殺し合いしようよ。
そうやって、俺だけを『特別』にしててよ。あいつらと一緒になんて、しないでよ。
殺意でも憎悪でも何でもいいから、俺に本気で向かってこいよ。

そんな奴、シズちゃんしかいないんだよ。

足元から深い、深い穴に落ちていく感覚。視界が歪み、指先が痺れる。
でも俺は変わらず、床の上に立ち、金髪の男の顔を見、ナイフを構え続けていた。

ただ、何かの終わりと共に唯一訪れたのは、右目から流れる一筋の涙だった。

「……なん、で……」
自分のものとは思えないような掠れた声が聞こえる。目の前の男がため息を吐き、再び言葉を紡ぐ。
「なんていうか、潮時、って感じかなぁ。もう俺らもいい大人だし。まぁ手前が大嫌ぇなのは変わらんがな」
バーテン服がゆっくりと近づいてくる。コツコツと鳴る足音が近寄ってくる。
気付けよ。俺は、お前を最高に卑怯な手段を使って、破滅させようとしてるんだ。悟れよ、それで、いつもみたいに殴りかかってこいよ。俺を殺しに来いよ。
シズちゃんの右手が俺の持つナイフの刀身を握った。軽く圧力を感じ、ナイフを取り上げようとしていることが分かる。でもガチガチに強張ってしまった俺の両手は力を緩めない。

「……本当はお前だって分かってたんだろうが」

ナイフが引っ張られ続ける。この男なら、刃を捻じ曲げてしまうなり、俺の手首を折ってしまうなり何だってできるのに。手のひらに付いた浅い傷から、彼自身の意志で血が流されていく。

分かってなんかなかった。俺は平和島静雄を本気で殺せると思っていた。死ねばいいと思い続けていた。
だからこそ、この一ヶ月間情報を操作し、人を操り、罠を完成させてきたのだ。
目の前の男に、ある意味で死よりも酷い破滅を与えるために。
本気だった。

ただ、今ここで、俺はこの男を殺すことはできないというのが、残酷なほどの現実だった。

指の力がふっと抜け、ナイフが取り上げられた。赤い液体が刃に流れているのが見える。
シズちゃんが息を吐き、手近なソファーにナイフを放り投げた。俺は上げたままだった両腕を、重力に従ってだらりと下げた。

「……とにかく。変な企みは止めろよな。俺の知り合いを利用したら許さねえのは本当だから」
バーテン服の男が一人で立ち尽くす俺の正面に立ち、顔を覗きこんでくる。
「とにかく、もう誰も傷付けんな。手前自身含めてな」
いつの間にか両目から流れ出していた涙が、汚れていない彼の左手で左右一回ずつ拭われた。
そしてそのまま、何も告げずに部屋から立ち去っていく。

俺はその後ろ姿を見つめて、待ってと言いたいのに喉がカラカラで、絶対に聞こえないほどの掠れた声で彼の名を呼ぶ。
「……し、ず……」
すると、聞こえたはずもないのに静雄は立ち止まり、くるりとこちらを振り返った。
「あー……あとさ」
片頬を指で引っかき、視線をさまよわせ、言いにくそうな態度を見せる。
「っ……」
怖い。
その瞬間、俺はどうしようもない恐怖を覚え、再び背中に悪寒を感じた。
自分で引きとめようとしたのに、その唇が開くのが怖い。叫びだしたくなる。
何を言うつもり?「もう自販機投げたりしないから」?それとも「今までのことは忘れるから」?
お願いだから、これ以上優しい言葉なんてかけないで欲しい。

これ以上、俺を突き離さないで。

――そして彼は、苦笑しながら言った。
「ドアの修理代は、今回は勘弁な」
「………え……?」

それだけ言い残すと、今度こそ部屋から出ていく。
足音が遠ざかる。コツコツという音が、どんどん小さくなって、そして消えた。

……しゅうり、だい?
その言葉の意味を頭で理解し、俺は弱々しい笑い声を上げた。

―――ほんとに、どこまでも予想のつかない、思い通りにならない、俺の大っ嫌いな男だ。

そのときのシズちゃんの苦笑は、俺が一ヶ月前に見たものとは違ってて、
あんなに楽しそうじゃなかったし、全然幸せそうでもなかったけれど、

でも多分、俺が今まで見たことのない顔だった。

そう思った途端、今度こそ床に崩れ落ちた。
「……シズ、ちゃん」
人間達は俺の思うままに動き出している。飛びきりのイベントが起こるのは5日後の予定。
まだ、間に合うだろうか、止められるだろうか。否、間に合わせなければならない。
でも問題はきっと、そんなことじゃなくて。
「シズちゃん」
ああ。俺は。
ただ、君に置いて行かれたくなかっただけだったんだ。
ただ、それだけのことだったんだと今さら気付く。
「……シズちゃん……ご、め」
まだ彼の指の温もりが残る頬を、再び水滴が伝っていく。
微かに赤く染まったナイフだけが、薄暗い部屋の中、滲む視界にぼんやりと浮かんでいた。
「ごめん……」

今日ほど、あの男に殺されたいと願った日は、ない。
作品名:Leaving Footsteps 作家名:あずき