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残酷な断罪

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罪を犯すのは自分。
責を負うのも自分。
その筈だった。
そう思っていた。
だから……

―――こんな断罪を受けるとは思わなくて―――





リクオとの捩目山山頂での果し合いの後、牛鬼は傷の手当てを受け、本拠地の寺院で横になっていた。
人間のリクオ。
彼は妖怪の時の自分をしっかりと見据えた上で、先を読もうとしていた。
強かった。
心が。
剣先より何より強い心を感じさせる少年がとても頼もしくて、牛鬼はホッと安心すると共に、今度は自分が利用した形になってしまった少年達が気にかかっていた。
勝気で荒々しいが、しっかりした気性の少年、牛頭丸。
気弱でのんびりしているが、穏やかな気性の少年、馬頭丸。
命に未練はなかったが、さりとて命がある今としては、無性に自分を慕ってくれる少年達が気になって仕方がなかった。
リクオもそんな牛鬼の想いが手に取るように分かったのだろう。
烏天狗の三羽烏に彼らを呼ぶように命じると同時に飛び込むようにしてやってきた少年達に穏やかな笑みを向け、そっと部屋から姿を消した。
障子が閉められると、牛鬼は抱きついてきた馬頭丸の被り物を取って、そっとその身体を抱きしめてやった。
そして障子の傍で泣くのを堪えて、向こうを向いたままの牛頭丸にも手を差し伸ばす。
「牛頭丸……」
だが彼は動かなかった。元来の勝気さが甘える事を自らに許さないのであろう。
牛鬼はそんな彼を微笑ましく思った。
自分がいなくなった時、泣きじゃくって自分に甘えている馬頭丸一人では生きていくのは難しいかもしれない。
だがしっかり者の牛頭丸が傍にいれば馬頭丸は生きていくことが出来る。
二人がいるからこそ、自分は決起したのだ。
(いつ死んでも惜しくないとは、この事だな……)
一人ごちながら牛鬼はいつまでも動かない牛頭丸にじれて、腰を上げようとした。
途端に牛頭丸が慌てて駆け寄ってくる。
「牛鬼様!無理はいけません!」
そして自分を支え抑える手をぐいっと引っ張って抱き寄せ、頭をぽんぽんと叩いてやると、途端に牛頭丸はぷっとむくれて下を向いた。
「牛鬼様、卑怯だ……」
「牛鬼様!オレもぽんぽんして!」
反対に馬頭丸は牛頭丸に牛鬼を取られまいと割り込んでくる。
牛鬼は対照的な二人に苦笑しながらも、ふと気付いたように牛頭丸の顔を覗き込んだ。
「なんですか?牛鬼様……」
「やけに身体が冷え切ってないか?」
そう言われて一瞬、彼は表情を曇らせたが、すぐに悪戯を見つかったときのようにばつ悪げに笑みを浮かべ、素直に頭を下げた。
「すみません。いらいらして風に当たってました」
そして珍しくそっと牛鬼の胸に頭を寄せる。
「牛鬼様、あったかい……良かった……生きてて。目覚めなかったらどうしようかと思ってたから……」
牛鬼はそんな彼をぎゅっと抱きしめてやった。
彼がこんな弱音を吐くのは珍しい。
余程心配をかけたのだろう。
牛鬼はその背をさすりながら優しく言葉をかけた。
「すまんな、心配かけて。お前達には迷惑もかけたな……」
「大丈夫です……」
その言葉に牛頭丸がすぐに反応する。
「生きてて下さればそれだけで十分ですから……」
言われて。
牛鬼は顔を曇らせた。
本当はまだ事件は何も終わってないのだ。
自分は果たすべき責任がある。
謀反を起こした咎は負わねばならない。
生きていられるのは今だけなのだ。
リクオは自分を生かそうとしている。
だが総大将を初め、奴良組の幹部連中が簡単に自分を見逃すとは思えない。
下手すれば牛鬼組全体に処分が下る事だってありうるのだ。
謀反の責任者として……
組を率いる者として命に代えても……

配下の者を路頭に迷わせるわけにはいかない。

「牛頭丸……」
牛鬼は硬い声で彼の名を呼んだ。
自分がいなくなれば組をまとめるのは若頭である牛頭丸なのだ。
辛い話でも。
それでも彼には話して聞かせないといけない。
「私は……」
と。
牛頭丸は顔を上げると静かに首を振った。
「解っています」

「余程のことでも起きない限り、今回の事は見逃されることはないでしょうね」

牛鬼は息をついた。
流石に若頭を任せられただけあって、牛頭丸は今回の謀反の重大さをよく解っている。
ならば。
「すまんな……」
再び牛鬼は彼に頭を下げた。
自分の罪によって少年に重い荷物を背負わせる事になる。
解っていたとはいえ。
解って謀反を起こしたとはいえ。
彼が一言も文句を口にしないだけに、牛鬼はより心が深く痛むのを感じた。
だが、そんな彼の想いがわかっているのであろう。
「牛鬼様」
牛頭丸は大事にしているその名を止めるように呼んだ。
「謝らないで下さい。若頭として最初からこの先どうなるかは解っていましたから、覚悟は出来ていますし、何も心配しないで下さい」
痛かった。
その言葉が何より痛かった。
自分は何と罪深いことか。
今更ながらに思い知らされる。
「牛頭丸……」
と。
「ずるいよ~、牛頭だけ」
今まで無視されていた馬頭丸が再び二人の間に割って入った。
「オレもオレも牛鬼様の為に頑張るんだから~。それより牛頭は風呂にでも入って温まってきなよ!冷えてる牛頭がくっついてたら牛鬼様が風邪引いちゃうだろ!」
完全にむくれてしまった彼に、思わず牛鬼も牛頭丸も苦笑した。
どんな中でも馬頭丸は明るい。
誰でも引き寄せるものを持っている。
その明るさに何度救われたことがあっただろうか。
今だって重苦しい雰囲気を一気に吹き飛ばしてくれていった。
必要な存在。
それは馬頭丸だって一緒なのだ。
牛頭丸にはない物を馬頭丸は持っている。
それでいいのかもしれない。
だからこそ今まで助け合って来れたのだから。
否。
牛鬼は思う。
これから先だって助け合っていかなければいけないのだ。
自分がいなくなっても大丈夫と思わせるのは馬頭丸もいるから。
二人が頑張っていってくれれば。

思い残す事は何もない。

「風邪を引くといけないから風呂に入って温まってきなさい」
牛鬼は牛頭丸に穏やかな笑顔を向けた。
二人とも大事な牛鬼組の宝なのだ。
風邪をこじらせなどされたら、それこそ自分がいたたまれなくなる。
それは牛頭丸も解っているのだろう。
頷くと素直に立ち上がった。
そして馬頭丸に向かって横柄に言う。
「じゃあ牛鬼様の事、お前に任せるから、昨晩みたいに間抜け面で居眠りしてんじゃねーぞ」
「何が間抜け面だよ!そんな事しないよ、バカ牛頭!」
「ふん!昨晩リクオの前で泣き疲れて寝ていたアホは何処のどいつだか」
「うっ……」
馬頭丸が言い負けて黙り込んでしまって勝負があると、牛鬼は苦笑しながらぽんぽんと馬頭丸の背中を叩いて宥め、牛頭丸に声をかけた。
「いいから早く温まってきなさい。風邪でも引いたらどうするんだ」
と、ふと牛鬼は牛頭丸が寂しそうに笑みを浮かべている事に気が付いた。
いつになく馬頭丸を見る目が穏やかだった。
「牛頭丸?」
牛鬼の声にも彼は無反応だった。
その様子に牛鬼は何かしら胸騒ぎを感じた。
何かおかしい。
「牛頭丸!どうしたのだ!」
今度は強く彼の名を呼んだ。
その声で牛頭丸はようやく牛鬼に視線をやる。
そしてゆっくり首を振った。
作品名:残酷な断罪 作家名:ひすいりん