残酷な断罪
彼がここまで思いつめているのも感じ取るべきだったのだ。
しっかりしているようで一番危険だったのは牛頭丸だった。
何故、気付いてやれなかったのであろう。
「牛鬼」
リクオの声がした。
彼は牛頭丸の書いた書状を手にしていた。
全部読み終えたのだろう。
重苦しい顔で牛鬼を見据えた。
「牛頭丸は本当に心から牛鬼の事が好きなんだね。牛鬼がいなくなることで自分を見失ってしまうぐらい大好きなんだ」
牛鬼は口をつぐんだ。
リクオはきっぱりした声で続けた。
「生きないといけないよ。牛鬼が生きないと、本当に牛頭丸は死んでしまうよ。ボクからもじいちゃんに口添えするからさ。だからどんなことがあっても生きてよ、牛鬼」
「牛鬼様……」
馬頭丸も牛鬼の袖にすがりつく。
「死んじゃやだ!死なないで、牛鬼様」
「……しな……ないで……」
「解った……」
牛鬼が呟いた。
「解ったから……頼むから……生きてくれ……牛頭丸……」
愛しい存在。
大事な少年。
どうして……どうして忘れていたのだろう。
この魂を。
罪を犯すのは自分。
責を負うのも自分。
その筈だった。
そう思っていた。
でも願えるなら……
この壊れかけた絆をもう一度……もう一度返して欲しい。
今度は見失わないから。
だから願えるならもう一度。
どれ程こうしていただろう。
ふと。
腕の中の存在が身じろいだ。
はっとして目を開けると、牛頭丸が荒い息をつきながら瞳を開け、じっと自分を見ていた。
「牛鬼……さま……」
「気が付いたの!牛頭!」
馬頭丸がすぐに反応する。
「大丈夫か、牛頭丸!」
牛鬼が声をかけると、彼は不思議そうに牛鬼を見た。
「どうして……オレ……?」
「助かって良かった……本当に良かった……」
牛鬼はぎゅっと牛頭丸を抱きしめた。
そして念じるように言葉を漏らした。
「すまなかった……私の思慮が欠けていた……だから、頼む。死なないでくれ……死なないでくれ」
「でも牛鬼様が……」
牛頭丸は呟いた。
「本家の……裁きを……何とかしないと……牛鬼様が……」
そのときだった。
「条件付きで無罪にしてやってもいいぞ」
そこにいたのはリクオに連れられてやってきた総大将、ぬらりひょんだった。
「総大将様!」
牛鬼が驚いた。
「何故、ここに……」
「リクオに呼ばれたんじゃ」
すると、牛頭丸が牛鬼の腕の中で身じろぎながら必死で声を張り上げた。
「牛鬼様を……殺さないで……下さい!オレの……命を持っていっても……いいから……牛鬼様を……ころ……」
彼は意識を手放しかけながらも、必死でぬらりひょんの方に手を伸ばした。
「牛鬼様……牛鬼様……」
「落ち着け、小童」
そんな牛頭丸の額をぽんっと叩くとぬらりひょんは彼の瞳をじっと覗き込んだ。
「どっちを殺してもリクオが恨みを買うことには違いない。ただ、完全に無罪というわけにもいかん。だから、小童。お前には……」
「うちにしばらく来てもらう事にするぞ」
牛鬼は驚いた。
「牛頭丸を本家に?」
「いわば、人質といったところじゃが、それで皆も納得するじゃろ。というより、させるつもりじゃろ、リクオ」
「まぁね」
リクオが懐こい笑みを浮かべる。
「ボクはどっちにも恨まれたくないからね。だから、今回は牛頭丸を本家預かりということでケリをつける。いいよね?牛鬼」
「牛頭丸に聞かないとわかりませんが……」
牛鬼が言葉を濁すと、馬頭丸が明るく言った。
「じゃ、オレが行く。その役、オレでも務まるよね?」
「では二人とも来い。二人まとめてなら安心であろう。何より、牛鬼が本家に来る時間が長くなれば二人とも喜ぼう」
ぬらりひょんは牛頭丸の肩を揺さぶった。
「聞こえていたか?誰も殺さん。お前が本家に来ることで無罪放免。わかったな!」
その言葉に牛頭丸はホッとしたように小さく頷き、再び眠りの中へと落ちた。
断罪。
全てが重かったけれど。
今はわずかな安らぎを。
繋がれた絆に感謝して。