エンゲージリング
「これやるよ」
そう言って俺に放られたのは一つの指輪だった。放った相手はギルドの中では俺とかなり仲のいい男、いつも通り汚い作業服のままケラケラと笑っている。
俺は手の中に収まっている指輪を少し眺めて、それが何の変哲もない普通の指輪らしいということを確認してからそいつの顔を見た。
「なんだよコレ」
「何って指輪だよ」
「…普通の?実はこれからビームが出てくるような武器じゃなくて?」
「ンな訳あるか!普通の指輪だよ」
だったらなぜこんなものを俺に渡したのか。俺は別に指輪が好きだとか欲しいとか言った覚えは全くないのだが。
「試しに作ってみたんだよ。確かお前気になる娘がいるとか何とか言ってただろ」
「はあ?いや、気になるってそういう意味じゃなくてなー」
「結構自信作だからよ!その娘に渡せば絶対イチコロだって!」
イチコロだなんて今時聞かない言葉を使った目の前の男の笑顔は、いかにも「面白がってます」という表情だった。いらないから返すと何回突き返そうとしても絶対に受け取ろうとしない。しかも仕事に早く戻らないといけないと言ってさっさと自分はギルドへ帰ってしまい、俺の手元には銀色に輝く小さな指輪が一つだけ残されていた。
手元に残された指輪を何となく眺める。さっさと捨ててしまおうかとも思ったがいざ捨てるとなるとなんだか勿体ない気がして出来なかった。ならば自分で使おうかとも思ったが、それは明らかに女物のかわいらしいデザインの指輪で俺の指にはどうにも似合わなそうだ。
今日は特に収集もなくみんな思い思いに過ごしている。俺もさっきまでは音無たちと一緒にいたが今は一人廊下で窓の外を見ながらぼーっとしている。
もしかしたら俺はアイツが来るのを待っているかもしれない。そう考えてすぐにバカバカしいと思った。本当にアイツに渡したいのなら、居場所はわかっているんだから渡しにいけばいい。それをしないのは別にどうでもいいからだと、頭の中で一人言い訳を考える。
「なーにやってんですか!」
背中にドンと衝撃と痛みを感じて窓の外へつんのめる。手元にあった指輪が落ちそうになるのを慌てて握りしめた。
まだ頭の中で結論は出してしないのにコイツは全くいつも通りにやってきた。振り向いて一応姿を確認するとそいつはやっぱりユイだった。俺が振り向いたのを見ると反撃されると思ったのか即座にユイはファイティングポーズをとった。それを見てさっきまでの悩みが一気にバカバカしいもののように感じる。
「お前こそ何すんだよ…」
「ん?ひなっち先輩どうしたんですかぁ?」
いつもの俺なら間髪いれずに卍固めだ。それをしないのに違和感を感じたらしいユイは眉をひそめながら臨戦態勢を崩した。
俺がこの前「気になっている」と言ったのは確かにコイツのことだ。しかしそれは全くもってそういう意味ではない。ただ単にうるさい奴めんどくさい奴、つまり気にせざるを得ない奴ということ。恋愛感情は全くない、これっぽっちも。…多分。
「何でもない、気にすんな」
何となく漏れてしまった俺の溜息を見たユイはコクリと首をかしげた。その様子に何となくいらっときた俺はそいつの頭を上から思い切り押さえつけた。ユイは痛いですとか何とか言いながらジタバタしている。
「何すんだコラァ!」
しゃがみ込んで俺の攻撃から抜け出したユイは俺に全力の蹴りをぶつけてきた。普通の女のものとは思えないそれを喰らった俺は廊下に思い切り鼻をぶつけた。ものすごく痛い、蹴られた尻も顔も。しかしすぐに自分の右手が開いていることに気付いた。さっきまでその中にしっかりと指輪を握っていたはずなのに。ユイに怒ることも忘れて慌てて起き上がり指輪のありかを探すと、それは少し先の廊下をコロコロと転がっていた。それを取りにいこうとすると、横に立っていたユイが一足先にそこにたどり着いて指輪を拾ってしまった。