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月の見えない夜だった。ふわ、と夜風が頬を撫で、後ろに流された髪を巻き上げ去っていく。海から吹く風は冷気を纏って、それが火照った肌には心地良い。
程好い酩酊感が未だ気分を昂揚させている。
ふらつく足取りで慣れ親しんだ石畳の道を歩いた。陽の昇っている内は絶え間ない喧騒に包まれる職場も、今は静まり返り、この街のほとんどが眠りについている。静寂を保つ海は闇を呑んだように果てしない。時折感じる空寒さは気のせいじゃないだろう、この街の人間は皆、その恐ろしさを正しく理解している。
どこか現実感のないまま、ふらりふらりと家に向って歩く。
今夜は大きな仕事が片付き、それを祝って久しぶりに仕事仲間たちと飲んでいた。酒は旨くて、溢れる笑顔が楽しくて。数年前から馴染みになった酒屋で、飲めど騒げど、さながら宴会に等しい大騒ぎだった。文字通り浴びるように飲んだ酒に一人倒れ二人倒れ、そしていつの間にか自分もその内の一人となっていた。気持ちよく寝入っていたところをルルに叩き起こされ、気のいい酒屋のオヤジに見送られてそこを後にした。他の潰れた奴らもそれぞれが起こされるなり担がれるなりしながら帰っていったはずだ。殴られてるヤツを見て笑った覚えがある。
さっきまでは隣にルルがいた。当たり前のように呑みすぎた俺に呆れながらも、同じように相当量飲んでいたルルと二人並んで行ったり来たりぶつかったり。文句を言って笑いながらやって来た分かれ道で、一人で大丈夫か、などと俺と大して差のない状態で言う男にまた笑った。ルルは意外と面倒見のいい男だ。多少の口煩さには目を瞑るにしても。
覚束ない足取りでよろけながら、ああそういえば、昔はこんな風に呆れながらも俺を気にかけるのは違う人間だったなと、つまらない感傷を抱き起こして思った。ワリィワリィと言いながらちっとも懲りない俺に怒りながら、少し乱暴に家まで送られたものだった。思い出したそれにくつくつ笑う。随分と昔のようだ。あれから、まだ五年。いやもう五年、だろうか?どっちでもいい。どちらにしろ、取り乱さずに思い出せるほどには時間は確実に経過していた。この街に残された爪跡ももう癒えた。戻った日常は相も変わらず慌しくそして穏やかに過ぎ、五年で積み重ねた時間は確かな変化を齎していた。
それでもあの頃が色褪せるには、まだ足りなかったけれど。



酔いも手伝ってかなかなか笑いが収まらない。そうこうする内に足が縺れて体が平衡を失い、横の壁にどん、とぶつかって勢いよく尻餅をついた。いてぇと呻きながら強かに打ち付けたところをさする。そんなこともなんだか可笑しかった。一頻り笑い、ふと目の前の路地からかたんと微かな物音がした。静まり返った辺りにはその音はよく響いて、つい目を向ける。その路地には明りもなく、時折雲から顔を出す月だけの仄かさでは目を凝らしても一体それがなんなのかは分からなかった。しかしなぜか無性に気になってじっと見つめていると、そこから突然黒い塊が飛び出してきた。にゃん、と鳴いて俺の目の前まで来たそれは、こちらの存在に気付いて足を止めた。警戒するようにその目が煌く。なんだ猫かとほっとすると同時に気が抜けて、ビクついた自分に決まり悪く苦笑した。
好奇心からおいでとその猫を手招くと、警戒は解かずに不審そうに見つめられた。遠目ではっきりしないが毛並みは黒、だろうか。辛抱強く伸ばしていた手に根負けしたように一歩ずつ窺いながら近寄り、遠慮がちに擦り寄った。黒猫は不吉とよく言われるが、その仕草は俺の顔を緩ませるのに十分だった。
暫くそうして猫とじゃれ合って、そろそろ帰ろうと腰を上げる。体を起こして、つと何の気なしに視線を向けた先にはさっき猫が飛び出してきた路地があった。暗いそこは何か潜んでいそうで、あまりいい感じはしない。いい歳して暗がりを怖がるガキじゃあるまいしと通り過ぎようとして、奥で何かが蠢いた。ほんの一瞬の微かな揺らぎ。たったそれだけで視線が何かに捕らわれたように、再び路地の闇から逸らせなくなっていた。人、だろうか。釘付けにされた先で何かが鎌首を擡げた。目が合った、ように感じた。静かだった水面に波紋を呼ぶように、それは記憶の中の何かを揺さぶった。心臓がどくんと音を立てる。その場に凍りついたように微動だに出来ずに、闇へ向う神経以外が全てシャットアウトされた。足元にいたはずの猫が駆け去って行ったのにも気付かなかった。
闇の中で、何かがその身を翻した。隠れていた月が僅かに照らした背中。心臓が煩く鳴り響く。あの闇に溶け込むような後姿は。まさかと思ったし、そんなはずないと打消しもした。こんなところにいるはずがないと分かり切っていて、それでも体は勝手に後を追っていた。


作品名: 作家名:ao