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魔女と食事

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イギリスから持ってきた小麦粉で作るスコーン。ポークビーンズにこの新大陸で採れたアーモンドをふんだんに使用したアーモンドサラダ。ローストビーフはあのちいさな子どもの大好物なので忘れない。そしてアメリカが大切に育てた牛から採れるミルクは、あの子どもがおおきくなるように願いをこめて食卓に並べる。
「イギリス! すごくおいしそうなんだぞ!」
「そ、そうかっ? もう準備できてるから早く手を洗ってうがいしておいで」
「はーい」
 素直にそう言って弾けるように飛んでいくちいさな背中を見送り、イギリスは苦笑いを浮かべてリンゴの皮をむき始める。するすると落ちていく赤い線。料理の腕はいっこうに上達しないが、手先が器用だったおかげか切ったり剥いたりするのは得意なのだ。
 八等分にしたリンゴをひとつひとつウサギの形にしていったところで、どたばたした元気な足音がダイニングにもどってくる。そしてひょこりと顔を出したアメリカは、イギリスの手の中のモノを見てパアと瞳を輝かせた。
「ウサギだね、イギリス!」
「ああ、おまえ、好きだろ?」
「好きだぞ!」
「そっかそっか」
 ぴょんぴょん飛び跳ねて喜びを表すアメリカの頭を撫でて落ち着かせて、テーブルへと誘導する。いつもなら自分の話を途中で切られと拗ねるアメリカも、よほど腹がすいていたのかおとなしくされるがままに椅子へ座った。
 いまにもナイフとフォークに指を伸ばしそうな子どもを制しつつ、イギリスも自分の席へと腰を下ろす。期待に満ちたまなざしでこちらを見あげる子どもに一度笑いかけて、両手を組んだ。
 伴うようにアメリカも両手を組み、きゅっと眼を閉じた。それを確認してからイギリスも眼を閉じ、数秒だけ心の中で感謝をささげる。そして眼を開けてアメリカを見ると、子どもはぴゃっと肩を揺らしてまた眼を閉じた。
 待ち遠しくて仕方がないらしい。苦笑いを浮かべてイギリスが手を解くと、その気配を察したのかアメリカもさっと手をおろしてこちらを見あげてくる。
「よし、じゃあ食うか、アメリカ」
「うん!」
 待ってましたとナイフとフォークを手に取る幼い姿につられるように、イギリスもグラスに手を伸ばした。
 たくさん食事を作ったはいいが、正直なところあまり食欲がないのだ。
 長い船旅で神経は疲れているし、船中で寝る間を惜しんで仕事をしていたせいでひどい寝不足にもなっている。けれどアメリカと過ごす時間は大切で、自分の身体になど気を使っていられなかったのだ。
 あとはアメリカを風呂に入れて眠るだけだ。またなにかお話して、と頼まれるかもしれないが、そのための絵本も用意してきている。これぐらいの疲れならなんてことないだろうとスープにくちをつけたところで、子どもがじっとこちらを見ていることに気がついた。
「どうかしたか、アメリカ」
「あ、う、ううん」
「でも、なにか言いたそうにこっち見てただろう? どうしたんだよ」
「う、うん」
 なにが言いたいのかイギリスには検討もつかないが、アメリカがそれをくちにすることを戸惑っているのだけはわかる。
 なにか、国のことや情勢のことで大人にいらぬことを言われたのだろうか。それとも自分自身がなにか厄介なことをアメリカに言ってしまったか。
 思い当たる節がなさすぎて逆に不安を覚えながら忙しなく身体を揺する子どもを見ていると、やっと言う気になったのかまっすぐにこちらを見つめ返してきた。
「あのねイギリス、リチャードって知ってる?」
「え? ああ、養豚所の家の末っ子だったよな。たしか、五歳くらいだっけ?」
「そう、そのね、リチャードが言ったんだ」
 もしやいじめられたのだろうかとヒヤリとしたが、アメリカの様子を見るにそういうわけでもないらしい。
「リチャードがね、その……イギリスのこと、」
 ま、まさか、イギリスのことがいじめの種になったのか。痛まないよう、辛くないよう、なにひとつ不自由をしないようにと世話をしてきたのに、自分のことが原因でいじめられるなんて最悪だ。
 身も焼けるような後悔の念に押しつぶされそうになっていると、アメリカはふと不安そうに瞳を曇らせた。
 後悔も今後の対策もいつでもできる。けれど、それはいまここですることではないのだ。
 慌てて表情を引き締めてせめて表に出ている感情だけでもと取り繕う。するとアメリカも曇りを消して、つたない口調で話を再開した。
「リチャードが、イギリスは魔女じゃないかって」
「ま、魔女?」
 覚悟していた単語とまったく違うものが飛び出してきて、驚きに声が裏返ってしまった。それに勢いづけられたように、アメリカは右手に持ったナイフをちからいっぱい握り締めて叫ぶように言う。
「イギリスは国だから、魔女なんかじゃないよねっ!」
「ええっ? そりゃ国だし魔女じゃねーけど、そもそも魔女って女の人にいうものであって男は違う……ってなにから訂正すればいいんだ!」
「イギリス? も、もしかして、」
 アメリカの声が不自然に震えたことに気がついて顔をあげると、こちらをじっと見つめている子どもの瞳に涙が溜まっていた。
「ほんとに魔女だったり、しないよね」
「もちろんだろ。俺は国で、魔女なんかじゃない」
「だよね! ……よかったあ」
 ホッとしたのかがくりと肩のちからを抜いて椅子の背もたれに体重を預ける。その態度に、イギリスは眉を寄せた。
 アメリカは聡明な子どもだ。見かけはまだ幼いが、年齢はその十倍はある。まさかほんとうにイギリスが魔女だなんて疑うはずはないと思っていたんのだが、この様子だと違うらしい。
「リチャードが俺のこと魔女だって言って、おまえはそれをほんとだと思ったのか?」
「だ、だって!」
「うん」
「だって、リチャードがイギリスの外見が変わらないって……」
「国の成長は遅いって教えただろ? それに、人間でも俺くらいの年齢になったら二年三年じゃ外見はそうそう変わんねーよ」
「そ、そうなんだけど……」
 アメリカは言葉にしづらそうにもじもじと身体を揺する。
「ほかはなんて言われたんだ、アメリカ」
「……イギリスね、いつもおいしい物をおみやげに持ってきてくれるだろう?」
 おいしい物、ばかりではなく知識になる本や生活するために必要な物も持ってきているのだが。まあ間違いではないのでうなずくと、アメリカはさらに言う。
「それで、いつもご飯をたくさん作ってくれるでしょ?」
「まあ、そうだな」
「それをリチャードに言ったら……」
「言ったら?」
 アメリカはイギリスの態度を確認するかのようにちらりと視線をこちらに向け、眼が合うとパッと外してうつむいた。
「イギリスは実は魔女で、俺のことたっぷりと太らせて……食べる気なんじゃないかって」
 ごにょごにょと、まるでいたずらのいいわけでも話すような口調でアメリカが言ったことをすぐには理解できなかった。
 数秒考えて、意味を理解して、イギリスは思わず笑ってしまった。子どもの考えることはすごく突飛で、けれど発想力が豊かで素晴らしいと思う。
作品名:魔女と食事 作家名:ことは