ペーパー再録_1
◇自己紹介にもならないサークルの傾向紹介小咄
その日は何の変哲もない、と言って差し支えない普通の日だった。
「マリーだ!マリーを連れてこぉいぃ!!」
わー!
きゃー!
何だー!?
・・・ちょっと、暑さに浮かされてしまった馬鹿が白昼堂々刃物を振り回し、民家に立てこもっていようとも、普通の日だった。
あくまでここ、東方司令部の分類では「それくらいならまだ普通」である。
しかたがない。人間は、慣れる生き物なのだ。
*
丁度騒ぎが始まった頃、近くでそれを聞きつけてしまったタイミングの悪い軍人が2人。
何でオレらが出てる時に。という隣でぼっさりしている同僚の呟きが喧騒に紛れて聞こえた。
まったくだ。自分たちは何もしてないというのに。
なにも東方司令部のヒエラルキーの断トツトップ、鷹の目の女史監視下に置かれ、いい加減ストレス最高潮!で八つ当たりしたそうな上官から逃げてきた先で起きなくても。
そんなに日頃の行いは悪くないはずなんだが、と思いつつもこれはもしかして数日日の目を見れていない上官の呪いなのか。取りあえず一つ息をついて、突然の事に呆然としている店の店主の肩をつつく。
「・・・あー、悪ぃけど司令部に通報してもらえるか?」
あわくって奥へ消えたのをよそに、様子を伺っている相棒の傍らへ。
「どうだ?」
「んー…銃持ってるかはわかんねぇなぁ。奴さん、だいぶイッちゃってる感じはするけど」
「・・・よく見えるな、お前」
「そか?」
「オレには小指の先くらいのがジタバタしてるようにしか見えねぇ」
遠巻きに人垣が出来出している中を、なるべく刺激しないようにと言い置いて追い散らしながら足早に近付けば、男は何やらわめき散らしているらしい。結構距離はあるわりに、やたら声は聞こえてくる。
「…マリーって誰だ?」
「別れた彼女とかおん出た嫁とかだろ」
「あんなん相手じゃー逃げるよな、そりゃぁ…。しっかしなんか最近こーゆーパターン多くないか」
「例年なく尋常じゃない位の暑さだからな。苛々する気は分らんでもねぇけどよ」
人様に迷惑掛ける程の暴れっぷりはマズかろう。
落ち着いて、人質を解放しなさい!…とか何とか憲兵が声を掛けているのが見えるが、あれだけ興奮している男だ。聞く耳など持たないだろう。
案の定、火に油を注いだだけだったらしい。更に怒声が高まっただけだ。
マズイな。
これ以上暴れさせると、次は手近にいる逃げ遅れたらしい市民に危害が及ぶ可能性も出てくる。
2人は人垣を掻き分けつつ、ようやく一人修羅場な現場の広場に辿り着こうかという矢先。
バン!!と勢い良く、暴れる男の頭上の窓が開いた。
「あ?」
「…大将?」
破らんばかりの勢いで窓を開けた人影には見覚えがあった。間違いなく自分の所のボスが後見を勤める錬金術師の兄の方で。
緊迫した空気も読まず遠目に見ても眉間に物凄い皺を寄せたその子供は、無言のまま大きく振りかぶって――――
ガコ
「あ」
頭に血が上っていた男に避けられようはずもなく、かなりなスピードで飛んできたそれを頭で受け止めるハメになった。
飛んでいくナイフと、倒れ伏す男。
辺りから音が消えた。
いや、投げられたそれがてんてんてん、と転がる軽い音だけが広場にこだまする。
たらいだ。
たらいだわ。
ひそひそ囁かれる中で、衝撃の攻撃からいち早く立ち直ったらしい男が慌てて起き上がる。
「~~~~~ってッ、こ、のチビ!! てめいきなり何しやがる!!」
「げ」
「うわ」
あ、バカ、と思う間もない。
終始無言を貫いてさて窓を閉めようか、といった所の子供の肩がピクリと揺れた。
揺れた、というか。小刻みにぷるぷるしてる、というか。
・・・どうしよう。
「…総員、退避ー」
「…もう遅ぇと思うがな」
ぼそ、と互いに呟いて、同時に十字を切った。
アーメン。
大将。
お怒りはごもっともだが、せめて面が割れるくらいで勘弁してやっててください。
*
「・・・で?」
黒髪の男は物凄いイイ笑顔で続きを促した。
「何をどうしたらこの短時間でこれだけの陳情書が上がってくるというんだね?」
しかも何、この請求書のおまけ付き。
あああ、世の女どもの大半が大好きだという(言い過ぎ)麗しい笑みでもって紡がれる言葉の端々に滲むトゲが刺さる。ただでさえ機嫌が傾いているのでトドメだろう、コレ。ああもう勘弁して。
えーとー、とか言いながら逸らした視線の先には、腕組みしてこちらも負けず劣らず不機嫌そうな子供がちょんと座っている。訂正、ふんぞり返っている。
バン、と思い切り掌を叩き付けられて机が悲鳴を上げた。
「貴様ら暴れ豆一つくらい止めんでどうする!」
「あば・・・ッ!んだとコラァ!!テメ表出ろ!!」
「無茶言わんで下さい!!」
「そーですよ!あんなハジけた大将触わんのも無理です!」
「触らずとも気を引くとかあるだろう!」
「聞いてんのかよ!!」
「ヘタに呼んでこっち向かってこられたらどーすんですか!」
「エドワード君は犬じゃないわよ」
至極冷静な声が割って入った途端、場にいた全員がそろって沈黙した。
某上官でもここまで瞬間で時間を止められない。それが可能なのはこの司令部でただ一人だけだ。
「大佐、起こってしまったものは仕方ありません。ですが査察が来るとなるとあの広場を必ず通ります。至急書類の決済を」
「・・・了解した」
「少尉たちの隊の手も借りたいのだけれど良いかしら?」
「イエッサー!」
「改修すぐに取りかかります!」
先程までのぐだぐだは何処へやら、ビシィ!と敬礼を決めてそそくさと部屋を辞そうとした。すれ違ったエドワードが何やら言いたそうにこちらを見たようだが、無視。
当事者としてスルーは絶対ない。
鷹の目の最後の標的として残された形になった子供は、ハタから見ても蒼白だった。・・・というか、まんま捕食者を前にした獲物だった。
すまん、大将。そこから助けんのは無理だから。
「エドワード君」
「は、はぃ…!」
「人に被害が出る前で止めてくれて助かったわ。でもね、」
傍らから降ってくる声は自分たちへ向けられた物より優しい。優しい、が、怖くて振りかえれないだろう。しかも黒い上官は何やら同情?の篭もった視線を子供に投げている。
そうして一人子供は固まっていたが、それはほんの短い間だったらしい。ふ、と気配が緩んだ気がして、退室間際に恐る恐る中尉を振りかえれば、花も恐れ入る笑みがあった。ひぃ。
「私からはそれ以上ないんだけど、彼は一言言いたい事があるそうよ?」
は?彼?
カシャン、と耳慣れた音の方を振りかえれば、いつの間にか部屋の入り口に大きな鎧が。
「にいさん」
「ア…ッ ある、」
横を通り抜け、カシャン、と硬質な音を立てて鎧が一歩近付いていく。兄は完全に逃げ腰だ。
それもそうかもしれない。何せいつも可愛いその声が纏うのは紛れもない怒気で。
「ボクが昼ご飯買いに行ってる間に何があったの。何か宿の前の広場に変なオブジェとか出来てたけど」
「や、あのこれには事情があってだな…!」
その日は何の変哲もない、と言って差し支えない普通の日だった。
「マリーだ!マリーを連れてこぉいぃ!!」
わー!
きゃー!
何だー!?
・・・ちょっと、暑さに浮かされてしまった馬鹿が白昼堂々刃物を振り回し、民家に立てこもっていようとも、普通の日だった。
あくまでここ、東方司令部の分類では「それくらいならまだ普通」である。
しかたがない。人間は、慣れる生き物なのだ。
*
丁度騒ぎが始まった頃、近くでそれを聞きつけてしまったタイミングの悪い軍人が2人。
何でオレらが出てる時に。という隣でぼっさりしている同僚の呟きが喧騒に紛れて聞こえた。
まったくだ。自分たちは何もしてないというのに。
なにも東方司令部のヒエラルキーの断トツトップ、鷹の目の女史監視下に置かれ、いい加減ストレス最高潮!で八つ当たりしたそうな上官から逃げてきた先で起きなくても。
そんなに日頃の行いは悪くないはずなんだが、と思いつつもこれはもしかして数日日の目を見れていない上官の呪いなのか。取りあえず一つ息をついて、突然の事に呆然としている店の店主の肩をつつく。
「・・・あー、悪ぃけど司令部に通報してもらえるか?」
あわくって奥へ消えたのをよそに、様子を伺っている相棒の傍らへ。
「どうだ?」
「んー…銃持ってるかはわかんねぇなぁ。奴さん、だいぶイッちゃってる感じはするけど」
「・・・よく見えるな、お前」
「そか?」
「オレには小指の先くらいのがジタバタしてるようにしか見えねぇ」
遠巻きに人垣が出来出している中を、なるべく刺激しないようにと言い置いて追い散らしながら足早に近付けば、男は何やらわめき散らしているらしい。結構距離はあるわりに、やたら声は聞こえてくる。
「…マリーって誰だ?」
「別れた彼女とかおん出た嫁とかだろ」
「あんなん相手じゃー逃げるよな、そりゃぁ…。しっかしなんか最近こーゆーパターン多くないか」
「例年なく尋常じゃない位の暑さだからな。苛々する気は分らんでもねぇけどよ」
人様に迷惑掛ける程の暴れっぷりはマズかろう。
落ち着いて、人質を解放しなさい!…とか何とか憲兵が声を掛けているのが見えるが、あれだけ興奮している男だ。聞く耳など持たないだろう。
案の定、火に油を注いだだけだったらしい。更に怒声が高まっただけだ。
マズイな。
これ以上暴れさせると、次は手近にいる逃げ遅れたらしい市民に危害が及ぶ可能性も出てくる。
2人は人垣を掻き分けつつ、ようやく一人修羅場な現場の広場に辿り着こうかという矢先。
バン!!と勢い良く、暴れる男の頭上の窓が開いた。
「あ?」
「…大将?」
破らんばかりの勢いで窓を開けた人影には見覚えがあった。間違いなく自分の所のボスが後見を勤める錬金術師の兄の方で。
緊迫した空気も読まず遠目に見ても眉間に物凄い皺を寄せたその子供は、無言のまま大きく振りかぶって――――
ガコ
「あ」
頭に血が上っていた男に避けられようはずもなく、かなりなスピードで飛んできたそれを頭で受け止めるハメになった。
飛んでいくナイフと、倒れ伏す男。
辺りから音が消えた。
いや、投げられたそれがてんてんてん、と転がる軽い音だけが広場にこだまする。
たらいだ。
たらいだわ。
ひそひそ囁かれる中で、衝撃の攻撃からいち早く立ち直ったらしい男が慌てて起き上がる。
「~~~~~ってッ、こ、のチビ!! てめいきなり何しやがる!!」
「げ」
「うわ」
あ、バカ、と思う間もない。
終始無言を貫いてさて窓を閉めようか、といった所の子供の肩がピクリと揺れた。
揺れた、というか。小刻みにぷるぷるしてる、というか。
・・・どうしよう。
「…総員、退避ー」
「…もう遅ぇと思うがな」
ぼそ、と互いに呟いて、同時に十字を切った。
アーメン。
大将。
お怒りはごもっともだが、せめて面が割れるくらいで勘弁してやっててください。
*
「・・・で?」
黒髪の男は物凄いイイ笑顔で続きを促した。
「何をどうしたらこの短時間でこれだけの陳情書が上がってくるというんだね?」
しかも何、この請求書のおまけ付き。
あああ、世の女どもの大半が大好きだという(言い過ぎ)麗しい笑みでもって紡がれる言葉の端々に滲むトゲが刺さる。ただでさえ機嫌が傾いているのでトドメだろう、コレ。ああもう勘弁して。
えーとー、とか言いながら逸らした視線の先には、腕組みしてこちらも負けず劣らず不機嫌そうな子供がちょんと座っている。訂正、ふんぞり返っている。
バン、と思い切り掌を叩き付けられて机が悲鳴を上げた。
「貴様ら暴れ豆一つくらい止めんでどうする!」
「あば・・・ッ!んだとコラァ!!テメ表出ろ!!」
「無茶言わんで下さい!!」
「そーですよ!あんなハジけた大将触わんのも無理です!」
「触らずとも気を引くとかあるだろう!」
「聞いてんのかよ!!」
「ヘタに呼んでこっち向かってこられたらどーすんですか!」
「エドワード君は犬じゃないわよ」
至極冷静な声が割って入った途端、場にいた全員がそろって沈黙した。
某上官でもここまで瞬間で時間を止められない。それが可能なのはこの司令部でただ一人だけだ。
「大佐、起こってしまったものは仕方ありません。ですが査察が来るとなるとあの広場を必ず通ります。至急書類の決済を」
「・・・了解した」
「少尉たちの隊の手も借りたいのだけれど良いかしら?」
「イエッサー!」
「改修すぐに取りかかります!」
先程までのぐだぐだは何処へやら、ビシィ!と敬礼を決めてそそくさと部屋を辞そうとした。すれ違ったエドワードが何やら言いたそうにこちらを見たようだが、無視。
当事者としてスルーは絶対ない。
鷹の目の最後の標的として残された形になった子供は、ハタから見ても蒼白だった。・・・というか、まんま捕食者を前にした獲物だった。
すまん、大将。そこから助けんのは無理だから。
「エドワード君」
「は、はぃ…!」
「人に被害が出る前で止めてくれて助かったわ。でもね、」
傍らから降ってくる声は自分たちへ向けられた物より優しい。優しい、が、怖くて振りかえれないだろう。しかも黒い上官は何やら同情?の篭もった視線を子供に投げている。
そうして一人子供は固まっていたが、それはほんの短い間だったらしい。ふ、と気配が緩んだ気がして、退室間際に恐る恐る中尉を振りかえれば、花も恐れ入る笑みがあった。ひぃ。
「私からはそれ以上ないんだけど、彼は一言言いたい事があるそうよ?」
は?彼?
カシャン、と耳慣れた音の方を振りかえれば、いつの間にか部屋の入り口に大きな鎧が。
「にいさん」
「ア…ッ ある、」
横を通り抜け、カシャン、と硬質な音を立てて鎧が一歩近付いていく。兄は完全に逃げ腰だ。
それもそうかもしれない。何せいつも可愛いその声が纏うのは紛れもない怒気で。
「ボクが昼ご飯買いに行ってる間に何があったの。何か宿の前の広場に変なオブジェとか出来てたけど」
「や、あのこれには事情があってだな…!」