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雨の日は

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-雨の日は-






ああ、嫌なものが降ってきた。
窓際の一番後ろの席のイヴァンは、堪えきれずに泣き出した空をじっと見つめた。
「い、イヴァンさん」
呼ばれて振り返ると、気がつけばいつの間にかHRは終わっていて、帰り支度を済ませたライヴィスやトーリス達がいつもの通りにイヴァンの周りに集まってきている。
「雨、ですね…」
エドヴァルドがこちらを伺うように口を開いた。
「そうだね、降って来ちゃったね…皆は傘あるの?」
問いかければ、それぞれぎくりとした様子で目を彷徨わせて何も言おうとはしない。
そんな中、ただ一人ライヴィスだけが
「ぼ、僕、今日は傘持って来れたんですよ!天気予報見れたので」
「ライヴィスぅぅ!!」
と言ったので(その直後の叫び声はエドァルドだ)、遠慮なくその黒い傘を借りてイヴァンはさっさと教室を出た。

(雨は、嫌いなのに)
重い色の雲が、日の陰った暗い外の様子が、しとしとと大地を濡らす雨が、
イヴァンはとても嫌いだった。

イヴァンの両親は共に忙しい人達で、子供の頃から殆ど家にいたことがない。通いの家政婦が食事の支度と洗濯、掃除をしていくけれど、それだけだ。
大きな家は子供心にはとてもとても広く、幼い頃はそれに恐怖すら感じていた。
それでも晴れれば外に出れるし、公園に行けば誰かがいたからあまり一人になる事はなかったのだが、雨の日は違う。
雨が降ると、皆、家の中に引き込んでしまって、家の前も公園に行っても一人になるのだ。
引っ越して来たばかりのイヴァンには、まだお互いの家を行き来できる友達が殆どおらず、雨の日はあの広い家に居て、ただ時間の過ぎるのをじっと待つ以外になかった。
(嫌な事を思い出しちゃったな)
そう呟いた心を表情には出さない。いつものように柔和で曖昧な微笑みを顔に貼付けたまま、イヴァンはそのすみれ色の瞳を少しだけ眇めた。
下駄箱に向かうと、何人かの生徒がそこで立ち往生していた。おそらく、雨が降っているとここに来てから気づいたのだろう。
ふとその中に、見知った背中を見つけてイヴァンはそこに向かって歩きだした。




HRが終わり、下駄箱で靴を履き替えて玄関口に出た本田菊は、いつの間にか降り出していた雨に顔を顰めた。
(降ってきてしまいましたか…)
午後の授業のあたりから、更に重みを増した空模様に嫌な予感はしていたのだが、やはり保たなかったようだ。
アスファルトが濡れるにおいにため息を1つ吐いてから、さてどうしようかと思案する。
いつもなら教室のロッカーに折りたたみ傘があるのだが、先日の雨で使って家に置いたまま、今日に限って入れていないのだ。
「走って帰りますかね…」
帰らないと、そろそろ水曜のアニメが始まってしまう。
制服が濡れると厄介なので気が進まないのだが、毎週欠かさず見ているアニメのためだ。やむをえない、か…
「本田君、どうしたの?」
声をかけられて顔を上げると、いつの間にか隣に大柄な姿があって、思わず菊は横へ一歩退いた。
「い、イヴァンさん」
いつの間に。
「外、雨降ってきちゃったんだね」
イヴァンは菊の近所に住んでいる、1つ年下の2年生だ。小学生の時にイヴァンが越して来たのだが、それ以来、会えばこうして声を掛けてくる。
彼は傘を持って来たらしい。手にしていた黒い傘を出してそれを開いた。
それから、隣の菊を見遣って問いかける。
「本田君は傘ないの?」
「はい…生憎と今日は忘れてしまって」
「それなら僕のに入っていきなよ」
イヴァンは、一見して人の良さそうな顔でにこりと微笑んで、菊に傘を差し掛けてくる。
「あ、いえ、私は走って帰りますから。まだ小降りですし…」
「いいじゃない、近所だし。濡れると風邪引くよ?一緒に帰ろうよ」
イヴァンは引く気配を見せない。
入り口に立ちっぱなしの二人を、他の生徒が邪魔そうに避けて歩いていく。
「ほら、早くしないと皆の邪魔になるしさ」
折角の厚意を無下にもできず、まあ近所だからと、押し切られる形で菊はその傘に入れてもらうことになった。


**

「いいよ、僕が持つから」
入れてもらう側なのだし、と菊が傘をさすのを申し出たのだが、「僕の方が身長高いでしょ?」と断られれば引くしかなかった。
確かに、イヴァンは菊より頭1つ分も大きい。
彼の頭の上まで掛かるように傘をさすとなると、菊が背伸びしても難しいことは明白だった。
実際は、菊の方が1つ年上だというのに、だ。
(うう、屈辱です…)
体の大きさは生まれつきなのだし、仕方がない。仕方がないのだが…
悔しいので、代わりに自分が彼の荷物を1つ持つことになって、ようやく二人は歩き出した。
「本田君?ほら、もっと寄りなよ。濡れるよ」
「い、いえ、私は大丈夫ですから」
昔、イヴァンが越してきたばかりの頃は、彼はまだ当時の菊よりずっと小さくて、それはそれは可愛らしかったのに。気がつけば彼はにょきにょきと伸びて、いつの間にか見上げるほどになってしまった。
そう、あの頃のイヴァンはまだ友達もいなかったらしく、何かというと菊、菊、と頼ってきてとても可愛かったのだ…
「…あれ、イヴァンさん、道間違ってませんか?」
記憶の中に思いを馳せていた菊がふと気がつくと、イヴァンはいつもよりも手前で道を曲がろうとしていた。
「こっちの方が近道なんだよ、本田君知らない?」
「そう…なんですか?」
菊は聞いた事がなかったが、とりあえず曲がってしまったものは仕方ないと一緒に歩いてみることにした。
方向自体は間違っていないし、それに近道というのが本当なら知っておいて損はないだろう。
曲がった先は民家の並ぶ静かな小道だった。
この地元には生まれたときから十数年住んでいるが、この道はあまり通ったことがない。
「今日はね、ライヴィスが傘を貸してくれたんだ」
イヴァンはその小道を歩きながら、今日あった出来事を話し始める。ライヴィスというのは彼のクラスメイトのようだ。
曰く、世界史の時間にいたずらを仕掛けたら、見事に引っかかって面白かったとか(確か世界史の教師は新任だったはずだと菊は思ったが、何も言わないでおいた)、生活指導を担当している体育教師のシャツが表裏逆だったとか(彼はそれをライヴィスに指摘させたらしい…合掌)、エトセトラ、エトセトラ。
その内容は、にこやかに語るには些か凶悪すぎるだろうと思いつつ、というか、イヴァンのものかと思っていたが、この傘は別の人のものだったのかと嫌な予感がしたのだが……、とりあえず菊は全て聞き流すことにした。下手につついて蛇が出て来てはたまらない。
「本田君、きいてる?」
「はいはい聞いてますよ」
「聞いてないでしょ」
拗ねるように言われ、菊は苦笑だけ返してから、話を少し反らそうと試みる。
「イヴァンさんはこういう道、よく通るんですか?」
「うーん、そうだね、こっちの方が楽しいからね」
「はあ…」
歩いているのは何の変哲もないただの住宅地だ。楽しい…要素はあまり見いだせないのだが。
菊が生返事を返すと、イヴァンがふと、「向日葵だね」と呟いた。
彼の視線の先を探ってそちらを見ると、ある民家の庭先だった。そこに背の高い植物が幾つか背を伸ばしている。
作品名:雨の日は 作家名:青乃まち