ナイフ
僕を呼ぶ声がする。
「臨也」
憎悪にまみれた声に慣れているから、そんな風にそっと名前を呼ばれると少し落ち着かないよ。ていうか、変だ。
いつもみたいにほら、低い濁った声で僕を呼んでみなよ、シズちゃん。
僕はいつもどおりに君の名前を呼べる。そう思って口を開いてみた。
犬の呼吸みたいな、短い息を吐くだけだった。
あつい。あつくてあつくて、溶けて、溺れて、消えてしまいそうだ。
僕は、池袋で、腹を刺された。
ビルの隙間をいくつか通り抜けて、やっと現れる路地はめったに人が通ることはない。
柄にもなく、油断していたのかもしれない。
つけられていたことにも気づかないなんて、僕としたことがさぁ。
きっとこのまま死ぬんだろうと思った。死んで、土に還ることもなくアスファルトの上で腐っていくんだと。
だから、シズちゃんが現れたときは奇跡だと思った。なんて最低な奇跡。
そういえばここでゴミ箱を投げられたことがあったっけ。僕も、きっとシズちゃんも、それを覚えていた。
「…誰にやられた」
シズちゃんの靴が、血に塗れながら目の前まで来て、ああ顔が見たいなどういう表情してるんだろうなって、思った。
顔を上げたいんだけどうまくいかなくて、目だけをむりやり上に向ける。
白と黒、バーテン服、まぶしい色、金髪、サングラス、その奥の目…ぼやける。ぼやける。ぜんぶ。
ああ、ちゃんと見たいのに。
「ぼ、くを、殺したいって、やつは…この世にもあの世、にも、たぁ…っくさん、いる、よ」
「んなこたわかってんだよ!」
「よかった…ね、シズちゃん。お望みどおり、ノミ蟲、野郎が死ぬ、よ。おめでとう…っは、あ、はは!」
頭の先に、すうっと冷たい風が吹く。
首筋から吹き出るような汗が背筋を伝う。視界を闇が侵食する。
シズちゃん。
大嫌いだよ、シズちゃん。
それが、意識が闇に飲まれる寸前に思ったことだった。
「臨也」
憎悪にまみれた声に慣れているから、そんな風にそっと名前を呼ばれると少し落ち着かないよ。ていうか、変だ。
いつもみたいにほら、低い濁った声で僕を呼んでみなよ、シズちゃん。
僕はいつもどおりに君の名前を呼べる。そう思って口を開いてみた。
犬の呼吸みたいな、短い息を吐くだけだった。
あつい。あつくてあつくて、溶けて、溺れて、消えてしまいそうだ。
僕は、池袋で、腹を刺された。
ビルの隙間をいくつか通り抜けて、やっと現れる路地はめったに人が通ることはない。
柄にもなく、油断していたのかもしれない。
つけられていたことにも気づかないなんて、僕としたことがさぁ。
きっとこのまま死ぬんだろうと思った。死んで、土に還ることもなくアスファルトの上で腐っていくんだと。
だから、シズちゃんが現れたときは奇跡だと思った。なんて最低な奇跡。
そういえばここでゴミ箱を投げられたことがあったっけ。僕も、きっとシズちゃんも、それを覚えていた。
「…誰にやられた」
シズちゃんの靴が、血に塗れながら目の前まで来て、ああ顔が見たいなどういう表情してるんだろうなって、思った。
顔を上げたいんだけどうまくいかなくて、目だけをむりやり上に向ける。
白と黒、バーテン服、まぶしい色、金髪、サングラス、その奥の目…ぼやける。ぼやける。ぜんぶ。
ああ、ちゃんと見たいのに。
「ぼ、くを、殺したいって、やつは…この世にもあの世、にも、たぁ…っくさん、いる、よ」
「んなこたわかってんだよ!」
「よかった…ね、シズちゃん。お望みどおり、ノミ蟲、野郎が死ぬ、よ。おめでとう…っは、あ、はは!」
頭の先に、すうっと冷たい風が吹く。
首筋から吹き出るような汗が背筋を伝う。視界を闇が侵食する。
シズちゃん。
大嫌いだよ、シズちゃん。
それが、意識が闇に飲まれる寸前に思ったことだった。