銀新/背中/銀魂
神楽と妙が断食道場に行くことになった。
いつも大抵のことは気にしない神楽だったが、体が思うように動かなくなるのはさすがにショックだったようだ。
お前らやせた私を見てひざまずくアル! と手を振って道場に向かう神楽と妙を見送ったのは今日の朝である。
妙も留守にすることで新八は万事屋でしばらく生活することになった。食事や風呂などの手間と節約ために自然とそういうことになり、妙もそう勧めたのだが、新八はあることに悩んでいた。
神楽のいない家に銀時と二人きり。
今までにも神楽がいない時に万事屋に泊まったことは何度もあるが、今は状況が違っていた。二ヶ月前、銀時と互いの気持ちを打ち明けあい、世間でいう恋人同士となったのだ。
万事屋はただの職場から、恋人の家に変わった。その家に銀時と二人きり。きっと夜はそういうことになるに違いない。それがこわいのだ。
新八とて、健全な男子である。そういうことに興味はある。だけど、ちょっとこわい。そんなまるで年頃の少女のような悩みを、新八は頭の中でめぐらせていた。
心の準備をしようとも、あまり知識もなくて、不安で、整えきれない。銀時はどう考えているのか。もしかしたらそんなことを考えているのは自分だけできないのか。
そう悶々と考え込んでしまうと、自分がとても助平に思えてきて新八はただ頭を抱えるのであった。
自分の家に帰ろうか、万事屋に泊まろうか。ぐらぐら悩みながら時間は過ぎ、二人きりの夕食も終わろうとしていた。
「断食って言ってもよ。本当に何にも食わねーのかな」
食卓ではハンバーグがのっていた皿がすっかり綺麗になっている。神楽が楽しみにしていたハンバーグで、挽肉があまるからといつもより大きめで作ったが、材料はまだ残っている。これからしばらく挽肉料理が続くだろう。
「いや、さすがに何も食べないんじゃ体壊しちゃいそうじゃないですか。うっすい粥とか出るんじゃないですかね?」
「あいつのことだからそんな粥でも十人前食いそうだな」
まさかポテトチップス一枚だけとは思いもせず、新八も銀時も笑っていた。
クイズ番組が終わると、新八は食器を流し台に運ぶ。
CMをはさまずそのまま始まった番組を見ている銀時を一度振り返って、新八は食器を洗い始めた。
この寒い時期、洗い物は給湯器の湯を使うのだが、出し始めはなかなか温まらない。冷たい水で汚れを落として、スポンジを泡立てる。すると、銀時が来る気配がして横に立たれた。
「銀さん?」
「皿、拭く」
「あ…はい」
珍しい行動に戸惑ってしまい、洗い掛けの椀を落としそうになった。
カチャカチャと陶器がこすれる音がする。新八が洗った皿や椀をカゴに置くと、それを銀時がふきんで拭く。
すぐそばに立つ銀時を辺に意識してしまう。
「なんつーかさ」
「はい?」
「こうやってっと、新婚みてーじゃね?」
驚いて銀時を見上げると、照れくさそうな顔と目があった。顔が熱くなるのを感じてすぐにそらす。
「…な、なに、言ってるんですか…っ」
恥ずかしさを噛み殺してぶっきらぼうに言うと、ちぇ、とすねたような笑っているような呟きが聞こえた。
ああ、もう。自分は何でこんなにかわいくないのだ。
新八は自分の不甲斐なさに苛立ち、むきになって皿を洗う。すると、ふと銀時の顔が目の前にあわられて、ちゅ、と唇にふれていった。
ガゴンッと皿が落ちた。
「ぎ、銀さん!」
銀時はへへっと笑う。
「……もう…っ」
新八は恥ずかしくてたまらなくて、でも嬉しくて、困った気持ちだった。
顔を隠すようにうつむきながら最後の皿をすすぎ終わる。なんだか妙な空気な台所から逃げたくて、新八は急いで濡れた手を拭き、カゴの中の濡れた皿を見つめながら、
「…後はお願いします」
と、居間に戻ろうと背を向けた。
しかし、その足はすぐ止まる。銀時が背中から体をくるむように腕をまわしてきたのだ。
「新八くん」
耳元で聞こえる銀時の声に体が固まる。
「お前、帰ろうとか思ってる?」
心が跳ねると同時に体も震える。
「……俺といんの嫌かよ」
新八の肩に顔を伏せて、銀時がつぶやく。
「ち、ちが、くてっ。僕…その……」
新八は慌てて銀時に向き直る。銀時を見上げ、すぐに目を伏せ、「こわいんです」とつぶやいた。
「その…夜の…あの、緊張してて…っ、心の準備っていうか…その、勇気が……っ。銀さんのことすっ、好き、だ、けどっ…その…あの……っ」
微妙な気持ちがうまく言葉にできない。意味不明なことを言っている自分を責めて、さらに頭が混乱してくる。
「お前って本当によぉ……」
銀時はうつむいて首の後ろのあたりをさすりながら呟く。
「え?」
「なんでもねーよ」
怒ったような、困ったような声と共に抱きしめられた。ぎゅっと強く抱かれて戸惑うと、少し身を離されて上を向くようにうながされる。優しいまなざしと目が合い、唇が寄せられた。
「…あ……」
ふれただけのキスはゆっくりと離れていく。まだすぐそこにある銀時の唇をぼんやり目で追うと、それはまたすぐに近づいて新八に触れた。
やわらかい感触とともに、熱い銀時の舌がすべり込んでくる。思わず口を開けて息を吸うとすぐにふさがれ、ぬるりとした舌が新八の舌に絡みついてくる。
途端に腰のあたりがぞくぞくとして、無意識に新八が逃げると腰も舌もさらにより深くとらえられた。銀時から送られる感情を受け止めるように、新八もまた銀時の背に腕をまわした。
唇をはなすと、互いの体に身をゆだねながら荒くなった息を整える。
「……嫌がるようなことなんか、なんもしねーよ。だから、泊まってけ。な?」
「……はい」
新八はぼんやりしたまま答える。
「あ、ばねとびのゲスト、お通だってよ」
「え!」
キスの余韻が一気に吹き飛ぶ。新八は銀時から慌てて身を離すと、急いで居間に駆けた。