銀新/チョコレート/銀魂
玄関を開けると、むっとしたこもった空気の中に甘い匂いがあった。廊下を進んで居間の戸を開けると原因がわかった。
「神楽か?」
「たぶんそうでしょうね。出かける前、食べててしまうの忘れたんでしょうね。銀さん窓開けてください」
テーブルで板のチョコレートがとけかかっていた。銀紙からはみ出たチョコレートは甘い香りをはなって、どろりとテーブルを染めている。
銀時が窓を開けて振り返ると、新八は買い物袋を台所に運ぶため姿を消していた。銀時はテレビの電源をつけながらソファに座る。
「ったく、アリがくんぞ」
チョコレートを持ち上げようとするとぐにゃりと中身がこぼれそうになる。片付けられないことはないが、しばらくほうって置いて神楽にやらせようと思った。
台所では新八が冷蔵庫に買ってきたものを入れている気配がする。甘ったるいチョコレートの香りに、銀時はアンパンマンのチョコレートを思い出して声をかけた。
「新八ぃ、こっちくるとき俺のアンパンマン持ってきてくれー」
「チョコですか? 冷やしたほうがいいんじゃないですか?」
「なんか今食いたい」
お前のこと考えて過ぎて糖分が足りなくなった。
息を吐きながら背もたれに体重をかけた。夕方のニュースが始まったのを聞きながら、銀時は天井を見つめて新八のことを考えた。
もう無理やりキスでもするかと考えたが、嫌われるのが怖い。
しかし、手が触れただけでああいう態度をとるならまだ自分を意識はしている。そう楽観的に考えるようにしても、落ち込んだ気持ちは浮上してこない。
新八の唇の柔らかさを思い出し、思わず下唇をかむ。なんだか、今すぐ甘いものを食べたい。
エコバッグを片付け終わった新八がこちらにやってくる。銀時は戸を開ける新八をちらりと見て、意識してテレビに顔を向けた。妙に緊張していた。
「……チョコ、片付けてないんですか」
向かいに座るかと思っていた新八は、銀時の隣に座った。テレビが見やすいほうだからだろうか。それとも。
「ああ、神楽にやらせようと思ってよ。ついでに叱んねーとな」
「ああ…まあ、そうですね。ちょっとチョコレートくさいですけど」
「あ。あれ、新八。アンパンマンは?」
「…………」
新八が手に何も持っていないのを見て銀時が聞くと、新八は何も答えずテーブルのチョコレートを見つめた。
それを食べろというのか。銀時が不安に思っていると、新八がテーブルのチョコレートを食べ始めた。
「あれっ? 新八?」
突然の行動にあっけにとられて、銀時は身を起こし新八を見つめた。
新八は大きな一口を食べて、残りをテーブルに戻した。唇の端には茶色の汚れがついている。
口をもごもごと動かしてチョコを食べている新八を、銀時は呆然と見つめていた。
いったい、新八に何が起こっているのか。さっぱりわからなかった。
「……銀さん」
恥ずかしげに名を呼ばれた。
「新八?」
銀時が怪訝な顔で名を呼び返すと、新八は顔を赤くしてうつむいたまま言った。
「……今、僕とキスしたら、チョコ味ですよ?」
銀時は息を呑んだ。
「…………」
銀時は新八を見つめた。新八は顔を赤くして、視線を返してくれない。それでもよかった。新八のセリフから、すべてが読めたからだった。
銀時は新八の頬にふれ、ゆっくりと顔を寄せて行った。それを迎えるように新八の真っ赤な顔が少し上げられた。
銀時は新八に口付けた。やわらかい唇にふれた。
初めてキスしたときのことを思い出す。あの時と同じように新八の唇はやわらかくて甘くて、ふるえていた。
唇を唇で甘噛みするようにはさんで吸うと、新八は袖をつかんできた。新八が可愛くて、銀時の胸に果実のような甘くすっぱい気持ちがあふれてくる。
恐る恐る舌で下唇をなめると、新八があごを引いた。唇を追いかけて再びキスをすると、新八の舌に唇をなめられた。たまらなくなって、後頭部に手を這わせて口付けを深くした。
「……甘いですか」
「……チョコより甘ぇよ」
作品名:銀新/チョコレート/銀魂 作家名:ume