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空と雲と深緑と

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脳天を突き抜けるような快楽が襲った次の瞬間、ガリッ、と何かを潰すような鈍い音が耳のすぐ近くから聞こえて、首筋に灼熱の激痛が走った。
「……ぅあ……っ」
 喉からくぐもった悲鳴が漏れて、無意識の内に痛みの発信源となっている物体を追いやろうと掌が彷徨う。辿り着いた先にあったは、手馴れた柔らかい細絹のような感触だった。
「アー、サ……?」
 おぼろげだった視野に光が戻って来る前に、ああ、もしかして俺は育ての親に殺されかけているのかな、と思った。
 柔らかな首根の皮膚に食い込んでいるのは、アーサーの犬歯だ。無残に傷付いた皮膚からは真っ赤な体液が溢れてひたひたと滴り、シーツに染み込んだ生温かさが背中の方まで広がっていった。大した出血量だと推察できる。
 ずく、と再び痛みが通り過ぎて、めり込んでいたアーサーの牙がそっと肌から抜け出した。
「っ……」
 愕然と目を見開き、口元を鮮血に濡らす育ての親は、その蒼褪めた顔色や美しい翠玉の瞳も相俟って、映画に出てくる吸血モンスターにそっくりだった。不謹慎にも格好良いと思ってしまって、自分自身で馬鹿だなと苦笑する。
「俺なんか食べても、美味しくないんだぞ」
「…………っ」
 組み敷かれたままの角度から問い掛けると、彼は驚いたように自らの口元を拭って、身を引いた。
 途端、ずりゅ、と内側に埋め込まれていたままだったアーサー自身が抜け出して行き、異物の挿入により圧迫を与えていたアルフレッドの下肢に解放を齎した。
「…………アル」
 アーサーの指先が弟の頬に触れるか、触れないかの距離まで近づいて、結局届くことはなく離れていく。
 彼はそのまま、腕に引っかかっていた上着を羽織り直すと、弟を残して無言で寝室を出て行ってしまった。
(……あーあ。色気の欠片もないな)
 先程まで激しく求め合っていたと言うのに、事が済むといつも彼は素っ気無く立ち去ってしまう。
 痛む首を堪えて上体を起こすと、肩口に溢れていた鮮血が腕を伝って一気に滑り落ちて言った。同様に、アーサーを受け入れていた秘処からは、最奥に放たれた性行為の名残がどろりと流れ出してくる。とてつもなく不快だ。
(うわ……。まるでレイプじゃないか)
 ふと己の身体を見下ろせば、胸や腹や太腿の随所に赤紫色に鬱血した痕や咬み傷がある。ひどい創痍の状態に、アルフレッドは思わず笑ってしまった。客観的に見たら決して笑い事では済まされないだろうけれど、我が身に起こった事となれば話は別だった。笑ってでもいないとやっていられない。
(今日も、苦しそうだったな……)
 アーサーは、自分を抱く時、いつも辛そうにしている。滅茶苦茶に腰を動かして、散々自分を追い詰めておきながら、本当は自分の方が追い込まれているような顔をしている。そんなので本当に気持ち良くなっているのかと要らぬ心配をしてしまい、アルフレッドは再び、ははは、と乾いた声で笑った。



 木の葉の隙間から降り注ぐ温かい陽射しと、流れる雲の光景を、土の上に寝転んだ状態でぼんやりと見上げている。
 アーサーの家の庭にある裏山は、アルフレッドの気に入っている場所の一つだった。自分の家にも似た自然の恵み溢れる空気に触れていると、心身をゆったりと寛がせる事が出来るのだ。
 それにしても、と空を見上げた角度のまま、アルフレッドはパチパチと瞬きをした。
 雲は自由だなんて、誰が言ったのだろう。ちっとも自由なんかじゃないと心の中で毒づいて、眩しい光に目を細める。
(った……)
 視神経を作動させる些細な仕草にも首の根本にピリリと疼痛が走った。はぁ、と小さく溜息を吐いて、その僅かな肺の隆起にもまた傷の痛みが再来する。どうしようもないな、と思った。本当に、どうしようもない。
「あーあ……」
 雲は全然、自由なんかじゃない。自分の行きたい方向に向かえるとは限らず、気流に任せて流されるままに流れるしかない人生を、彼らは苦には思わないのだろうか。
(そんなの、大きなお世話だって言われるかな)
 もし、彼ら自身がそれを望み、喜んでいるのだとしたら。
 それだったら万事解決、幸せで良いのだけれど。
「おーい、アルー」
 不意に名を呼ばれて、アルフレッドは目線だけを前方に走らせた。傾斜から緩やかにカーブした金髪の頭が覗いたと思ったら、顔馴染みのフランシスが優雅な足取りで坂道を登ってくる所だった。 意外な人物との遭遇に小さく驚く。
「久しぶりだね、フランシス。ピクニックでもしてるのかい?」
「そう見える?」
 逆に問われてしまって、アルフレッドはあははと笑ってお茶を濁した。上等なジャケットをめかし込んでいるフランシスは、どう見ても山の中の大自然には相応しくなかったからだ。
「お前こそ何してるの。日光浴?」
 隣に腰掛けながらフランシスは、肩に担いでいた布袋を土の上に下ろして、中からジュースを取り出した。はい、と手渡されたのでありがとう、と受け取ったものの、今はそんなに喉が渇いていなかったので、掌の中で弄ばせるだけに留める。
「ダメだなーフランシスは。俺は君たちとは違って若いんだから、日光浴はないんだぞ」
「何それ、厭味?」
 どうせ俺らはおっさんですよ、と肩を竦めてみせて、フランシスは軽い口調のままさらりと流すよう呟いた。
「で。肩の傷、見せてみ」
 親指で首筋を示されて、アルフレッドは漸くフランシスの意図を悟った。そうか、これはアーサーの差し金だ、と。
(……余計なお世話だよ、全く)
 途端に気分を害して、アルフレッドはわざとらしくフランシスから目を逸らした。
「いいよ。こんな傷、放っておいても治る」
「遠慮すんなって。ほら、オニーサンに見せてみなさい」
 半ば無理やり腕を取られて、強引に身体を開かされた。つぅ、と痛みに怯んだ拍子にフランシスはアルフレッドの上着を剥ぎ、シャツの襟元に指を掛けて、慣れた手つきでボタンを外していく。
「げぇ。ひっでーなこれ」
 外気に晒された咬傷は、それは酷いものだった。本気で食い千切ろうとしていたのかと疑いたくなるほど、皮膚を破り、肉を断っている。止血はおろか応急処置にもなっていないような絆創膏だけでは、滴る鮮血を塞き止める役目すら果たしていない。独占欲もここまで来ると狂気の沙汰ではないかと本気で思う。
「縫った方がいいんじゃないの、これ」
 準備してきた救急セットを取り出しながら、フランシスは綺麗に弧を描いた眉を険しく歪めさせた。
 アルフレッドは呆れたように、そんな大袈裟にしなくてもいいんだぞ、と微笑った。
「消毒するから、ちょっと我慢な」
「うん」
 これだけ深い傷ならばさぞや染みるだろうと思い、小瓶に入っていた消毒液をゆっくりと注いでやったけれど、アルフレッドは眉一つ動かさずに平然としていた。普段は紙で指先を切っただけでも大騒ぎするというのに、こういう所だけはやたらとプライドの高いアーサーに似て頑固だよなと、フランシスは苦笑を禁じえない。
「しっかし、あいつも大概素直じゃないよな。お前の傷の手当てをするのに、わざわざ海向こうの俺を呼び出すんだぜ?」
作品名:空と雲と深緑と 作家名:鈴木イチ