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トマトな小生意気 ~出会い編~

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スペインが可愛がっている子分とやらと、俺様は顔を合わせた事が無かった。
 そもそもスペインの家は遠い。まずあちこちのドイツ諸侯の領地を通った上にフランスの家を横切り、ピレネー山脈を越えて、ようやく辿りついたイベリア半島の更にずっと奥の内陸部に、奴の住むマドリッドはある。あえて行く用事も無いのに立ち寄るような場所じゃない。
 だから時折中央ヨーロッパに顔を出すスペイン本人とはそれなりに親しく付き合っていても、彼が何かと言う事を聞かないだの態度がデカいだの掃除が下手だの楽しそうに文句を並べたてるロマーノという男とは合う機会が無い。
「プーちゃんはロマと気が合うかも知れへんな。生意気なガキ同士やし」
 そう言いつつもスペインに会わせる気は特にないらしかった。奴が後生大事にマドリッドに囲っているロマーノとやらに、多少の興味はあった。が、それだけだ。


「イタリアちゃん!」

 
 庭沿いの通路でぱたぱたと燭台にはたきを振っていたイタリアちゃんに、何か小さな物体が飛びかかってくる。偶然近くでイタリアちゃんを眺めていた俺は、慌ててイタリアちゃんとその物体の間に割って入る。右腕で受け止めると、べしゃりという気味の悪い感触が広がった。石か何か固いものだと思っていたから拍子抜けすると共に、柔らかい分何か毒物のようなもので殺傷力を増している可能性に思い至る。服越しとはいえ、受け止めるよりもイタリアちゃんを突き飛ばした方が良かっただろうかと一瞬後悔した。
 けど、腕にくっついた物体を見て唖然とした。

「……トマト?」

 スペインがよく持っている野菜だ。食べさせて貰った事もあるから間違いない。
「なにしやがるんだちくしょー」
 犯人を探して庭を見回すと、案外すぐにそれっぽいガキが現れる。そいつはイタリアちゃん襲撃の犯人ですと言わんばかりに腕にもう幾つか真っ赤なトマトを抱えていた。イタリアちゃんと同じ茶色い髪にイタリアちゃんと反対方向へくるんと飛び出た癖毛、イタリアちゃんを少し大人っぽくしたような顔立ち。
「ロマーノ兄ちゃん!」
 イタリアちゃんが嬉しそうに走り出す。あろう事かイタリアちゃんはイタリアちゃん襲撃犯に全開の笑顔を向けて腕を広げて飛び付いた。はずが、ばしっと乱暴に弾かれてしまう。イタリアちゃんのハグを喜ばない奴がいるなんて衝撃だ。イタリアちゃんが悲しそうにイタリアちゃん襲撃の犯人と距離をとった。

「イタリアちゃん、こいつは……」

 勿論、外見からもイタリアちゃんの呼び方でも、こいつが誰なのか予測はつく。けど、あまり信じたくない。
「ロマーノ兄ちゃんだよ。ここに来るなんて珍しいね、どうしたの?」
「別に来たくて来たんじゃねぇよ。たまには仕事手伝えってスペインの野郎に無理やり連れてこられただけだ」
「でも久し振りに会えて嬉しいよ、兄ちゃん」

 スペインがなんだかんだめろめろになってるくらいだし、何より笑顔を見ているだけで幸せになるようなとびきり可愛くて愛らしいイタリアちゃんのお兄様だし、見た事が無いロマーノという男は俺の中でどうやら恐ろしく美化されていたらしい。本物のロマーノを前にすると、幻滅もいい所だ。
 イタリアちゃんはもしかして気付いていないんだろうか。けど、ずっと喧嘩ばかりしてきている俺がこの手の事で勘違いなんてするはずがない。ただ兄が弟にトマトを渡そうとしていただけだったら、俺の体は咄嗟にイタリアちゃんを庇うような反応をしてはいない。

 ロマーノが投げたトマトには、相手を攻撃する意思が宿っていた。

 ただのトマトに殺傷能力なんて無い。せいぜい当たった衝撃で潰れたトマトで相手を嫌な気持ちにさせるくらいだ。
 つまり、イタリアちゃんのお兄様はなぜかイタリアちゃんを嫌な気持ちにさせようとしてた。
「おい、ガキ。スペイン来てるんだろ。案内しろ」
 イタリアちゃんのお兄様に、確かに興味はあった。だがイタリアちゃんの敵なら容赦はいらねぇ。
「は、なんで俺が。だいたい、誰だよてめぇ」
「案内しろって言ってんだよ」
「案内してやるから俺について来い!」
 ……弱っ。少し凄んでやると、ロマーノは弾かれたように何度も首を縦に振った。スペインは一体どんな教育してるんだ。まぁ所詮スペインだからな。
 付いて来いと言ったロマーノは、屋敷を出ると、あわよくば振り切ろうという気満々で足早に道を歩く。それくらいで降り切られる俺様でもねぇし、ゆっくりした歩調の街じゃ逆に目立って追いやすい。そもそもスペインはオーストリアの野郎を訪ねて来たんだろう。だとすると、ロマーノの向かう先は想像がつく。
 スペインはともかく、オーストリアに用事も無いのに会いに行ってやる事は無い。そろそろイタリアちゃんから充分の離れた頃だ、ロマーノの歩調を緩めさせてやるか。

「さて、俺はスペインじゃなくてお前に話があるんだ、イタリアちゃんのお兄様」

 前に回り込むと、ロマーノが不愉快そうに顔を歪めた。イタリアちゃんそっくりの顔でイタリアちゃんがしなさそうな表情をされると、なんとなくショックを受ける。
「イタリアちゃんに危害を加えるつもりなら、俺もハンガリーやオーストリアも黙ってねぇぞ」
 ロマーノが驚いたような顔をした。そして、傷ついたような目をした事くらい分かるが、だからって同情の余地は無い。とはいえイタリアちゃんと同じ顔でそれは反則だって言ってんだろ。責めにくいったらありゃしねぇ。

「さすがヴェネチアーノ。どこ行っても愛されてるな」
「そりゃイタリアちゃんはお前と違ってめちゃくちゃ可愛いからな」
「分かってんだよんな事!!」

 どうやらロマーノの逆鱗だったらしい、すげぇ剣幕でキレられた。
 なんとなく分かった。このお兄様は、イタリアちゃんと違ってあまり他人に好かれやすい性格じゃ無いらしい。そっくりな顔をしているだけに、違いが際立っちまってる。
 生まれ持った性格なんてどうしようも無い。ましてイタリアちゃんみたいなふわふわした感じは、後から身に付けようと思ってもどうにもならない。比較されたら辛いだろうなという想像くらいはできる。
 けど、だからってイタリアちゃんを傷つけていいはずがない。

「イタリアちゃんの事が嫌いなんだな」
「あぁ」

 ロマーノは即答した。
「だったらトマトじゃ話にならねぇ。その辺に落ちてる石の方がまだ威力あるぜ」
 歩きながら足下に転がっている石の中から尖ったものを選んで拾う。小石だが、当たったら痛そうだ。こいつのせいでトマトが付いちまった上着は脱いで腕に掛けているいるが、染みになっている程度で、多分後で洗えば抜けると思う。それに比べたらどんなものだって充分だ。
 小石をロマーノの手に押し付ける。
「……投げていいのかよ、お前ヴェネチアーノの事が好きなんだろ」
「イタリアちゃんを嫌いな奴なんていねぇよ。勿論お前がこいつをイタリアちゃんに向かって投げたら、もっとでけぇ石でお前の頭狙うぜ俺は」
「なら意味ねぇだろ」
 ロマーノが小石をぽいと放り投げる。