末裔
「末裔」
ミディールは付近にライフストリームの脈が通っていて、更に近海には暖流が流れているため、一年中温暖な気候であった。
この付近には比較的良質の野生チョコボが生息していることもあって、村の近くにはチョコボ牧場が点在していた。
その日もいつものようにうららかな日和である。
とあるチョコボ牧場で、幼い男の子が、産まれてまだ日の浅いチョコボのひなとじゃれあっている。羽が生え替わる前のひなは白い羽毛でふわふわと覆われている。同じようにふわふわとした男の子の髪の毛が銀色にきらきらと光る。歩き始めたばかりの男の子は目に映るものが何でもおもしろいらしく、チョコボのひなに必死でちょっかいを出している。負けじとチョコボのひなが男の子の体をつつく。思わぬ反撃を受けた男の子が泣き出した。
そばで柵を修理していた長身の青年が男の子を抱き上げて、背中をポンポンと叩いた。
「こら、セフィロス、チョロに手を出すからつつかれるんだ」
ちょうど近くのログ造りの家から1人の女性が出てきた。
「あなた、お茶にしない?」
「ちょうど良かった、ルクレツィア。セフィロスを頼む、私はもうしばらくしたら行く」
そう言うと男の子を彼女に渡した。男の子はまだくずっている。
「本当にもうしょうがないんだから、この子は。パパの邪魔しちゃダメでしょ」
ルクレツィアは男の子をあやしながら家の中へと消えた。
「はい、どうぞ」
「ああ、ありがとう、セフィロスは?」
「寝ちゃったわ、気持ちよさそうに」
「そうか」
ティーカップを添えたヴィンセントの口元が緩み、褐色の瞳が細められる。
静かな時だけがゆっくりと流れる牧場の午後。
涼しい風がダイニングを通り抜ける。
ルクレツィアは焦点の合わない瞳でヴィンセントを眺めていた。
「どうしたんだ?ルクレツィア」
「うん、何かとても平和で・・嘘みたいだなって」
「ん?」
「だって・・・あなた、本当にタークスだったの?ってこんな時ふっと思ってしまって」
「ふ・・・そうだな」
「どうして、タークスなんかに入ったの?」
「さあ、覚えていない。気がつけばタークスにいたからな」
「どういうこと?」
「私には少年時代の記憶がない」
「え、そうなの?・・・ご、ごめんなさい、何かまずいこと聞いちゃったわね」
「いや、構わない。気がつけば、神羅製作所総務部調査課にいた。覚えていたのは自分の名前だけだった。それからはタークスとしてありとあらゆることを教え込まれ、流されるようにどんな仕事にでも手をつけてきた。当時の私は生ける屍だったかもしれない。早く死んでしまいたいと思ってはいたが、どれだけ酷い傷を負ってもなぜか私だけがいつも助かった。どうやら私は死神にも見放されていたようだ。宝条に撃たれた時は・・・今度こそ死ぬのだろうとも思ったのだが・・・この通り生きている。でも・・・生きててよかったと思うよ、今は。全部君のおかげだ、君が私を救ってくれた。ありがとうルクレツィア」
ルクレツィアの頬が赤くなった。
「も、もう、何よ。照れるじゃない」
ヴィンセントは微笑んだ。
カランカランカラン!
玄関のベルが激しく鳴った。
「あれ?何事かしら」
ルクレツィアが玄関の扉を開けると息を切らした初老の男が勢いよく入ってきた。
「あら、ヴォルドさん、どうしたの?そんなに慌てて」
隣のチョコボ牧場を経営するラトラス・ヴォルドは顔面を蒼白にして早口にまくし立てた。
「ヴァ、ヴァレンタインさん、助けてくれ!モンスターが・・・うちの牧場に・・・今、息子が応戦している」
「何!?」
ヴィンセントはすぐに席を立つとルクレツィアに指図した。
「様子を見に行く。ルクレツィア、私の部屋からスナイパーを取ってきてくれ」
「ええ」
ルクレツィアはすぐに銃を取りに行った。ヴィンセントは外に走り出て、チョコ房から1匹のチョコボを連れ出した。慌ただしく鞍を取り付けているヴィンセントにルクレツィアはスナイパーCRを渡した。
「あなた気をつけてね」
ルクレツィアは心配そうに送り出した。
「ああ、わかっている、お前達は絶対に外に出るんじゃないぞ」
「ええ」
ヴィンセントはチョコボに飛び乗り、ラトラスとともに走り去った。
ラトラスの牧場の大きな柵の中で1匹の黒っぽい四つ足の獣がチョコボを追いかけ回していた。チョコボが羽をばたつかせるため黄色い羽が舞っている。
近くの家の前から、1人の青年がライフルを撃っている。ラトラスの息子だろう。
チョコボに当たってしまうのを恐れてしまうせいか、なかなか獣に当たらない。
「あれは何だ?ヘビーモスか?」
ラトラスの牧場に到着したヴィンセントはチョコボから飛び降り、スナイパーCRを構え獣に狙いをつけ撃つ。弾は逃げ回るチョコボたちの間を縫うようにして獣の腹に命中した。倒れる獣。
「あんた、たいしたもんだね」
ラトラスが感嘆の言葉を吐く。とその時、倒れていた獣がおもむろに起き上がると牧場の外へ走り出した。
「げ・・・まだ生きてやがる」
「後を追って、とどめを刺してくる」
ヴィンセントは再びチョコボにまたがると、逃げた獣の後を追った。
大きな巨体で、しかも手負いの状態とは思えないほどの速度で獣が逃げる。
「ヒューイ、頼むぞ」
ヴィンセントは騎乗しているチョコボに語りかけると鞭を入れた。
ヒューイの速度が上がる。前方にめまぐるしく流れる草原の中、ヴィンセントは獣の姿をとらえた。ヒューイの速度を上げ、獣の左方につける。獣は脇目もふらずにまっすぐ走り続ける。ヴィンセントは左手で手綱を取りつつ、右手でスナイパーCRを構えた。銃身が優雅に円を描いた刹那、その先が火を噴いた。ヒューイの右側を走っていた獣は倒れた。
ヴィンセントはきびすを返すと、獣のそばへ近づいた。そしてヒューイから飛び降りて、獣を見つめた。さすがに頭を撃ち抜かれた獣はぴくりとも動かない。見た目はヘビーモスに似ているが、どこか違う。毛の生えていない肌は黒紫色の不気味な色を放っている。腹にも確かに弾は撃ち込まれている。
(腹を撃たれてこれほど走れるとはかなりの生命力だ・・・ヘビーモスではないな。なぜ、こんなモンスターが突然・・・)
ヴィンセントは獣の肌の色に寒気を覚えた。
(この肌の色・・・カオスとそっくりだ)
その時ふいに彼はめまいを感じた。
そして自分の身体の中に違和感を覚えた。別の生命体がさざめく感覚。
(またか・・・こんなものを見てしまったせいか・・・)
彼はその場を離れるとラトラスの牧場に戻り、まず、村長にこのことを伝えて、獣は火葬にするよう指示をした。
ミディールは付近にライフストリームの脈が通っていて、更に近海には暖流が流れているため、一年中温暖な気候であった。
この付近には比較的良質の野生チョコボが生息していることもあって、村の近くにはチョコボ牧場が点在していた。
その日もいつものようにうららかな日和である。
とあるチョコボ牧場で、幼い男の子が、産まれてまだ日の浅いチョコボのひなとじゃれあっている。羽が生え替わる前のひなは白い羽毛でふわふわと覆われている。同じようにふわふわとした男の子の髪の毛が銀色にきらきらと光る。歩き始めたばかりの男の子は目に映るものが何でもおもしろいらしく、チョコボのひなに必死でちょっかいを出している。負けじとチョコボのひなが男の子の体をつつく。思わぬ反撃を受けた男の子が泣き出した。
そばで柵を修理していた長身の青年が男の子を抱き上げて、背中をポンポンと叩いた。
「こら、セフィロス、チョロに手を出すからつつかれるんだ」
ちょうど近くのログ造りの家から1人の女性が出てきた。
「あなた、お茶にしない?」
「ちょうど良かった、ルクレツィア。セフィロスを頼む、私はもうしばらくしたら行く」
そう言うと男の子を彼女に渡した。男の子はまだくずっている。
「本当にもうしょうがないんだから、この子は。パパの邪魔しちゃダメでしょ」
ルクレツィアは男の子をあやしながら家の中へと消えた。
「はい、どうぞ」
「ああ、ありがとう、セフィロスは?」
「寝ちゃったわ、気持ちよさそうに」
「そうか」
ティーカップを添えたヴィンセントの口元が緩み、褐色の瞳が細められる。
静かな時だけがゆっくりと流れる牧場の午後。
涼しい風がダイニングを通り抜ける。
ルクレツィアは焦点の合わない瞳でヴィンセントを眺めていた。
「どうしたんだ?ルクレツィア」
「うん、何かとても平和で・・嘘みたいだなって」
「ん?」
「だって・・・あなた、本当にタークスだったの?ってこんな時ふっと思ってしまって」
「ふ・・・そうだな」
「どうして、タークスなんかに入ったの?」
「さあ、覚えていない。気がつけばタークスにいたからな」
「どういうこと?」
「私には少年時代の記憶がない」
「え、そうなの?・・・ご、ごめんなさい、何かまずいこと聞いちゃったわね」
「いや、構わない。気がつけば、神羅製作所総務部調査課にいた。覚えていたのは自分の名前だけだった。それからはタークスとしてありとあらゆることを教え込まれ、流されるようにどんな仕事にでも手をつけてきた。当時の私は生ける屍だったかもしれない。早く死んでしまいたいと思ってはいたが、どれだけ酷い傷を負ってもなぜか私だけがいつも助かった。どうやら私は死神にも見放されていたようだ。宝条に撃たれた時は・・・今度こそ死ぬのだろうとも思ったのだが・・・この通り生きている。でも・・・生きててよかったと思うよ、今は。全部君のおかげだ、君が私を救ってくれた。ありがとうルクレツィア」
ルクレツィアの頬が赤くなった。
「も、もう、何よ。照れるじゃない」
ヴィンセントは微笑んだ。
カランカランカラン!
玄関のベルが激しく鳴った。
「あれ?何事かしら」
ルクレツィアが玄関の扉を開けると息を切らした初老の男が勢いよく入ってきた。
「あら、ヴォルドさん、どうしたの?そんなに慌てて」
隣のチョコボ牧場を経営するラトラス・ヴォルドは顔面を蒼白にして早口にまくし立てた。
「ヴァ、ヴァレンタインさん、助けてくれ!モンスターが・・・うちの牧場に・・・今、息子が応戦している」
「何!?」
ヴィンセントはすぐに席を立つとルクレツィアに指図した。
「様子を見に行く。ルクレツィア、私の部屋からスナイパーを取ってきてくれ」
「ええ」
ルクレツィアはすぐに銃を取りに行った。ヴィンセントは外に走り出て、チョコ房から1匹のチョコボを連れ出した。慌ただしく鞍を取り付けているヴィンセントにルクレツィアはスナイパーCRを渡した。
「あなた気をつけてね」
ルクレツィアは心配そうに送り出した。
「ああ、わかっている、お前達は絶対に外に出るんじゃないぞ」
「ええ」
ヴィンセントはチョコボに飛び乗り、ラトラスとともに走り去った。
ラトラスの牧場の大きな柵の中で1匹の黒っぽい四つ足の獣がチョコボを追いかけ回していた。チョコボが羽をばたつかせるため黄色い羽が舞っている。
近くの家の前から、1人の青年がライフルを撃っている。ラトラスの息子だろう。
チョコボに当たってしまうのを恐れてしまうせいか、なかなか獣に当たらない。
「あれは何だ?ヘビーモスか?」
ラトラスの牧場に到着したヴィンセントはチョコボから飛び降り、スナイパーCRを構え獣に狙いをつけ撃つ。弾は逃げ回るチョコボたちの間を縫うようにして獣の腹に命中した。倒れる獣。
「あんた、たいしたもんだね」
ラトラスが感嘆の言葉を吐く。とその時、倒れていた獣がおもむろに起き上がると牧場の外へ走り出した。
「げ・・・まだ生きてやがる」
「後を追って、とどめを刺してくる」
ヴィンセントは再びチョコボにまたがると、逃げた獣の後を追った。
大きな巨体で、しかも手負いの状態とは思えないほどの速度で獣が逃げる。
「ヒューイ、頼むぞ」
ヴィンセントは騎乗しているチョコボに語りかけると鞭を入れた。
ヒューイの速度が上がる。前方にめまぐるしく流れる草原の中、ヴィンセントは獣の姿をとらえた。ヒューイの速度を上げ、獣の左方につける。獣は脇目もふらずにまっすぐ走り続ける。ヴィンセントは左手で手綱を取りつつ、右手でスナイパーCRを構えた。銃身が優雅に円を描いた刹那、その先が火を噴いた。ヒューイの右側を走っていた獣は倒れた。
ヴィンセントはきびすを返すと、獣のそばへ近づいた。そしてヒューイから飛び降りて、獣を見つめた。さすがに頭を撃ち抜かれた獣はぴくりとも動かない。見た目はヘビーモスに似ているが、どこか違う。毛の生えていない肌は黒紫色の不気味な色を放っている。腹にも確かに弾は撃ち込まれている。
(腹を撃たれてこれほど走れるとはかなりの生命力だ・・・ヘビーモスではないな。なぜ、こんなモンスターが突然・・・)
ヴィンセントは獣の肌の色に寒気を覚えた。
(この肌の色・・・カオスとそっくりだ)
その時ふいに彼はめまいを感じた。
そして自分の身体の中に違和感を覚えた。別の生命体がさざめく感覚。
(またか・・・こんなものを見てしまったせいか・・・)
彼はその場を離れるとラトラスの牧場に戻り、まず、村長にこのことを伝えて、獣は火葬にするよう指示をした。