子供の領分
そわそわとした様子で、アメリカはリビングにある木製の椅子に座っていた。
今日はイギリスが久し振りにアメリカの家に来る予定だった。広い土地に一人でいることの多いアメリカにとって、イギリスが来てくれるというのはお祭と同じぐらい楽しみな事だ。あまりにワクワクしすぎて、何時もより早く起きてしまったぐらいである。
イギリスの到着を待つだけで手持ち無沙汰なのだろう、まだ幼いアメリカの足が僅かに床から浮いて、退屈そうにふらふらと揺れている。窓から差し込む午後の日差しがアメリカのブロンドを輝かせるなか、アメリカは机へと頬をくっ付けた。
「イギリス、まだかなあ。待ちくたびれちゃうよ」
小さく呟きながら、目の前に置いた木彫りの人形達をちょこんとつつく。イギリスがこの前に来た時にくれた、木彫りの兵隊人形だ。完璧にハンドメイドなその人形達は、街角で売られているものよりも生き生きとしているように見える。アメリカは、貰ったばかりのこの人形達をとても気に入り、大事にしていた。イギリスから物を貰うのは珍しい事ではないが、大抵は紅茶のように形が残らないものや、綿織物などの国としての支援物資が主である。こうして形が残り、且つ一人の人格としてのアメリカに対するプレゼントというのはあまりないことだった。勿論、紅茶や綿織物だってイギリスが自分のためを思ってくれた物なのは解っているし、嬉しいとは思っている。それでもやっぱり、国全体ではなくて、『自分』のためだけに用意された、しかもイギリス自身が手間を割いて作ってくれた物には敵わない。
本当に嬉しくて、寝る時も傍においていると言ったら、イギリスはどう思うだろう。びっくりして呆れるだろうか。それともアメリカと同じぐらい喜んでくれるだろうか。どちらにしても、きっとイギリスは幸せそうに柔らかく笑ってくれるに違いない。
イギリスの優しい笑顔を思い浮かべただけで、アメリカの胸がほんのりと暖かくなる。アメリカはイギリスのことが好きだったが、笑顔は特に好きだった。
「そうだ!」
不意にアメリカは大きな声と共に顔を上げた。それから飛び跳ねるように椅子から降りる。
イギリスにプレゼントのお返しをあげよう。今までアメリカはイギリスから貰ってばかりで、アメリカがお返しをした事はほとんどなかった。「お前が喜んでくれれば十分だ」なんてイギリスは言うけれどアメリカだってイギリスを喜ばしてあげたいのだ。
「我ながら名案だなあ! イギリスもきっと驚くぞ」
楽しげな笑みを浮かべながら、アメリカは同意を求めるように兵隊人形に視線を向ける。自身の気分が高ぶっているからだろう、アメリカの目には、人形も楽しげな表情をしているように見えた。その様子に、満足げな様子で笑みを深くしてから、アメリカは部屋の中にある戸棚へと歩み寄った。
「ええと、『近くの森にいってきます』っと……」
そんなにずっとは出かけないけど、万が一イギリスがアメリカのいない間に来た時のために、戸棚の引き出しから紙と鉛筆を引っ張り出してメモを書く。スペルの間違いがないか、字はちゃんと読めるかの確認も忘れない。イギリスは基本的にアメリカに甘いが、こういった事にはうるさいのだ。
「ん! 完璧だ!」
何度か短い文字の間に視線を滑らせて、アメリカはそれを机に置いた。ついでにと、目印と重石代わりに兵隊人形を一人、紙の上に立たせる。これでイギリスもちゃんち気付いてくれるだろう。
「よし!」
最後の確認とばかりに部屋全体を眺めて大袈裟な素振りで頷いてから、アメリカは部屋の隅っこに転がっていた肩下げの小さな革鞄を掴むと、勢いよく部屋から飛び出して行った。
アメリカが住んでいる家の裏には、大きな森がある。
イギリスの家の横にある森ほど動物達はいないが、それでも人気のほとんど無い家よりは遥かに賑やかなそこへ、アメリカはよく遊びに来ていた。
「よいしょ、っと」
アメリカはひょいひょいと上手に木の枝や根っこを避けながら、獣道を進んでいく。
アメリカが目指しているのは、森の中にある大樹だった。まるで太陽に向かって背伸びをしているようなその大きな樹を、アメリカはとても気に入っていた。日当たりがとても良いから、天気の良い日に日向ぼっこをするのには最適なのだ。それに、その樹からちょっと行った所には、イギリスもびっくりするぐらい綺麗な場所がある。
「今度イギリスもつれてきてあげようかなあ」
まだあの場所をイギリスに見せてない事に気付いて、アメリカは声に漏らして呟いた。
あの素敵な場所をイギリスが知らないのは、なんだかとても残念な事にアメリカには思えた。あの場所はアメリカにとって誰にも教えたくない秘密基地のようなものだけど、イギリスになら特別に言ってもいい。でも、ただ教えるのじゃつまらない。
「そうだ! どうせならこれもお返しにすればいいじゃないか! 秘密の場所をプレゼントなんて、ちょっとロマンチックだなあ」
ぱっと思いついたことではあるけれど、案外に良いかもしれない。イギリスは変な幻覚を見ちゃうぐらい、森や動物が大好きだから。
アメリカが自分の考えに頬を緩ませていると、ようやく目的地へと到着した。何度も来ている場所なのに、いつ見てもアメリカの何十倍以上の大きさの樹に圧倒されてしまう。挨拶の代わりに大樹へと二度軽く触れてから、アメリカは視線を周囲へとめぐらせた。
「ええと、確かあの辺りだったかな」
うーんと唸りながら樹の裏側に回ると、すぐ目の前に小高い崖が見えた。子供が登るには少々傾斜がきつい崖であるが、アメリカは迷いのない足取りでそこへと足を向けた。ひたすら、上へ上へと登っていく。幸いにも、丁度良い具合に木の根や岩肌が出っ張っているので、そう登る事に苦労はしない。この前に来た時はまだ寒い時期だったから、地面が滑りやすくて凄く大変だった。
それでも何度もずり落ちそうになったり、転びかけたりしたせいで、真ん中まで登った段階で既にアメリカの膝や掌は土で汚れてしまっていたが、アメリカは気にした風もなく進んでいく。それから暫くしないうちに、アメリカは終着点である崖の上へたどり着いた。
最後に少し高くなっている場所をよじ登ったアメリカの目の前に現れたのは、一面に広がる花畑だった。色とりどりの花達がそよ風に揺れて、まるでアメリカを歓迎しているようだ。蕾のものもチラホラとあるのは、今がまだ春になったばかりだからだろう。
「よし!」
暫く風景に見蕩れた後、アメリカは勢いの良い掛け声と共にひとつ力強く頷くと、できるだけ花を踏まないようにしながら中へと進んでいった。
今日はイギリスが久し振りにアメリカの家に来る予定だった。広い土地に一人でいることの多いアメリカにとって、イギリスが来てくれるというのはお祭と同じぐらい楽しみな事だ。あまりにワクワクしすぎて、何時もより早く起きてしまったぐらいである。
イギリスの到着を待つだけで手持ち無沙汰なのだろう、まだ幼いアメリカの足が僅かに床から浮いて、退屈そうにふらふらと揺れている。窓から差し込む午後の日差しがアメリカのブロンドを輝かせるなか、アメリカは机へと頬をくっ付けた。
「イギリス、まだかなあ。待ちくたびれちゃうよ」
小さく呟きながら、目の前に置いた木彫りの人形達をちょこんとつつく。イギリスがこの前に来た時にくれた、木彫りの兵隊人形だ。完璧にハンドメイドなその人形達は、街角で売られているものよりも生き生きとしているように見える。アメリカは、貰ったばかりのこの人形達をとても気に入り、大事にしていた。イギリスから物を貰うのは珍しい事ではないが、大抵は紅茶のように形が残らないものや、綿織物などの国としての支援物資が主である。こうして形が残り、且つ一人の人格としてのアメリカに対するプレゼントというのはあまりないことだった。勿論、紅茶や綿織物だってイギリスが自分のためを思ってくれた物なのは解っているし、嬉しいとは思っている。それでもやっぱり、国全体ではなくて、『自分』のためだけに用意された、しかもイギリス自身が手間を割いて作ってくれた物には敵わない。
本当に嬉しくて、寝る時も傍においていると言ったら、イギリスはどう思うだろう。びっくりして呆れるだろうか。それともアメリカと同じぐらい喜んでくれるだろうか。どちらにしても、きっとイギリスは幸せそうに柔らかく笑ってくれるに違いない。
イギリスの優しい笑顔を思い浮かべただけで、アメリカの胸がほんのりと暖かくなる。アメリカはイギリスのことが好きだったが、笑顔は特に好きだった。
「そうだ!」
不意にアメリカは大きな声と共に顔を上げた。それから飛び跳ねるように椅子から降りる。
イギリスにプレゼントのお返しをあげよう。今までアメリカはイギリスから貰ってばかりで、アメリカがお返しをした事はほとんどなかった。「お前が喜んでくれれば十分だ」なんてイギリスは言うけれどアメリカだってイギリスを喜ばしてあげたいのだ。
「我ながら名案だなあ! イギリスもきっと驚くぞ」
楽しげな笑みを浮かべながら、アメリカは同意を求めるように兵隊人形に視線を向ける。自身の気分が高ぶっているからだろう、アメリカの目には、人形も楽しげな表情をしているように見えた。その様子に、満足げな様子で笑みを深くしてから、アメリカは部屋の中にある戸棚へと歩み寄った。
「ええと、『近くの森にいってきます』っと……」
そんなにずっとは出かけないけど、万が一イギリスがアメリカのいない間に来た時のために、戸棚の引き出しから紙と鉛筆を引っ張り出してメモを書く。スペルの間違いがないか、字はちゃんと読めるかの確認も忘れない。イギリスは基本的にアメリカに甘いが、こういった事にはうるさいのだ。
「ん! 完璧だ!」
何度か短い文字の間に視線を滑らせて、アメリカはそれを机に置いた。ついでにと、目印と重石代わりに兵隊人形を一人、紙の上に立たせる。これでイギリスもちゃんち気付いてくれるだろう。
「よし!」
最後の確認とばかりに部屋全体を眺めて大袈裟な素振りで頷いてから、アメリカは部屋の隅っこに転がっていた肩下げの小さな革鞄を掴むと、勢いよく部屋から飛び出して行った。
アメリカが住んでいる家の裏には、大きな森がある。
イギリスの家の横にある森ほど動物達はいないが、それでも人気のほとんど無い家よりは遥かに賑やかなそこへ、アメリカはよく遊びに来ていた。
「よいしょ、っと」
アメリカはひょいひょいと上手に木の枝や根っこを避けながら、獣道を進んでいく。
アメリカが目指しているのは、森の中にある大樹だった。まるで太陽に向かって背伸びをしているようなその大きな樹を、アメリカはとても気に入っていた。日当たりがとても良いから、天気の良い日に日向ぼっこをするのには最適なのだ。それに、その樹からちょっと行った所には、イギリスもびっくりするぐらい綺麗な場所がある。
「今度イギリスもつれてきてあげようかなあ」
まだあの場所をイギリスに見せてない事に気付いて、アメリカは声に漏らして呟いた。
あの素敵な場所をイギリスが知らないのは、なんだかとても残念な事にアメリカには思えた。あの場所はアメリカにとって誰にも教えたくない秘密基地のようなものだけど、イギリスになら特別に言ってもいい。でも、ただ教えるのじゃつまらない。
「そうだ! どうせならこれもお返しにすればいいじゃないか! 秘密の場所をプレゼントなんて、ちょっとロマンチックだなあ」
ぱっと思いついたことではあるけれど、案外に良いかもしれない。イギリスは変な幻覚を見ちゃうぐらい、森や動物が大好きだから。
アメリカが自分の考えに頬を緩ませていると、ようやく目的地へと到着した。何度も来ている場所なのに、いつ見てもアメリカの何十倍以上の大きさの樹に圧倒されてしまう。挨拶の代わりに大樹へと二度軽く触れてから、アメリカは視線を周囲へとめぐらせた。
「ええと、確かあの辺りだったかな」
うーんと唸りながら樹の裏側に回ると、すぐ目の前に小高い崖が見えた。子供が登るには少々傾斜がきつい崖であるが、アメリカは迷いのない足取りでそこへと足を向けた。ひたすら、上へ上へと登っていく。幸いにも、丁度良い具合に木の根や岩肌が出っ張っているので、そう登る事に苦労はしない。この前に来た時はまだ寒い時期だったから、地面が滑りやすくて凄く大変だった。
それでも何度もずり落ちそうになったり、転びかけたりしたせいで、真ん中まで登った段階で既にアメリカの膝や掌は土で汚れてしまっていたが、アメリカは気にした風もなく進んでいく。それから暫くしないうちに、アメリカは終着点である崖の上へたどり着いた。
最後に少し高くなっている場所をよじ登ったアメリカの目の前に現れたのは、一面に広がる花畑だった。色とりどりの花達がそよ風に揺れて、まるでアメリカを歓迎しているようだ。蕾のものもチラホラとあるのは、今がまだ春になったばかりだからだろう。
「よし!」
暫く風景に見蕩れた後、アメリカは勢いの良い掛け声と共にひとつ力強く頷くと、できるだけ花を踏まないようにしながら中へと進んでいった。