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金魚

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「ほんとに、良いの?」
「うん、良いんだ」
「あいつ、すっげー怒ると思うよ。泣いちゃうかもしれないよ?」
「あははは」

 それは、フランシスがアーサーの家を訪ねる、数時間前。
 海を越えてフランシスの下に辿り着いた小さな金魚が、今、まさに解体の時を迎えようとしていた。

「俺、約束したんだ。アーサーに、ずっと一緒にいてあげるって」
「だったら、なんで肉になろうとするわけ」
「当然だよ」
「当然? なにが当然?」
「……あのね、俺達の寿命は、短いよ?」
「……。ふーん。あとどんくらいなの、厳密に言うと」
「んーと、持って、あと一年くらいかなー」
「それだけあればいいじゃない。その間、ずっと傍にいてやれば良いのに」
「肉としての価値をなくして、固くなって不味くなって老いぼれてまで? そんなのやだよ。俺が生まれた意味がまるでないじゃないか!」
「でもさぁ……」
「まぁ、最後まで聞いてくれよ。それで、俺が肉になって、アーサーが食べてくれれば、そうすれば、俺達はずっと一緒にいられるだろ?」
「はぁ……血となり肉となり、ってやつ?」
「うん」
「そういう考え方、あいつは好かないとは思うけど」
「でも、俺はそうしたいと思った。このままでずっと一緒にいたんじゃ、お互いに最後には憎しみしか生まなくなるよ」
「そういうもん?」
「そういうもん。だから、好きでいて貰えるうちに、食べてもらいたい」
「……わかった。そこまで言うんだったら、解体してやっても良いけど」
「ほんとかい? よかったー!」
「ああ。でもそのかわり、あいつに手紙書いてやってくれ」
「てがみ?」
「てがみ」
「いいけど、なんで?」
「かたちになるもの、残してやりたいんだ」
「俺、字なんか書けないよ。家畜にはそんな知識必要ないし」
「俺が教えてやる」
「でも、なんて書けばいいんだい?」
「なんでも。あいつに対して思っていることを、素直に書いてみれば」
「なんだか照れくさいな。どうぞ召し上がれ、これからずっと一緒だよ、とか?」
「……いや、それはやめといてやれよ。あいつ天邪鬼だから、そんなこと言われたら棄てられかねないよ?」
「それは困るぞ。ちゃんと食べて欲しいんだ」
「じゃ、真剣に考えて」
「俺はいつだって真剣なのになー。そうだなぁ。……ありがとう。バイバイ。だいすきだよ。こんなことばで、どう?」
「ああ、いいじゃない。シンプルで」
「いいんだ? あははは」
「じゃ、書こうねー。オニーサンが一緒に書いてあげるから」
「……ねぇ。なんでオジサ……オニーサンはそこまでしてくれるんだ?」
「んー? そういや、なんでだろうな?」
「オニーサンは、アーサーのこと、好きなんだ?」
「まぁ、嫌いじゃないよ。黙っててくれればね」
「あはは。アーサーって、いちいち小言が多いよね」
「そうそう。寝てる間とかなら、ちょっとは可愛いと思うよ」
「……俺さ、金魚だから、いまいちわからないんだけど」
「なにが」
「もし兄弟が……お兄ちゃんがいたら、あんな感じだったと思うかい?」
「あー……。そうだなぁ」
「もし俺が人間の子供で、アーサーがお兄ちゃんだったら」
「だったら?」
「嬉しかったな」
「…………」
「……なぁ、絶対いちばん美味しいところ、アーサーに持っていってくれよ。誤魔化したりしたら、一生恨むんだぞ。その時は俺は死んでるんだけど、おばけになって出てくるんだからな」
「んなことしないって。オニーサンを信じなさい」
「うん。信じる。信じるよ。だからさ、よろしくおねがいしますっ」
「……悪いな、アーサー。俺はこの子の頼み、断りきれなかったよ」
 恨むなら、俺を恨みな。自分を責めるなよ。
 純粋無垢な、幼い金魚に聞こえないように、フランシスはそっと呟いた。
 問題の金魚は、幸せそうに空色の瞳を瞼の内側にしまって、最後の夢を見ていた。
 早朝。
 アーサーの部屋を出て行く前に、金魚はそっと彼の髪に触れた。
 その唇にキスを贈った。
 アーサーに教えて貰った、ヒトが好きなヒトに贈る行為。精一杯の大好きを込めて。
 お別れのつもりだった。
 俺をここまで育ててくれて、どうもありがとう。
 いっぱいお喋りしてくれて、本当の弟のように優しくしてくれて、愛してくれて、どうもありがとう。
 そんな気持ちを込めて、すやすや眠る彼の唇にそっとキスをする。
(もし俺が人間だったら、違う結末もあったのかな)
 そのことを思うとちょっぴり残念だったけれども、しかし、自分は金魚なのだ。
 だから、こうすることでしか、君に恩を報いる手段が無い。
 アーサー。アーサー。
 ごめんね。
 俺だけ幸せなのかな。
 ごめんね。
 ありがとう。
 バイバイ。
 だいすきだよ。


 これからは、ずっと一緒だね。



END
作品名:金魚 作家名:鈴木イチ