言葉では足りないこの気持ちを、
珍しいことに上司からまとまった休みを貰えることになった。突然のことに目を瞬いていると上司は苦笑して俺の目を指差して言った。目の下に隈が出来ているぞ、と。俺は思わず目の下に手を当てた。目の下に隈…?特に隈が出来るほど働いた覚えもないし無理をした覚えもないので隈なんて出来るはずがないのだが…と疑問に思って首を傾げていると上司がふふっと笑って「お前は自分のことに関しては鈍感だな。」と失礼なことを言いやがった。鈍感ってなんだよ。
「まぁとにかく。今は無理して働いてもらうような重要な仕事はない。10日ほど休みをやるからどこか旅行でも行って気分転換でもしたらどうだ?そうだな…今ある仕事を終わらせて…だいたい休みは1週間後くらいになるか」
「旅行…か。そうは言っても国である俺が行ったところで相手の国の奴らになんて言われるか――」
何をしに来たと怪しまれるのがオチだ。それに今更他国に観光と言われても会議のたびに各国を巡っている身としてはいまいちピンとこないのが正直な感想だ。
観光ねぇ…とあまり気乗りがしないんだが、と上司に伝えてみるが、上司はそんな俺の言葉を予想としていたのだろう笑いながら首を振って答えた。
「それじゃあアーサー・カークランドとして楽しんで来ればいい」
上司の言葉に、それもそうだと納得した。イギリスとしてなら何度も訪問したことのある国々でもアーサーというイギリス人として楽しむために観光となれば、また違ってくるだろう。それに…知らず知らずのうちに上司にまで心配掛けてしまっていたんだなぁと思うと少し情けない。それにせっかくの上司の好意だ。もしかしたらこの先ないかもしれない奇跡に今は素直に甘えておくことにしようと決めて、有難く上司の申し出に頷いた。この鬼畜上司のことだ、やっぱり休暇は無しだ、とか言いかねない。
「…なんか失礼なこと考えてないか?」
「い、いや。気のせいだろう」
……妙に鋭い上司はこれだから困るんだ。
***
「さて、どうしたもんかな…。」
旅行のパンフレットをテーブルの上に広げ、俺は考え込んでいた。
旅行へ行くことになったはいいが、そもそも何処へ行きたいのか全く決まっていない。大抵のところは会議などで訪れているので今更観光のために何処へ行けばいいか考えあぐねていた。長く生きてる分、色々な国の文化遺産などすでに観光済みなので行くところがないといえば、ない。
休日の日はだいたい家で過ごすことの方が多いが他国で会議があると、たまにだがぶらぶらと観光したりすることもある。個人的にドイツとイタリアは好きだ。……アイツらじゃなくて国の雰囲気の話だからな。俺のところは年中曇ってたり雨が降ってたりすることが多くて薄暗いイメージを持たれがちだから年中賑やかなイタリアとか外見ムキムキでごついくせに玩具とかテディベアとか可愛いものが多いドイツとか…実は自分好みだったりする。イタリアのところは世界遺産も多いし料理も美味い。ドイツのところもビールが美味しくて、綺麗な城も多い。日本なんかドイツのところにある城見て写真撮りまくってたらしいからな。「これがあの有名なあの童話のモチーフになったお城…!感動で言葉も出ません…綺麗ですねぇ…。あ、ところでドイツさんカボチャの馬車とかないのですか?」「……夢を見すぎだ、日本…。」とかなんとか日本とドイツがそんな話をしているのを聞いたことがある。
行くとしたらその2国のどちらかになるのだが…この際だからイタリア→ドイツ経由で2つ回ってみてもいいかもしれない。
だいたいの行き先が定まってきて、始めは気が乗らなかったものの段々と楽しみに思えてきた自分がいてちょっと複雑な気もする。俺も大概現金だよなぁ、なんて思いながら続けて旅行のパンフレットに目を通しているとガンガンと玄関からノッカーを勢いよく叩く音が聞こえてきた。……この失礼極まりない叩き方…もしかして…。
「イーギーリースー!遊びに来たんだぞー!」
「げっ…アメリカ…!」
なんでこう、コイツは妙なタイミングで来るんだよ、やっぱ空気読めねぇ奴だな!せっかくの楽しい気分が台無しじゃねえか!
ぶちぶちと文句を垂れながらドアが壊れそうなくらい勢いよく叩き続けるアメリカにうっせぇな、今あけるっつーんだよ、ばか!と暴言を吐きながら玄関の鍵をあけてやる。鍵をあけた途端、すぐさまドアを開かれて顔を覗かせたのは不機嫌そうな面を晒したアメリカの姿。なんでこんな不機嫌そうなんだコイツ。
「開けるのが遅いんだぞ、イギリス!」
「うっせぇ!文句垂れるくらいなら事前に連絡入れろっていつも言ってんだろうが!」
「喉が渇いたよイギリス、コーヒー入れてくれよ!」
「人の話聞けよテメェ!そんなお前なんか水道水で十分だ、飲んで腹でも下せクソが」
チッと舌打ちして冷蔵庫の中からミネラルウォーターを出してコップについでやった。さすがに何でも食うコイツでも水道水飲ませて腹でも下したら目覚めが悪い。一応浄水器はついているが……まぁ、べ、別にコイツのためじゃなくて腹下して俺のせいにされるのが嫌なだけなんだからな。
アメリカの前に水を置いてやると「えー」と顔を顰めて不満そうな声をあげた。そんな声出されても知るか。
「えー。コーヒーはないのかい?」
「ねぇよ、俺の家でコーヒー要求すんな。まぁ、紅茶なら入れてやらなくもないけどな」
「いらないよ、そんなモン」
「そんなモン呼ばわりすんな、バカ!」
ちっ…イギリスに来てコーヒー要求する奴なんかお前くらいだ。溜息をついてからテーブルの上に置きっぱなしにしたままの旅行雑誌を一つに纏めて自室へ持っていこうと踵を返すと、その同じタイミングで腕を掴まれた。なんだ?と首だけをアメリカの方へ向けると視線は俺の方ではなく俺の持っている旅行のパンフレットの方へと向けられていた。
…やべぇ、コイツが部屋に入る前に隠しておくべきだった。
「イギリス、君、旅行雑誌なんか見てどこか行くのかい?」
「あ~…いや、まぁ…特に気分転換に見てただけだ。行く予定はない」
どうせ行くなんて行ったら「きみ、友達いないくせに誰と行くんだい?もしかして一人とか寂しすぎること言うんじゃ…」なんて嫌味を垂れてくるに違いない。俺はそう咄嗟にアメリカ言うであろう言葉を思い浮かべ、慌てて否定の言葉を取り繕った。…が、目の前に居る奴の顔は俺の言うことを信じている素振りを全く見せず、100%疑っていますという眼差しで無言で睨みつけてくる。
「……な、なんだよ」
「……本当に見てただけ?」
「そ、そうに決まってんだろ!別にドイツに行きたいとかイタリアに行きたいとか美味しいビール飲みてぇとか思ってねぇんだからな!」
「ふーん、そうかい」
そうかい、とあっさりとした答えを返しながらも、アメリカの俺を見る視線はさらに鋭いものへと変わっていく。これはあきらかに疑われてると思って間違いない。目は口ほどに物を言う、なんて聞くが今がまさにそんな状態だ。これはさっさと吐いておかないと後々面倒なことになるだけだ、と長年の経験からアメリカの心情を読み取ると「け、けどな!」と俺は慌てて付け加えた。
「まぁとにかく。今は無理して働いてもらうような重要な仕事はない。10日ほど休みをやるからどこか旅行でも行って気分転換でもしたらどうだ?そうだな…今ある仕事を終わらせて…だいたい休みは1週間後くらいになるか」
「旅行…か。そうは言っても国である俺が行ったところで相手の国の奴らになんて言われるか――」
何をしに来たと怪しまれるのがオチだ。それに今更他国に観光と言われても会議のたびに各国を巡っている身としてはいまいちピンとこないのが正直な感想だ。
観光ねぇ…とあまり気乗りがしないんだが、と上司に伝えてみるが、上司はそんな俺の言葉を予想としていたのだろう笑いながら首を振って答えた。
「それじゃあアーサー・カークランドとして楽しんで来ればいい」
上司の言葉に、それもそうだと納得した。イギリスとしてなら何度も訪問したことのある国々でもアーサーというイギリス人として楽しむために観光となれば、また違ってくるだろう。それに…知らず知らずのうちに上司にまで心配掛けてしまっていたんだなぁと思うと少し情けない。それにせっかくの上司の好意だ。もしかしたらこの先ないかもしれない奇跡に今は素直に甘えておくことにしようと決めて、有難く上司の申し出に頷いた。この鬼畜上司のことだ、やっぱり休暇は無しだ、とか言いかねない。
「…なんか失礼なこと考えてないか?」
「い、いや。気のせいだろう」
……妙に鋭い上司はこれだから困るんだ。
***
「さて、どうしたもんかな…。」
旅行のパンフレットをテーブルの上に広げ、俺は考え込んでいた。
旅行へ行くことになったはいいが、そもそも何処へ行きたいのか全く決まっていない。大抵のところは会議などで訪れているので今更観光のために何処へ行けばいいか考えあぐねていた。長く生きてる分、色々な国の文化遺産などすでに観光済みなので行くところがないといえば、ない。
休日の日はだいたい家で過ごすことの方が多いが他国で会議があると、たまにだがぶらぶらと観光したりすることもある。個人的にドイツとイタリアは好きだ。……アイツらじゃなくて国の雰囲気の話だからな。俺のところは年中曇ってたり雨が降ってたりすることが多くて薄暗いイメージを持たれがちだから年中賑やかなイタリアとか外見ムキムキでごついくせに玩具とかテディベアとか可愛いものが多いドイツとか…実は自分好みだったりする。イタリアのところは世界遺産も多いし料理も美味い。ドイツのところもビールが美味しくて、綺麗な城も多い。日本なんかドイツのところにある城見て写真撮りまくってたらしいからな。「これがあの有名なあの童話のモチーフになったお城…!感動で言葉も出ません…綺麗ですねぇ…。あ、ところでドイツさんカボチャの馬車とかないのですか?」「……夢を見すぎだ、日本…。」とかなんとか日本とドイツがそんな話をしているのを聞いたことがある。
行くとしたらその2国のどちらかになるのだが…この際だからイタリア→ドイツ経由で2つ回ってみてもいいかもしれない。
だいたいの行き先が定まってきて、始めは気が乗らなかったものの段々と楽しみに思えてきた自分がいてちょっと複雑な気もする。俺も大概現金だよなぁ、なんて思いながら続けて旅行のパンフレットに目を通しているとガンガンと玄関からノッカーを勢いよく叩く音が聞こえてきた。……この失礼極まりない叩き方…もしかして…。
「イーギーリースー!遊びに来たんだぞー!」
「げっ…アメリカ…!」
なんでこう、コイツは妙なタイミングで来るんだよ、やっぱ空気読めねぇ奴だな!せっかくの楽しい気分が台無しじゃねえか!
ぶちぶちと文句を垂れながらドアが壊れそうなくらい勢いよく叩き続けるアメリカにうっせぇな、今あけるっつーんだよ、ばか!と暴言を吐きながら玄関の鍵をあけてやる。鍵をあけた途端、すぐさまドアを開かれて顔を覗かせたのは不機嫌そうな面を晒したアメリカの姿。なんでこんな不機嫌そうなんだコイツ。
「開けるのが遅いんだぞ、イギリス!」
「うっせぇ!文句垂れるくらいなら事前に連絡入れろっていつも言ってんだろうが!」
「喉が渇いたよイギリス、コーヒー入れてくれよ!」
「人の話聞けよテメェ!そんなお前なんか水道水で十分だ、飲んで腹でも下せクソが」
チッと舌打ちして冷蔵庫の中からミネラルウォーターを出してコップについでやった。さすがに何でも食うコイツでも水道水飲ませて腹でも下したら目覚めが悪い。一応浄水器はついているが……まぁ、べ、別にコイツのためじゃなくて腹下して俺のせいにされるのが嫌なだけなんだからな。
アメリカの前に水を置いてやると「えー」と顔を顰めて不満そうな声をあげた。そんな声出されても知るか。
「えー。コーヒーはないのかい?」
「ねぇよ、俺の家でコーヒー要求すんな。まぁ、紅茶なら入れてやらなくもないけどな」
「いらないよ、そんなモン」
「そんなモン呼ばわりすんな、バカ!」
ちっ…イギリスに来てコーヒー要求する奴なんかお前くらいだ。溜息をついてからテーブルの上に置きっぱなしにしたままの旅行雑誌を一つに纏めて自室へ持っていこうと踵を返すと、その同じタイミングで腕を掴まれた。なんだ?と首だけをアメリカの方へ向けると視線は俺の方ではなく俺の持っている旅行のパンフレットの方へと向けられていた。
…やべぇ、コイツが部屋に入る前に隠しておくべきだった。
「イギリス、君、旅行雑誌なんか見てどこか行くのかい?」
「あ~…いや、まぁ…特に気分転換に見てただけだ。行く予定はない」
どうせ行くなんて行ったら「きみ、友達いないくせに誰と行くんだい?もしかして一人とか寂しすぎること言うんじゃ…」なんて嫌味を垂れてくるに違いない。俺はそう咄嗟にアメリカ言うであろう言葉を思い浮かべ、慌てて否定の言葉を取り繕った。…が、目の前に居る奴の顔は俺の言うことを信じている素振りを全く見せず、100%疑っていますという眼差しで無言で睨みつけてくる。
「……な、なんだよ」
「……本当に見てただけ?」
「そ、そうに決まってんだろ!別にドイツに行きたいとかイタリアに行きたいとか美味しいビール飲みてぇとか思ってねぇんだからな!」
「ふーん、そうかい」
そうかい、とあっさりとした答えを返しながらも、アメリカの俺を見る視線はさらに鋭いものへと変わっていく。これはあきらかに疑われてると思って間違いない。目は口ほどに物を言う、なんて聞くが今がまさにそんな状態だ。これはさっさと吐いておかないと後々面倒なことになるだけだ、と長年の経験からアメリカの心情を読み取ると「け、けどな!」と俺は慌てて付け加えた。
作品名:言葉では足りないこの気持ちを、 作家名:こはる