言葉では足りないこの気持ちを、
「おまえ、俺が旅行行くとか言ったら絶対にからかってただろっ!友達いないくせに旅行に行って楽しいのか、とか!」
「そんなこと言わないよっ!」
すぐさまアメリカから鋭い反論の声が上がった。思わず「ひゃっ」と変な声が出てしまい、慌てて口を押さえた。いつの間にかソファから立ち上がって俺の腕を痛いくらいに掴むアメリカは俺の目から見てもすぐに怒っていると見て分かる。どうして急に怒り出したのかワケが分からず「な、なんで怒ってんだよっ」と尋ねると彼は暫く黙って俺を睨んでいたが、やがて溜息をついた。
「誰と行くの」
「………え?」
「誰と行くのかって聞いてるんだよ」
抑え気味に、だがあきらかに怒っていますと分かる声色のアメリカに俺は少したじろいだ。なんでこんな怒ってんだ、コイツ。俺は正直に答えたじゃんか、なんでそれで怒られなくちゃいけねぇんだよ。そう反論したいのだが、いつになく本気で怒るアメリカに今は余計な口を挟むなと頭のどこかで警鐘を鳴らす音が聞こえた気がして、思わず口を噤んだ。それに気付いたアメリカがピクリと眉を顰め「俺には答えられない?」とまるで威嚇するかのように低い声で言うものだから思わず生唾を飲み込んで、かつての弟を見やった。なんなんだ、この状況は?なんでここまで圧倒されなくちゃいけないんだよ。俺、今日は何もしてねぇだろ!…何もしてねぇ…よな?
「あ、アメリカ…?」
「なんだい」
「なんで…その……そんな怒ってんだよ?」
「…きみには怒っているように見える?じゃあ俺は怒ってるんだろうね。ああ、もう…!ほんと、きみは鈍感すぎて嫌になるよ!」
「な、なんだよそれ、どういうことだよ!」
「さあね、自分で考えなよ。それよりさっきの質問の答えがまだだよ。ねぇ、旅行。誰と行くんだい?」
雑誌を握っていた腕も掴まれ、無理矢理アメリカの方へと体を向けさせられた。体のどこかでグキッと骨が鳴る音が聞こえ思わず反射的に「痛っ…!」と非難の声が口から飛び出すがアメリカはそんな俺の様子を気にも留めず、ぐっと両肩を掴んだだけだった。力加減があまり出来ていない、痛い、いつもはあれで加減してくれていたのか…と一瞬思うが、ならどうして今は加減できないのだろう。どうしてそれほどまでに動揺しているのか。俺を見るスカイブルーの瞳がいつになく真剣みを帯びていて、それは怒っているようにも見えるが不満そうにも、そして何故か悲しそうにも見えた。その瞳を目の当たりにし俺はアメリカから視線をそらして聞こえるか聞こえないかくらいの小さな声で答えた。
「……まだ決めてねぇ」
「え?」
「旅行だ、旅行!旅行雑誌見てたけど何処に行くか誰と行くかなんて決めてねぇし考えてもねぇ!まぁ、ドイツかイタリア辺りなんかがいいかなって目星つけてたりしたが、まだ行き先だって決まってない状態なんだよ!これで満足だろ、さっさと離せ!指が肩に食い込んで痛ぇんだよ!」
「それ、本当なのかい?ウソだったらただじゃおかないんだぞ」
「お前にウソついて俺に何のメリットがあるっつーんだ、あぁ?んなワケの分かんねぇウソつくか!」
「でもきみ…さっき俺が旅行雑誌見てどこへ行くのかって聞いたらただ見てただけ、なんてウソ言ったじゃないか」
「ウソじゃねぇよ。現に見てただけだしな、まだプランも決まってねぇし」
悪かったな、寂しい野郎で。どうせ俺は旅行一緒に行くほど仲の良い友達いねぇよ。だからってお前に迷惑かけるワケでもねぇんだから別に俺が誰と一緒に旅行に行こうがお前には関係ねぇだろうが!
そう最後に叫ぶとアメリカは再びムッとした表情を見せて、両肩から離そうとしていた手に再び力を入れなんと体を引き寄せてきた。鼻がアメリカの肩にがつんとぶつかり、痛いと非難の声をあげて鼻を擦るがそれについての謝罪もなしにアメリカは話し始めた。
「きみに関係なくても、俺には大いに関係のある話だよ。良かったねイギリス、まだ誰とも旅行の話が纏まってなくて。もう既にそういう話が纏まっていたらありとあらゆる手を尽くしてぶち壊しにしてたところだったよ!」
「なに爽やかな顔して恐ろしいこと言ってんだテメェは!いいか、だから別に俺が誰と旅行に行こうがお前に関係――」
「あるんだよ。まだ分からないのかい?しょうがないねきみは、どこまでお鈍さんなんだか」
そう言って肩を掴んでいた手から力が抜けていって、代わりに頬に手が触れた。優しく頬を撫でる手は時折瞼に触れてみたり髪をかきあげてみたりと、なんだかとてもくすぐったい感じだ。止せ、やめろ。と腕を振り払おうとすれば逆に腕を掴まれ、何故か指は俺よりも大きなアメリカの手に絡めとられていた。なんだこれ。どういうことだ。何してんだコイツは。
「参ったね。タイミングを伺ってはいたけど、まさかこんなにも早くにきみに告げることが出来るなんて思わなかったんだぞ」
「な、何がだ。つーか手ぇ離せよ、何だよコレは!」
「いや、念のためっていうか」
「はぁ?」
念のためってなんだよ、そう問いかけようとした俺はアメリカの唐突な行為に頭が真っ白になるのを感じた。アメリカの唇が自分の唇に触れている。瞼を閉じる余裕すらない唐突な行為に反応が遅れた。何をしやがる、と殴り飛ばしてやろうと拳を作ろうとした手はアメリカの大きな手に絡めとられていて、念のためってまさかこの時のための予防策か畜生アメリカの奴、姑息な手ぇ使いやがって!と半ば現実逃避に近いことを思いながら、とりあえず、どこがどうなってこうなってんのか誰でもいい詳しく教えてくれ。
唇を重ねられている間、ぼんやりと相手の顔を眺めながら混乱して真っ白になった頭を整理していると、俺の様子に気付いたアメリカが漸く唇を離してくれた。数秒の出来事だったはずなのに、何分も何十分も長い間されていたような感覚がする。アーサー?と吞気な声で呼びかけるアメリカに咄嗟に頭突きを食らわすが予想していたのか体を反らすことで俺の攻撃は回避された。くそっ、アメリカのくせに!
「いきなり何すんだバカァ!おまっ…何考えて…!ちくしょう…死ねぇええ!」
「うわっ、いきなり頭突きしてくるなんて酷いじゃないか!」
「酷いだと!?いきなりキスかましてくる奴に酷いなんて言葉使って欲しくねぇんだよ死ね!なんだよワケ分かんねぇ、とりあえず返しやがれ!」
「返していいの?じゃあ遠慮なく」
「うわバカ、顔近づけんな、ちょ、ばかああ死ねええええ!!」
もう一度寄せられる唇に咄嗟に顔を横に反らして回避する、唇は死守したがちゅっとこめかみにキスをされてかああっと顔が熱くなる。さっきからコイツ何してんだよ、意味分かんねぇ!なんだ、新手の嫌がらせか何かなのか!?
「きみねぇ…。そんな死ね死ね連呼しないでくれないかい?」
「うるせぇ!てめぇなんか死んじまえ!新手の嫌がらせにしては性質悪すぎんだろうが!もう気がすんだだろ、帰れよ!」
「嫌がらせ?何言ってんだい、嫌がらせでキスなんか出来るワケないだろ」
「じゃあなんだ!まさか俺のことが好きだとかぬかしやがるのか?ハッ、そんなの」
「好きだよ」
作品名:言葉では足りないこの気持ちを、 作家名:こはる