空の墜落
男が流川をにらむ理由を、流川は知っている。すべてを知ったのだ、知った上でここに来たのだと流川は思う。
腕をつかんでいた手はひどく熱くて、真夏の屋上を思い出させた。何にも知らずにいたらよかったのだろうか、だがそれも違う、流川は自問自答を繰り返しながら瞬きをする。
「何とか言ってみろ!!クソギツネ!!!」
男の望んでいる言葉を流川は知らなかった。いったい何を言えばこの男は満足するのだろうと、途方もないことを流川は考える。
ここで家族のことを、家業のことを話す意味はないだろう。男の家業も流川と大して変わらないのだから、説明は無意味だ。隠していたことを説明しろというのも、考えればわかることだろう、こいつだって黙っていたのだから、流川は考える。
「お前はどうしたかったんだ。」
流川は言った。自分でも驚くほどの低い声だった。
眼の前の男は、そんなこと興味無いとでも言いたげに鼻を鳴らし、吐き捨てるように言葉を吐く。
「如何こうの問題じゃねぇ。」
「じゃあなんで、のこのこ俺の呼び出しに答えたんだ。」
「手前が呼んだからに決まってんだろ。」
「俺がどういう立場か知ってんだろ。」
「うるせぇよ!!」
またほほに痛みが走る。パタパタと何か冷たい水滴が肌をぬらすので、雨が降ってきたんだと流川は思う。瞼を上げると、どんよりした雲から銀色の粒がさあさあと落ちてくるところだった。
赤い髪の男は荒い息を吐いていた、伸びた前髪の下の目は、相変わらず強い意志を伝えている。この男はいったい何を思ったんだろうと、多分一生かかっても理解できないところを流川は思った。それから、男をここへ呼び出した自分はいったい何がしたかったんだろうと思った。
雨脚の強くなった雨を感じながら、こいつが他人であるかもしれないなんてそんなどうしようもないことを今でも流川は少しばかり信じている。
眼前の男の髪をぬらし、頬へ伝っていく雨粒を見ながら、まるで泣いているようだと一度も見たことがない男の表情を夢想した。