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【腐】ユスラウメの棘

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 静雄が新宿にある臨也の事務所兼自宅マンションに着いたのは、日付を超えてしばらく経った頃だった。
 オートロックという文明の利器をあっさりと破壊し、扉の前で静雄は紫煙を燻らせながら静かに佇んでいた。部屋の中が無人である事は外からも確認できたし、実際居留守を使われているような気配もない。オートロックと同じようにドアノブを壊して中に入る事は静雄にとって簡単な事だったが、静雄は敢えてそれをしなかった。
 マンションの入り口の時点で臨也も気づくだろうが、部屋の前で待ち伏せるというのも、中々面白いものがある。案の定、エレベーターから降りてきた臨也は、見たくないものを見たと言わんばかりの呆れた表情を貼り付けていた。
「玄関で待ち伏せなんて、随分と悪趣味だねえ」
 嫌味たっぷりに言い放つ臨也に対して、静雄はふつふつと沸き立つ苛立ちを抑える事はしなかった。要らぬ努力をしたところで、結局は臨也の言葉に挑発されてしまうのだから。
「手前のそのシケた面殴るんだったら、ここで待ってる方が確実だからな」
「へぇ……殴りにきたの? 俺、シズちゃんに殴られる覚えはないんだけどなあ」
 わざと間延びした口調で、臨也は静雄を挑発する。
「ノミ蟲の分際でその呼び方は止めろ。それに、俺が殴りたいから殴りに来た、それだけだ」
「なにそれ。つか、俺がそれ聞いて素直にはいそうですか、なんて言うと思った?」
 諍いじみた言葉の応酬はいつもの事だ。顔を見るなり問答無用とばかりに手近な標識だのガードレールだのを振り回す事も少なくないので、こうして会話をするのはもしかしたら久しぶりかもしれないが。静雄にとっては、どうだって良い事だ。
 短くなった煙草を携帯灰皿に押し付け、昼間からかけっぱなしだったサングラスを静雄はここぞとばかりに外した。
 高級マンションとはいえ、部屋と部屋を繋ぐ廊下が狭いことに変わりはない。加えて、ここには静雄が武器にできそうなものもそうそう置かれていない。肉弾戦に持ち込めばどうにでもなるかもしれないが、懐にナイフを隠し持つ臨也の方が、この場においては有利な状況であった。
「おい、ノミ蟲」
「シズちゃんだってその呼び方止めてよ」
「手前、今度は何を企んでやがる……?」
 静雄がわざわざ新宿まで足を運んだ理由はおもにふたつ。そのうちのひとつが、この数日池袋に姿を見せなかったことだ。
 これまでに何度となく、静雄は臨也の策略に巻き込まれてきた。その度にふたりの仲はより険悪なものへと変貌を遂げている。臨也が池袋に姿を見せないのを、静雄はまた新たな争乱を巻き起こす為の根回し期間だとほぼ断定していた。
「別に、なーんにも」
「ブクロが静かなのはいいことだ。だけど、どうにも手前が絡んでる気がしてならねえ」
「希望的観測でモノを言うのはやめようよ、シズちゃん。俺だって、いつもいつも池袋で遊んでるわけじゃないんだし」
 臨也は身に覚えがないといった様子で、袖口から出した隠しナイフを手の中で弄んでいる。だがその表情はどこか愉しそうに歪められていて、静雄の苛立ちを増幅させていく。
 最初から判っていた事だ。臨也に何か言葉を投げかけたところで、百パーセントの真実が返ってくる事はないと。嘘まみれの言葉の中に隠された真理を探し出せる程、静雄は冷静ではいられなかった。
「だったら、質問を変えてやる」
 恐らく、この疑問の答えすら、まともに返ってくる事はないだろうと、半ば諦めの境地で静雄は新宿へ赴いたもうひとつの理由を、臨也に突きつけた。
「手前、新羅のマンションでいつも何してやがる」
 臨也が喧嘩で負傷する事は稀だ。静雄にとっては悔しい事実であるが、臨也の身体能力は極めて高い。人外の力を持つ静雄と違い、臨也はあくまでも普通の人間の域を出ない。頭脳面では多少イカれてる部分があるにしろ、体力面においては至って普通だ。
 いつもいつも、静雄の周囲をちょこまかと動き回っている臨也が、そうそう倒れたり病気をするイメージが、静雄の中では全くもって一致しなかった。
 だからだろう、臨也が一瞬眉をひそめて、不快な表情を露にした事に、静雄は気づけなかった。
「それこそ、シズちゃんとは関係ないことだろ?」
 これ以上話をする気などないといった雰囲気を全身に纏い、臨也は静雄の横をすり抜けて、玄関を開けて中へ入ろうとしていた。鍵を開けるまで臨也が何をしようとしているのか判断がつかなかった静雄は、臨也が扉を閉めようとした瞬間に、隙間に足を滑り込ませた。
 鈍い痛みが、足元から伝わってくる。
「何? これ以上話す事なんてないんだけど。そんなに気になるなら新羅に直接聞きなよ」
「新羅にも聞いたさ。あいつは言葉を濁してばっかりでな、今の手前と同じ台詞を言われたよ」
 臨也は知らない事だが、新宿へ向かう途中、静雄は新羅へと電話をかけていた。久しぶりだね、と相変わらず馬鹿なトーンで同居人への愛を語り出そうとした新羅を制して、静雄は臨也の事を聞き出そうとしたが、その結果は、臨也に直接聞け、の一点張りで、何も判らずじまいだった。
「へえ……新羅、話さなかったんだ」
 さも意外という風に振る舞う臨也に、静雄の怒りゲージがじわりじわりと上昇していく。
 新羅が話すのを躊躇ったのは、医者としての守秘義務からだという。いくら静雄が旧知の仲でも、臨也がマンションへ来る理由が診察である以上、その理由を話すことはできないのだ、と。
 一度は納得した静雄だったが、そこから先は半分好奇心にも似た想いだったのかもしれない。尋ねたところでまともな返答は期待できなかったし、実際静雄の知りたい事は何ひとつ知る事はできなかったのだから。
作品名:【腐】ユスラウメの棘 作家名:玲菜