【腐】ユスラウメの棘
「珍しいこともあるもんだね。シズちゃんが俺の事知りたがるなんて、さ」
「うるせえ」
「じゃあさ、今度は、俺の方から聞いちゃおっかな?」
不敵な笑みを浮かべながら、臨也は静雄を見上げる。
僅かに開いた扉の隙間で繰り広げられる応酬。臨也は、挑発を止めなかった。
「シズちゃん、今フリーなんだって?」
「……は?」
臨也の言っている事が判らず、静雄は困惑した。あまりにも突然すぎる展開に、脳味噌が付いていけない。臨也の言葉を脳内で反芻して、その言葉の意味を捉えるまでに軽く数秒は要した。
「だから、女の子だってば。シズちゃんが女の子切らすなんて、それこそ天地がひっくり返っちゃうんじゃないの?」
どうやら静雄の情報は筒抜けらしい。臨也の情報収集力をもってすれば、静雄の女性遍歴などものの数日で調べ上げられるのだろう。ただ、それを知られた所で、静雄に何も害がなければそれでいいのだ。
「それこそ、手前には関係ない話だろうが」
「そうかもね。関係ないよ……うん。シズちゃんが百戦錬磨って呼ばれようが、百人斬り三周目って渾名されてようが、俺には全くもって関係ない事だよ。むしろ、俺男で良かったって思ってるくらいだし?」
端麗な臨也の顔には、相変わらず胸糞悪い笑顔が貼り付いている。人を馬鹿にしたような、蔑んだ表情。不愉快そうに歪んだその表情は、静雄の起爆スイッチをあっさりとオンにしてしまう。
臨也の言う通り、静雄が女性とどのように付き合おうが、臨也には全くもって関係のない話だ。それこそ、無関心でいていい事の筈だった。だが、男達は長年の歪んだ接触によって、本来無関心でいられればいい話をも、無関心ではいられなくなってしまったのだ。
どうあがいても、静雄が臨也を無関心という括りに入れられるはずもなかった。できるなら、とうにそうしていただろう。
「他人の恋愛には口出さねえ主義じゃなかったのか? ノミ蟲さんよぉ」
「だってシズちゃんのは恋愛じゃないから。女の子取っ替え引っ替えはどうかと思うけどね」
「女が勝手に逃げ出すだけだ」
「それってみんな何だかんだでシズちゃんが怖いからだろ? 俺や新羅くらいだもんねえ、怖がらずにこうして何年も付き合ってあげられるのは、さ。まあ、新羅が内心どう思ってるかまでは知らないけど」
言葉の端々に、嫌味と本音が混ざり合う。本音の全てを静雄も見抜けるわけではないが、臨也の言葉全てが虚偽で彩られたわけではない事くらいは判る。何故なら、今しがた聞いた言葉達は、いつか静雄が相手にしてきた女性の何人かが、実際に発信したことがあったからだ。もちろん、臨也はその事実を知らない。
ジェラシーと言えば聞こえがいいかもしれない。臨也は決して、認める事はないだろうが。
自然と、静雄の口元が三日月に歪む。訝しんだ臨也の一瞬の隙を突いて、静雄は扉の隙間からするりと部屋の中へと侵入した。臨也が驚きの声を上げているが華麗にスルーした。
「ノミ蟲の割に知らない事もあったんだな」
「は? え、ちょっ……、か、勝手に入ってくんな!」
きっと今自分は最高に気持ち悪い顔をしているに違いない。自覚もあったし、目の前の臨也の困惑しきった表情を見れば明らかだ。
一歩、静雄が臨也に近づく。一歩、臨也が後ずさる。まるで無意味な攻防に、静雄は吹き出すのを堪えるのに必死だった。やがて、臨也の身体が壁にぶち当たり、いよいよ逃れられなくなったところで、静雄は極力抑えた低いトーンで、臨也、と囁いた。
「そうだな、そうだったな。手前は俺が何したって、俺からは逃げねえよなあ?」
苛立ちをぶつける相手は、なにも女じゃなくてもいいのだ。
「だったら——試してみるか」
作品名:【腐】ユスラウメの棘 作家名:玲菜