欲しいもの、見たいもの
手で隠れていない鼻と唇は、それだけでも整った顔を連想させる。正直、きれいな顔立ちだとは思う。少なからず惹かれている女子がいることも知っている。ただし、黙っていれば、の話だ。
「シズちゃんは、」
ちょうど黙っていればいいと思っていたところに臨也の口が開いて、反射的に眉間に皺が寄った。
「俺の寝顔を確認してどうするつもり?俺の寝顔で抜こうとか考えてるわけ?」
「はあ?!」
一瞬「抜く」というのがなにを指しているかわからなかった。静雄の不機嫌な声に、なにが可笑しいのか臨也の肩が揺れた。
「馬鹿か、手前は」
どうしてそういう発想になるのだ。すると、臨也が言った。
「だって、さっき俺の着替えに欲情してただろ」
息を止めてしまったのを、手の平の微かな動きから気づかれたかもしれない。臨也は気づいて欲しくないことを見つけ、ほじくる天才だから。
「シズちゃんはわかりやすいんだよ。すぐに態度に出るんだから」
薄暗い部屋の中、ベッドの中で目を隠されたまま軽い笑い声を立てる臨也は、なにか別のことをされて悦んでいるようにも見える。そして一瞬でもそういう類のことを想像した自分に、総毛立った。
「気づいていないのはシズちゃんだけだよ」
静雄の知らないことは、みんなが知っている。そう言われているみたいだった。
「シズちゃんは、俺で抜きたいんだよ」
なにを馬鹿なことを…、と言いかければ、目を隠している手に臨也の手が触れる。冷たいのに熱い。臨也の指先が触れる場所から、全身に緊張が広がっていく。そしてそれは腹の底あたりで熱い塊になる。
「どうして俺が男の手前で抜くんだよ」
苛立ちを含ませた声で告げても、臨也は一向に気にしない。
「男じゃなくて、俺で抜きたいんだよ、シズちゃんは」
そうだよね?と、臨也の手がゆっくりと静雄の手を外す。現れた赤い眼に、体がわずかに身震いした。うまい反論を探している静雄の体が、代わりに「そうだ」と答えたみたいだった。熱い塊が、さらに大きくなった気がした。
そんなわけがない。そんなことが、あるはずない。
頭の中で、落ち着けと言う声がする。相手は臨也だ。男だ。そんな相手に欲情するわけがない。
でも、欲情しているじゃないか。
耳のそばで、臨也の声がした。ベッドの中の臨也が言ったんじゃない。静雄の中にいた臨也だ。
今触れている部分が、体のどの部分よりも熱く感じられるのはどうしてか。
そんなこともわからないの?と、嘲笑われているように思えるのは、自分の中にやましい気持ちがあるからじゃないのか。
鎖骨から首にかけての細い線が静雄を呼ぶ。
こいつはどんな顔で寝るんだろう。どんな風にベッドに横になるんだろう。どうやって人と寝るんだろう。
知りたかった。だから来た。
「ねえ、シズちゃん」
臨也の声が、手とともに静雄の腕を撫でる。
そんなに見たいのなら、もっと抜けそうなものを見せてあげようか。
うっすらと、臨也が口の端をあげ、臨也の指がズボンにかかる。
喉が鳴る。心臓が鳴る。背中を一筋の汗が撫でていく。
この汗は、きっと後悔と諦めと、期待だ。
ああ、だから来なければよかったのに。なにをのこのこついてきたりしたんだ。
俺はこの眼が嫌いなんだ。
隠し埋めていた欲望を、容赦なく掘り起こしてくる、この存在が。
耳の中で臨也の声がこだまする。
シズちゃん、俺は気持ちいいでしょ?
作品名:欲しいもの、見たいもの 作家名:きな山