君が好きだって言ってるの。
「ばっかじゃないの」
臨也が機嫌悪そうにそう吐き捨てて、それに帝人は、気が抜けたような声ではあ、と答えることしかできなかった。
世話をかけてしまっているので、馬鹿呼ばわりは耐える。
血みどろの足・・・というか、膝を、臨也の手がてきぱきと手当てしていくのを見ながら、この人は無駄に器用なんだなあとか、そんなどうでもいいことを思う。どこか麻痺してしまっているのだろうか、傷自体はあまり痛くない。けれども臨也が痛そうに顔をしかめるので、それがなんだか新鮮に見えた。
「お人よしも大概にするべきだと思うよ帝人君。なんで君はそうなの?階段から転げそうになったおばあさんをかばったって、君の人生には得なことなんか何一つないんだよ。なのになんでそういう無駄なことをするの」
「無駄とか、そういう問題じゃないです。普通目の前に転びそうな人がいたら手が出ますよ、反射です、反射」
「・・・かばうならもっとうまくかばえって言ってるんだよ!」
言ってませんよ。
とは、さすがに返せない。っていうかなんでこの人はこんなに機嫌が悪いのだろうと思いながら、帝人は小さく息を吐いた。
駅の階段から落ちそうになったおばあさんを助けたまでは良かったのだ。抱えた体は軽かったのだが、その手持ちの荷物はそうではなかった。支えきれず、思わず固いコンクリートの階段にしたたか膝をぶつけてしまって。
それくらいで、まさか膝が血みどろになるなんて思わないじゃないか。確かにすごく痛かったけど、どこをぶつけたって痛いものだという先入観があるから、血が出ていることになんか気付かなかった。
おばあさんに無事ですか?と尋ねて、大丈夫ありがとうという言葉をもらって、気をつけてくださいねと分かれて三歩。
たった三歩歩いただけで、それ以上歩けなくなった。困った。足が半端なく痛い。なんで三歩も歩けたのか分からない。よく見てみると制服のズボンに赤黒いシミができている。げ、なにこれ。血?血なの?
一人パニックに陥って、そのまましゃがみこみそうになった帝人を、その時不意に支える手が現れて。
「・・・え、臨也、さん?」
顔を上げればそこには、折原臨也がいた。けれどもいつもと違って彼は、笑っていない。どうしたのかと尋ねようとした帝人の腕をひょいと肩にかけて、ぶっきらぼうな声が、
「この先、ベンチあるから」
と、駅ビルの通路を指差す。そういえばエスカレーター付近には、そういう休憩所があることが多い。言いたいことはなんとなくわかったので、はい、と答えてそのまま、ほとんど片足だけで歩いた。臨也さんの背がそんなに高くなくて助かったな、と思ったのは内緒だ。だって絶対に機嫌が悪くなる。
で、座らされてちょっと待っててと言われて、待っていたら薬局から手当の道具を買ってきた臨也さんが戻ってきて、
「ちょっと帝人君、なんでそのままで待ってるのさ!」
と不条理に怒られたのだった。なぜだ。
「普通こんな血が出てたら、裾をまくってティッシュか何かで押さえるとかさあ!」
「あ、そうです、ね。すみませんぼーっとしてて」
「全くだよ!」
慌ててズボンの裾をめくり上げれば、酷い有様だった。よっぽど打ちどころが悪かったのだろう。だらだらと垂れた血液が、靴下にまで到達していて、慌てて帝人は靴を脱ぐ。幸い、スニーカーは無事のようだ。
がさがさとビニール袋の中身を取り出した臨也が、その傷に目をやって顔をしかめる。
そうして最初の一言に行きつくのだった。
ばっかじゃないの、と。
馬鹿だっただろうか?考えて、帝人はいやそんなことはないはずだと思う。だって目の前で転びそうになったのだから、普通助けるだろう。というか、体が勝手に反応していたのだから仕方がない。
それに、別にあのおばあさんのために差し出した手ではない。
あれは、自分自身の寝ざめのために差し出した手だ。だから、別に馬鹿なことをしたわけではないんじゃないだろうか。
そうは思うものの、そんなことを口にしたならば臨也はきっと機嫌を悪くするだろう。子供みたいなところのある人なのだ。それが解っていたので、無言で手当てが終わるのを待った。自分でやると言ってもよかったが、そんなこと言ったところで拒否されて終わりだろうから。
「・・・はい、できた」
「ありがとうございます」
大げさな位ガーゼを張られた膝をぽん、と叩いた臨也にお礼を言えば、整った顔が面白くなさそうに帝人を見下ろしている。お礼を言ってこんな顔をされるとは思わなかったので言葉に詰まっていると、
「ちょっともう一回待ってて」
と臨也は告げた。そのまま駅ビルの中へ移動しようとする腕を、あわててつかむ。
「臨也さん、あの、もう充分ですから」
「さっきどうせ君のことだから、こう思ったんでしょ。自分のために助けたって。だったら俺だって自分のために君の世話を焼いてるの、文句があるなら怪我した自分にいいなよね」
振り返りもせずに手を振り払われて、去っていく後ろ姿を見送る。このまま帰っちゃったら、すごく怒られそうだなあと思って、帝人はおとなしくもう一度ベンチに座りなおした。っていうかすでに怒っているような気がする。
なんで帝人が怪我をしたのに臨也が怒るのか分からない。困った、これは大いに困った。そう思いながら息を吐く。ただ待っているのもなんなので、とりあえず携帯電話を取り出していくつか掲示板をチェックしてみたりもしたが、臨也が気になって余り内容は入ってこなかった。なんで世話を焼かれるのか分からない。あの人、こんなにいい人だったかなあ。
しばらく、臨也いい人説を真剣に考えていた帝人は、紙袋を持って戻ってきた臨也の姿を見つけたところで思考を止めた。どうせ結論などではしないのだから、無駄なあがきはしないに限る。
「あの、何ですか、それ」
恐る恐る尋ねれば、
「服」
と無造作に答えが返る。え、何服って。どういうこと。
「君その血みどろの制服で帰るつもりなの?池袋の人ごみを抜けて?」
「あ・・・」
そうか、そこまでは考えが至らなかった。でも服を買ってもらうなんて、そんなことがおこるとも思わなかった。だってこの人は臨也だ。よくわかんないけど近づかないほうがいい人だ。それがなんで帝人のような高校生に服を買ってくれるのだ。
「もう買っちゃったんだから、着ないとかいらないとかありえないからね」
先手を打って釘を刺されて、何も言えなくなる。っていうかどこで、と思ったら先のトイレを指差された。ですよね、駅ビルになら、トイレくらいありますよね。
長いため息をついて、それでも分かりましたと素直に答え、痛むひざをかばって立ち上がる。ごく自然に手を貸した臨也の、そのスマートな動作に違和感を覚えつつも、だからと言って気持ち悪いからそういうのやめてください、だなんて言えない。
だって、実際助かっている。
「適当に買ったけど、サイズはそれで有ってるはずだから」
「なんであなたが僕のサイズを知っているのか疑問ですけど、ありがとうございます」
「そりゃ俺は情報屋だからねえ」
臨也が機嫌悪そうにそう吐き捨てて、それに帝人は、気が抜けたような声ではあ、と答えることしかできなかった。
世話をかけてしまっているので、馬鹿呼ばわりは耐える。
血みどろの足・・・というか、膝を、臨也の手がてきぱきと手当てしていくのを見ながら、この人は無駄に器用なんだなあとか、そんなどうでもいいことを思う。どこか麻痺してしまっているのだろうか、傷自体はあまり痛くない。けれども臨也が痛そうに顔をしかめるので、それがなんだか新鮮に見えた。
「お人よしも大概にするべきだと思うよ帝人君。なんで君はそうなの?階段から転げそうになったおばあさんをかばったって、君の人生には得なことなんか何一つないんだよ。なのになんでそういう無駄なことをするの」
「無駄とか、そういう問題じゃないです。普通目の前に転びそうな人がいたら手が出ますよ、反射です、反射」
「・・・かばうならもっとうまくかばえって言ってるんだよ!」
言ってませんよ。
とは、さすがに返せない。っていうかなんでこの人はこんなに機嫌が悪いのだろうと思いながら、帝人は小さく息を吐いた。
駅の階段から落ちそうになったおばあさんを助けたまでは良かったのだ。抱えた体は軽かったのだが、その手持ちの荷物はそうではなかった。支えきれず、思わず固いコンクリートの階段にしたたか膝をぶつけてしまって。
それくらいで、まさか膝が血みどろになるなんて思わないじゃないか。確かにすごく痛かったけど、どこをぶつけたって痛いものだという先入観があるから、血が出ていることになんか気付かなかった。
おばあさんに無事ですか?と尋ねて、大丈夫ありがとうという言葉をもらって、気をつけてくださいねと分かれて三歩。
たった三歩歩いただけで、それ以上歩けなくなった。困った。足が半端なく痛い。なんで三歩も歩けたのか分からない。よく見てみると制服のズボンに赤黒いシミができている。げ、なにこれ。血?血なの?
一人パニックに陥って、そのまましゃがみこみそうになった帝人を、その時不意に支える手が現れて。
「・・・え、臨也、さん?」
顔を上げればそこには、折原臨也がいた。けれどもいつもと違って彼は、笑っていない。どうしたのかと尋ねようとした帝人の腕をひょいと肩にかけて、ぶっきらぼうな声が、
「この先、ベンチあるから」
と、駅ビルの通路を指差す。そういえばエスカレーター付近には、そういう休憩所があることが多い。言いたいことはなんとなくわかったので、はい、と答えてそのまま、ほとんど片足だけで歩いた。臨也さんの背がそんなに高くなくて助かったな、と思ったのは内緒だ。だって絶対に機嫌が悪くなる。
で、座らされてちょっと待っててと言われて、待っていたら薬局から手当の道具を買ってきた臨也さんが戻ってきて、
「ちょっと帝人君、なんでそのままで待ってるのさ!」
と不条理に怒られたのだった。なぜだ。
「普通こんな血が出てたら、裾をまくってティッシュか何かで押さえるとかさあ!」
「あ、そうです、ね。すみませんぼーっとしてて」
「全くだよ!」
慌ててズボンの裾をめくり上げれば、酷い有様だった。よっぽど打ちどころが悪かったのだろう。だらだらと垂れた血液が、靴下にまで到達していて、慌てて帝人は靴を脱ぐ。幸い、スニーカーは無事のようだ。
がさがさとビニール袋の中身を取り出した臨也が、その傷に目をやって顔をしかめる。
そうして最初の一言に行きつくのだった。
ばっかじゃないの、と。
馬鹿だっただろうか?考えて、帝人はいやそんなことはないはずだと思う。だって目の前で転びそうになったのだから、普通助けるだろう。というか、体が勝手に反応していたのだから仕方がない。
それに、別にあのおばあさんのために差し出した手ではない。
あれは、自分自身の寝ざめのために差し出した手だ。だから、別に馬鹿なことをしたわけではないんじゃないだろうか。
そうは思うものの、そんなことを口にしたならば臨也はきっと機嫌を悪くするだろう。子供みたいなところのある人なのだ。それが解っていたので、無言で手当てが終わるのを待った。自分でやると言ってもよかったが、そんなこと言ったところで拒否されて終わりだろうから。
「・・・はい、できた」
「ありがとうございます」
大げさな位ガーゼを張られた膝をぽん、と叩いた臨也にお礼を言えば、整った顔が面白くなさそうに帝人を見下ろしている。お礼を言ってこんな顔をされるとは思わなかったので言葉に詰まっていると、
「ちょっともう一回待ってて」
と臨也は告げた。そのまま駅ビルの中へ移動しようとする腕を、あわててつかむ。
「臨也さん、あの、もう充分ですから」
「さっきどうせ君のことだから、こう思ったんでしょ。自分のために助けたって。だったら俺だって自分のために君の世話を焼いてるの、文句があるなら怪我した自分にいいなよね」
振り返りもせずに手を振り払われて、去っていく後ろ姿を見送る。このまま帰っちゃったら、すごく怒られそうだなあと思って、帝人はおとなしくもう一度ベンチに座りなおした。っていうかすでに怒っているような気がする。
なんで帝人が怪我をしたのに臨也が怒るのか分からない。困った、これは大いに困った。そう思いながら息を吐く。ただ待っているのもなんなので、とりあえず携帯電話を取り出していくつか掲示板をチェックしてみたりもしたが、臨也が気になって余り内容は入ってこなかった。なんで世話を焼かれるのか分からない。あの人、こんなにいい人だったかなあ。
しばらく、臨也いい人説を真剣に考えていた帝人は、紙袋を持って戻ってきた臨也の姿を見つけたところで思考を止めた。どうせ結論などではしないのだから、無駄なあがきはしないに限る。
「あの、何ですか、それ」
恐る恐る尋ねれば、
「服」
と無造作に答えが返る。え、何服って。どういうこと。
「君その血みどろの制服で帰るつもりなの?池袋の人ごみを抜けて?」
「あ・・・」
そうか、そこまでは考えが至らなかった。でも服を買ってもらうなんて、そんなことがおこるとも思わなかった。だってこの人は臨也だ。よくわかんないけど近づかないほうがいい人だ。それがなんで帝人のような高校生に服を買ってくれるのだ。
「もう買っちゃったんだから、着ないとかいらないとかありえないからね」
先手を打って釘を刺されて、何も言えなくなる。っていうかどこで、と思ったら先のトイレを指差された。ですよね、駅ビルになら、トイレくらいありますよね。
長いため息をついて、それでも分かりましたと素直に答え、痛むひざをかばって立ち上がる。ごく自然に手を貸した臨也の、そのスマートな動作に違和感を覚えつつも、だからと言って気持ち悪いからそういうのやめてください、だなんて言えない。
だって、実際助かっている。
「適当に買ったけど、サイズはそれで有ってるはずだから」
「なんであなたが僕のサイズを知っているのか疑問ですけど、ありがとうございます」
「そりゃ俺は情報屋だからねえ」
作品名:君が好きだって言ってるの。 作家名:夏野