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ゴールデンレトリーバー

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『ゴールデンレトリーバー』








家に来い



そう書かれたたったの四文字が七代千馗の許へ届いたのはつい先刻の事である。



皆揃って朝食を取った後、鴉羽神社境内の掃除をしていた七代は、携帯電話の画面を見詰めながら顔を顰めていた。
送信者は壇燈治、とある。
普段は割合他愛の無い事でもぽつぽつと送りつけてくるくせに、冬休みに入ってから何の連絡も寄越さず、かと思えば唐突に家へ来いと。いくら眺めてみても文面は同じである。
秘法眼をもってしてもさすがに、無機質で画一的なフォントから書いてある意味以上のものを汲み取る事は出来ないのだ。
冬休みは、もう既に四日が経過している。
その間、壇燈治はずっと沈黙していた。電話をする事もメールをする事も無く。七代の方からもそういった事はしなかったので、壇からの接触が無くても別段気にしてはいなかった、のだが。
もう一度、壇から送信された四ツの文字を見詰めてみる。
その断定的な命令形文章を見詰めているうち次第に沸々と、怒りめいたものが七代の脇腹から沸き始めてきた。突然何なのだろうと思う。今更何なのだ、とも思う。
苛立つ七代の脳裏に、幾つかの選択肢が現れて枝のように伸びた。
勧誘でも招待でも無く命令のみであるこの文面がどうにも癪に障るので、素知らぬ振りをしてやるのもいい。正攻法にただ理由を問い返すのも。正面からきっぱりと断るのも。
けれど。
あの男が一体何を考えてこの四文字だけを送りつけたのか、その真意や意味を当人から直接引き摺り出してやりたいと思ってしまったので。結局七代は、支度を始めるという最も奥まったところにあった選択肢を取る事に決めた。
元々今日の予定は白紙だったのである。

「感謝すれよ」

七代はひとりそう呟いたが、しかし七代千馗が壇燈治の家を訪ねるにあたり、重要な問題がひとつあった。七代は、壇の家が何処に在るのか知らないのである。
住所を伝えたつもりになっているのか、単に失念しているのか、はたまたそれを伝えられないようなのっぴきならぬ事態に現在巻き込まれているのか。恐らく前述ふたつのうちのどちらかだろうとは思うのだが、それにしてもと七代は重く息を吐いた。やはり、あれを送信した壇は少し様子がおかしいのかも知れない。
なので七代は仕方無く、携帯電話に登録されているアドレスからひとつを選び、そこへ発信した。ややあってから応える声。簡潔に用向きを伝えると相手は七代の予想した通りに呆れたようだったが、それでも承諾してくれた。
通話を切ってから一分もたたずに送信されてくるメールを見遣る。壇燈治の住所と、ご丁寧に地図画像の添付もあった。
情報屋という生きものに対し、こっそり拝んで感謝の意を示しながら、七代はぱちりと携帯電話を閉じた。





そこまでして訊ねてきた親友であり相棒である男に対し、玄関の扉を開けた壇燈治は迎えて早々何と言ったか。

「、遅かった、な」

刹那。七代は、右手に持っていたケーキの白い箱を壇の顔へ思い切り投げつけたい衝動に駆られたのだが、それをすると玄関周りが汚れて他のご家族に迷惑がかかってしまうので(決して眼の前の男ではなく他のご家族の面々である)、沸騰した強い衝動を理性で抑え込んだ。壇を睨む七代の手が震えている。

「…………あんな、たった四文字如きで人を呼びつけておいてさ、
 お前、今、遅いとか言った?
 なァ、遅かったって言ったの?ねえ?
 しかも住所も言わねえでただ来いって、何様なの?お前」

緩いTシャツとスウェット姿の壇は、不思議そうな顔で七代の言葉に首を傾げた。

「住所?言ってなかったか?」
「し、ら、ね、え、よ!」
「そりゃ悪かったな、訊いてくれりゃいいのによ。
 じゃあなんで来れてんだ?」
「うるせえ、黙れ」

言って、七代は勝手に上がり込んだ。この男が来いというから来たのである、許可を待たなければならない立場では無い。
怒った七代の背中と、しかしそれでも律儀に揃えられた靴とを壇は交互に見て、少し笑いながら声を投げる。

「部屋、階段上がってすぐ左のとこだから。
 適当に座ってろ、なんか飲むもん持ってってやる」
「当たり前だ」

そう言って振り返りもせずに七代が階段を上っていく。部屋の扉を開け、そこをくぐり、後ろ手にそれを閉める七代の黒い右手。
それをじっと最後まで見届けてから仄かに息をつき、壇は足を冷蔵庫の方へ向かわせた。



整頓されているかといえば間違いなくされていないのだが、かといって物凄く散らかっているというわけでもなく。殺風景というほどものが少ないわけでもないけれど、そこまで何かが雑多に置かれているのでもない。適度に散らかった、適当な部屋。それを七代はぐるりと見渡した。
七代の部屋は確かに借りものではあるがそれなりに片付いている、どうしようもない貰いものは別として。現在同じ部屋を使うものがあとふたり居るので尚更である。最も大きな差異としてはやはり、本だった。この部屋には本らしい本がまるでない。時間が空けばほぼ活字を眺めている七代にとっては理解出来ない事だ。
だらりと、布団の隅が床に流れていて、其処に脱いだかたちのままのシャツが眼に入る。眉を顰めながら七代が指先でその衣料を抓み上げていると、部屋の主が戻ってきた。

「コーラしかなかった」

傍らに抱えたペットボトルとふたつのコップを小さなテーブルへ置く。畳んでやる義理は無いのでそれをばさりとそのまま寝台の上へ放り、七代は盛大に溜息をついた。

「…………お前、せめてこういう服とか何とかしとけよ」

他ならぬ壇が呼んだのだから客が来る事は判っていた筈なのに。散らばった衣料などはどうにも出来ぬ範囲の事ではないだろう、それは出来るのにしなかったという事に他ならない。

「あァ?服?」
「俺に対して失礼だろが」

ふたり分のコーラを注いでいる壇には、七代の言う事こそよく判らない。

「なんか失礼だったか?」
「あーあーあー、なんかもう、いいわ、どうでも」

七代はどかりと腰を下ろすと、自分の分のコーラを一気に飲み干した。隣で壇がもう一杯、酌をしている。それを眼の端で見ながら七代は、持参した白い箱を開けた。

「なんだそりゃ?」
「なんだ、って、どっから見てもケーキです。
 お前んちで食べようと思って、俺の為に買ってきたの。
 お前は甘いもん嫌いだろ?」
 
箱の中にはクリームや色とりどりの果物が見える。七代は復讐叶ったりといった顔で笑っているのだが、壇はそれらを見るなり重い胸焼けに襲われた。

「お前……ケーキ、そんなに食えんのか?」
「まあ普通に」
「すげえな」
「お前が昔ながら過ぎるんだよ」

ついてきたプラスチックのフォークをさくり、とパイに立てた。まだあまり時間が経っていないので崩れる音が新鮮である。七代とて生クリームは飲み物だ、と豪語するほど甘味好きというわけではないのだが、果物をふんだんに使ったものはよく食べる。横に倒し、あまり生地を散らさずにうまく苺のミルフィーユを食べている七代の様子を、感心するように壇が眺めていた。

「…………うまいか?」
「うん」
「そうか」
作品名:ゴールデンレトリーバー 作家名:あや